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中編

お気に入り、評価、感想ありがとうございます。励みになります!

読みにくいかな?と適当に改行を入れてみました。

 神殿を出ると、結婚を祝福する民衆の歓声が遠くに聞こえていた。

 それとは対照的に、神殿の出入り口の周囲にいた者たちは複雑そうな顔をしたまま、一言もしゃべろうとはしない。気まずい沈黙の中で、大型の鳥の羽ばたく音が聞こえ、リュシールは、どこかへ飛んで逃げてしまいたい、とさえ思った。

 現実逃避をしたくなるほど、この後のことを考えると頭が痛い。

 逃げるように与えらている部屋に戻ってきて、ようやく落ち着くことができた。


「お疲れ様でございました」

「ほんっっっとに疲れたわ」


 つき従っているのは、ファストロから伴ってきた侍女のミリア一人。リュシールも安心して地が出せる。

 疲れた、という言葉通り、応接用のソファに倒れ込んだ。先ほどまでの王族然とした凛々しい態度とは一変、糸の切れた人形のようにだらしなく手足を投げ出している。


「リュシール様、ドレスが崩れます」

「もう二度と着ないでしょ」

「えぇ、もちろんです。すぐに着替えてください。燃やしますから」

「……ものすごい怒ってるのね」


 リュシールの確認に、ミリアはにっこりとほほ笑んだ。

 背後から黒い物が出ている気がして、リュシールはそっと目をそらして見なかったことにした。


「そ、それにしても、なんで結婚式の最中にだったのかしら」

「お二人がお付き合いを始めたのは4年も前ですものね」

「えぇ、結婚式までに何も言い出さないから、てっきり結婚後に囲うのかと思ってたのに」

「酔ってたんじゃないでしょうか?」

「『酔う』?」

「はい。今流行りの恋愛小説の一つに、『許されない恋に悩んだ末、他の女性との結婚式を飛び出して、愛の逃避行をする』というものがあるんです」


 目をキラキラとさせてミリアが語る。

 一見キリっとした美人なのに、ミリアは「愛読書は恋愛小説」というロマンチストでもあった。


「『許されない恋』という現状に、まるで自分が物語の主人公になったかのように、酔っていたと?」


 はい、とミリアが答えるのを聞いて、リュシールはげんなりした気分で言った。

「酔いがさめたとき最悪ね」

「いい気味です。しでかしたことの重大さに押しつぶされてしまえばいいんです」

 実にいい笑顔でミリアが毒を吐く。

 それを苦笑しながら聞いていたリュシールは、ふと真面目な顔に戻って呟いた。


「でも、ホントにそれだけで王家の結婚式に乗りこむかしら。ただの令嬢がそんな大それたことできない気もするわ」

「そうですか? では、もみ消せないほど大事にして、リュシール様の後釜を狙っていたとか」


 あれほどの騒ぎを起こしておいて、非があるアレックスがそれまでと同じ地位にいられるわけがない。そんなことも考えつかないほど馬鹿ではなかった、とリュシールは思いたかった。

 何がしたかったのかしら、と呟きながらソファの上でごろりと寝がえりを打つ。


「リュシール様、行儀が悪いですよ」

 高い踵の靴を脱ぎ捨て、未だに手に持っていたブーケを抱き込む。

 行儀の悪さにミリアがため息をつく声を聞きながら、リュシールはポツリと「ごめんなさい」と謝った。

「リュシール様?」

「ミリアを付き合わせてしまって。この後ファストロに戻されるでしょうし、そしたら今度はどこへ行かされるかわからないわ」


 アレックスとの結婚がなくなったとしても、リュシールはファストロの駒の一つにすぎない。

 国内のそれなりの貴族に降嫁されるか、それとも近隣諸国のどこかに嫁がされるか。

 どちらにしろ、『結婚式中に花婿に逃げられた』という評判がある今、良縁に恵まれるとは思えなかった。


「リュシール様の結婚に影響されたのか、最近結婚された方が多いんですよね」

「そうなの?」

「はい。国内には、身分と年齢的に見合う方は一人もいらっしゃらないと思います。結婚も婚約もしておらず、一番年が近いというと先日生まれたハイドロ公爵様のご子息でしょうか」

「0歳児は困るわ」

 結婚できるまで18年。その頃リュシールは33歳。嫁き遅れにもほどがある。


「では、年上といいますと、クロフォード様でしょうか」

「クロフォード伯父様かぁ」

 母の弟であるクロフォードは、『すべての女性を愛してやまない』性格であり、そんな自分を誇っている人だった。独り身の生活を謳歌しているので、結婚する気もさらさらないだろう。


「難しいわね。そもそも、結婚する利点がわからないわ」

「リュシール様。結婚は利点でするものではありませんが」

「『政略結婚』は利点でするものでしょう?」


 自分の結婚は政略結婚以外にはない、とリュシールは不思議そうな顔をする。そんな様子にロマンス好きのミリアは不満を隠しつつ「では、他国に嫁ぎますか?」と代替え案を出した。


「交流がある近隣の国の方々は今日来ていたから、さすがに受け入れられないと思うの。もういっそ、噂も届かない遠い国へ行こうかしら。うちの国にはない海産物が採れるところとか」

 海産物が食べたい、なんていう個人的な欲求ではなく、国交が強化されれば海産物が安価に手に入るようになる、という利益を考えてのことだった。


 そんな、どこまでも王族であろうとするリュシールの姿を、ミリアは黙って見ていることしかできないのをもどかしく感じた。

 ファストロ国王もリュシールの父も、リュシールをただの駒だとは思っていない。家族としての情もあるし、幸せな結婚をして欲しいとも思っていた。けれど、物心ついたときから和平の証としてエジェンスに嫁ぐことを決められていたリュシールには、政略結婚以外を思いつけるはずがない。


「アサ-ド国なんてどうかしら?」

 いくつか交流のある海辺の国の中から一つ選んで、リュシールがそう提案したとき、「それは困ります」と突然男の声が割り込んできた。


 リュシールは慌ててソファから起き上がり、入口に立つ一人の男を振り返った。

 人の部屋に許可もなく入ってきたことを咎めようとしたが、その服装を見て口を閉じざるをえなかった。


 漆黒の軍服はデガルト帝国軍上層部の、胸に刺繍された金糸で獅子は王家の証だった。

 ファストロにとって、大得意先の重要人物。


「本当にどこでも寝転ぶんだな」

 微かに笑いを含んだ小さな呟きを聞き、リュシールはその親しげな様子に戸惑いを隠せなかった。会ったことがあるだろうか、とまじまじと彼を見て記憶を探る。


 帝国王家特有の黒い髪と瞳。

 端正なその顔は印象に残りそうなものなのに、思い当たる人物はいない。

 考え込んでいたリュシールは、ミリアの軽い咳払いの音に我に返った。


「失礼いたしました。まさか女性の部屋に無断で入ってくる方がいるとは思わず、くつろいでおりました」

「いいえ、こちらこそ失礼を。入口に誰もいなかったので、勝手に入ってしまいまして」

 そういえば、エジェンスの従者たちを振り切って帰ってきたのだった。取次をする者もおらず、勝手に入ってくるのは仕方がないとも言える。

 思い切り皮肉を言ってしまったリュシールは、慌てて「申し訳ありません」と頭を下げた。


「お気になさらずに。申し遅れましたが、私はデガルト帝国軍第1師団 師団長エリックと申します」

 リュシールもさすがに名前だけは聞いたことがあった。滅多に公式の場には出てこない、デガルト国王の末の息子で、帝国軍の参謀を勤めているという優秀な若き王子。

 噂ばかりが一人歩きをしていて、『冷酷』『冷淡』で感情を捨てて損得のみで物事を見る人物だ、と酷い言われようだった。


 なぜそんな大物がここに?!


「ご丁寧にありがとうございます。私はファストロ国王弟の娘 リュシールと申します。エリック様、少々立てこんでおりまして、また場所と日を改めていただければと…」

 何が目的だかわからないが、早く出ていって欲しいとばかりに、リュシールはさっさと追い出しにかかる。

 王族といえど、所詮小国の小娘。どう頑張ってもエリックには敵わないと直感していた。

「いえ、用事はすぐ済みますので、この場で結構です」

 にっこりと押し切られた。

 穏やかなその微笑が、張り付いた仮面のように見えた。

 大層な噂話は誇張かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい、とリュシールはエリックを見て思った。

 油断すると、大変なことになりそうな気配に、何故か手放せないブーケを握りしめて気合を入れ直す。

「先ほどの神殿での出来事。心からお見舞い申し上げます」


「―――それは」

 嫌味ですか。


 思わず地でツッコミそうになったリュシールは、慌てて口を閉じた。

「ですが、あの対応。本当に素晴らしかったです」

 不自然に沈黙したリュシールをものともせず、エリックは熱心に見つめてにじり寄ってくる。熱の入った言葉に、若干リュシールの腰が引けていた。

 逃げの態勢になっていたリュシールの前に、エリックはおもむろに跪いた。

「えっ」

 突然の行動に呆気にとられ、リュシールは気合を入れていたはずなのに油断してしまった。それゆえ、右手をエリックに捕まえられてしまう。そして、持っていたシュフルのブーケを引きはがされ、そのまま口元へと引き寄せられてしまった。

 純白の手袋越しに、柔らかく温かなモノが触れた。


「惚れました。結婚してください」


「えええええ?!」



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