前編
構成の都合上、3回に分けましたが、それほど長くはありません。軽く読んでいただけたら嬉しいです。
「愛してるのは君だけだ!」
「アレックス様っ」
なんだろう、このやっすい芝居みたいなのは。
リュシールは、今まさに結婚の誓いを立てようとしていた相手が、別の女性と抱き合っているのを唖然と見つめていた。
ファストロ国 王弟の娘 リュシールとエジェンス国 第二王子 アレックスの結婚は、幼い頃から決まっていた。
どちらの国も軍事大国として知られるデガルト帝国の食卓として名をはせていた。
同じ輸出先、同じような輸出物、ということで、仲が良いはずがない。小競り合いなどは日常茶飯事、全面戦争かとも思わせる危機も何度かあった。
しかし、両国は農業・畜産の国である。
戦争をしても何の利益もなく、国力を消費するだけと気付いた時の王らは、比較的年の近かったアレックスとリュシールを婚約させることで、和平の証とした。
当時アレックス5歳、リュシール3歳のときの話である。
それから12年。
リュシールは年に数度エジェンスを訪問し、交流を深めてきた。
アレックスもそれを歓迎し、エジェンスの王城内にリュシールの部屋を作らせた。
そして、今日この日二人は晴れて夫婦になる。
―――はずだった。
「君さえいれば何もいらない」
「私もですわ」
終わる気配のない芝居を眺めながら、リュシールは「何で今なのだろうか」と思った。
近隣諸国からの招待客を招いた結婚式の最中に始めることはないだろう。
結婚式が行われる前に、二人で手に手を取って逃げるとか。
結婚後、側室として召し上げるとか。
どちらも問題ではあるが、内々で対処することができた。しかし、こうも公の場で『略・奪・愛!』とばかりにやられてしまうと、フォローのしようがない。
和平の証の結婚の破談。
最悪、戦が起こるんじゃないだろうか。
しかも、こんな一方的に恥をかかせるような形では、その可能性は高い。
戦などどちらの国にも益はないとわかっているのに、見栄や体面にこだわる者は少なからずいるのだから。
どうするべきか、と視線を落としたリュシールの目に、持っていた白いシュフルのブーケが入ってきた。
シュフルの花は、エジェンス国の特産の一つだ。おもに上流階級の女性が使う香水の原料となっている。
花摘みの収穫の全盛期には、猫の手も借りたいほど忙しくなり、リュシールもこっそりそれに参加したことがあった。
忙しくも幸せそうに働く民の姿。
将来、アレックスと結婚し、エジェンス国の王族として、彼らを守る立場になるのだとそう思っていた。
その時のことを思い出した瞬間、リュシールは盛り上がる二人の世界に割り込んだ。
「お待ちください」
二人の視線と、周囲の無数の視線がリュシールに向けられた。
声をかけたことで、このくだらない芝居の舞台に上がってしまったリュシールは、ため息を殺してその視線を甘受した。
「リュシール姫。君の気持ちは嬉しい、けれど本当に愛しているのは彼女だけなんだ」
「…」
申し訳なさそうにアレックスは謝罪した。
問答無用で『捨てられた女』というレッテルを貼られ、リュシールは思わず口を閉じた。
アレックスとの関係が政略結婚だと割り切っていただけに、その不名誉なレッテルに思わず反抗したくなる。
誰が、あなたを愛してるなんて言いました?!
そう叫んでしまわないように、口を閉じて一つ深呼吸をした。
凛とした雰囲気を醸し出す、少しつり上がり気味の目が、いつもに増してつり上がってしまうのは仕方がない。澄んだ海の色のような青い瞳には、強い意志を秘めて冴え冴えと輝いた。
まるで自ら輝くような見事な金髪。真っ白な花嫁衣装。そして、その涼やかな美貌。
完璧な花嫁姿とも相まって、半端ない威圧感を醸し出していた。
そんなリュシールの姿に、対峙していた二人が思わずといった様子で息をのんだ。
「アレックス様、この結婚の意味をわかってらっしゃるのですか?」
「意味?」
この結婚が破談になったとき起こりうる、最悪の結末。それが予想できるだろう、という意味を込めてアレックスを見つめる。
「あなたの決断一つで、多くの民が苦しむかもしれないのです」
政略結婚を決められて12年間。二人の間に愛情が育つことはなかったが、互いに信頼できる関係になっていたとリュシールは思っていた。
しかし、それも勝手な思い込みだったらしい。
「あなたが―――そんな人だとは思わなかった!」
「え?」
「力ずくで私たちの仲を裂こうとするなんて、なんて人だ!」
穏便にことを収めようとするリュシールの気持ちは、まったく察してもらえなかった。
アレックスは、先ほどのリュシールの言葉を『あなたが私を捨てるなら、戦争起こして民を苦しめるぞ』と受け取ったらしい。
「私はけして、そんな悪質な脅しになど屈しない」
どうしよう、話しが通じない・・・。とリュシールは、雄々しく宣言したアレックスを見ながら困惑した。
黙り込むリュシールをよそに、二人の盛り上がりも最高潮になっているようだ。
「たとえすべてを敵に回しても、この愛を貫いて見せる!」
そこまで言い切られてしまえば、これ以上軌道修正のしようがない。
ならば、とリュシールはアレックスを切り捨てることを決めた。
「『すべてを敵に回しても』ですか」
「そうだともっ」
「民を見捨て、王族の義務を忘れたあなたは、エジェンスの民の敵になったと言えますものね。そして、両国の和平のための婚姻をこのような形で放棄したことで、ファストロの敵にもなりました」
ここまで言ってやって、ようやく自分の言ったことの重大さがわかったのか、リュシールの視線を受けていたアレックスの瞳が戸惑うように揺れる。
「さぁ、その大層な愛を貫くために、手に手をとって二人でどこへなりとも逃げてください。私はこのような茶番にいつまでも付き合っていられませんわ。失礼させていただきます」
辛辣な皮肉とともに艶やかな笑みを送られ、アレックスはビクリと身体を震わせ一歩後ずさった。
神殿を出て行こうとするリュシールを、好奇に満ちた目、軽蔑するような目、嘲るような目、など様々な目が向けられた。ほとんど、好意的なものではない。
持っていたブーケをギュッと握りしめる。
目を閉じて一呼吸。
視線に負けそうになる心を奮い立たせると、リュシールはまっすぐ前へと視線を向け、毅然とした態度のまま神殿を後にした。