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予期せぬ来訪

 我ながら大人げないと思う。

 社会人として、同じビルで働くものとして、あれはまずかった。でも、からかったのはあっちで・・・ううん、わかってる。これはやきもちだ。彼は私なんかが肩を並べられる男じゃない。似合うのはもっと大人な冗談も笑って交わせる、そうあの順さんみたいな人。

「さあ、仕事、仕事」

 今日は店長が出張で一人きり。暇なら暇でダイレクトメールをかいたり、帳簿を確認したりやることは山のようにあるのだ。さしあたって智は新しく入荷した服の確認を始めた。


 すると一人のスーツ姿の女性が店に入ってきた。いらっしゃいませ、といいながら素早く観察する。うちの店に来るには年齢が高い、50から60代といったところか。しかしプラチナ色のメッシュがところどころ入った肩までの髪、洗練された身のこなし。仕立ての良いスーツに無駄のない身体。ぴかぴかに磨かれた靴や表情にも自信が満ちあふれてただ者ではないと感じる。

「どういったものをお探しですか」

 智は遠慮がちに声をかけると、彼女ははっとして智を見た。そして上から下までさっと目を光らせると名札に目をとめた。

「今日は木暮さんは休み?」

「店長はあいにく出張で。申し訳ありません」

 店長のお客さまか。赤いルージュが華やかな彼女は「まあいいわ」といいながら、

「私でも着られるようなものあるかしら」

 と智を見た。

『それぞれのお客様にあった言葉遣いやコーディネートを、その方を見ただけで瞬時に見繕わなきゃ駄目。年かさの人にはその語尾がだらしなく伸びる話し方はNGよ!』

 いつも店長に散々注意されていることを思い出しながら智は話し出した。

「お客様のお召しになっているような良い品はありませんが、カジュアルなお出かけ着などはございます」

「いいわね。こんど旅行に行く予定があるの」

 彼女は多分値段は気にせず着心地やデザインを選ぶに違いない。そして旅行なら晴れやかに。智は2,3枚明るい色のトップスをだした。淡いオレンジ色が彼女の髪色と肌色によく映える。

「こちらのトップスはお客様のお顔映りもいいですし、伸びが良くて旅行鞄に入れても皺になりにくいです。このスカートと合わせると同素材ですっきりみえますよ。フレアなので乗り物の中でもくつろげます。お気に召しましたら同じ柔らかな素材のジャケットもございます。上下で揃えればホテルのディナーでもばっちりです」

 智は緊張しながらそれでも夢中で話し続けた。女性はにこにこしながら智の言葉に耳を傾けていたが、

「ほんとにあなたって聞いた通りの人ね」

 と突然言ったのでびっくりして顔をみた。どこかで聞いた台詞だ。

「ええと?」

「私の顔知らないのね?」

 いたずらっぽく笑うとさらにチャーミングだ。綺麗な革の名刺入れから赤い爪がさっと名刺を引き出す。

「美容室『スプリング』店長、神崎千春・・・って、あっ!」

 誰かに聞いたことがある。5階の美容室店長イコール神崎ビルオーナー。その図式がどんと目の前に落ちてきた。

「オーナーさん・・・」

 と同時に、里奈の言っていた言葉がふっと甦った。

『お互いオーナーと店子だし、仲良くしなくちゃね』

 あれは真也さんと順さんのことだった。真也さん、神崎、真也・・・。

「あの、もしかして、ブルームの店長さんて」

「真也?私の長男。美容室は次男とやっているのだけれど」

 ああ、神様!オーナーの長男を罵ってしまいました・・・!青くなる智をオーナーは面白そうに見て、

「あなたのことは木暮さんとか賢ちゃんとかいろんな所から入ってくるのよ」

「賢ちゃんといいますと」

「June のマスター。中学からの同級生だから」

 もう、嫌だ。完全なる包囲網だ。

「真也に怒鳴ったんですってね」

 それはもう嬉しそうに。この人お母さんだよね?

「言ってやって。あの子自信家に見えてちょっと屈折してるから」

「屈折、ですか」

「そ、私の育て方が悪かったんだろうけど」

 千春は一瞬淋しそうな目になった。智は慌てて、

「真也さん、素晴らしい方じゃないですか。ブルームに勤めてる私の友達はいつも尊敬してるって話してますよ。こないだも私が伺ったとき、このシュシュをささっと、もう魔法みたいに」

 自分の髪についているシュシュを見せた。

「う〜ん、まあ、それは元美容師だし」

「は?」

 元美容師?ああそうか!智の中でぱちんぱちんとパズルのピースがはまってゆく。髪の扱いがうまいのも、女のあしらいに長けていのも、そのせいか!

「あなた、怒ったくせに真也の肩を持つのね。真也の彼女?」

 千春は智のシュシュを見ながら何気ないように聞く。

「はあっ?」

 滅相もございません!智はひれ伏すように千春に縋りながら、

「まだ2回しかあったことないんですよ!こないだも挑発に乗ってしまっただけでっ、私が子供だから!」

「・・・」

 千春はそんな智に微笑み、優しい目で見つめた。

「あなた良い子ね。裏表がなくって、仕事には熱意があって」

「はあ」

「・・・変なこと言ってごめんなさいね。この服試着させて下さる?」

 

 結局千春は智の勧めた服を全て買い求めて去っていった。送りだした後、智は大きく息をついてぺたんと椅子に腰掛ける。さすがオーナー、あの存在感。失礼はなかったかな。今になって色んなことが悔やまれるが、ああ、後の祭りだ。

 気持ちが落ち着いてくると、また真也のことが気に懸かってくる。今なら分かる、あの鮮やかな手際は彼の努力の賜。好きだったんだ、美容師という仕事が。軽く冗談めいた口調も、彼の仕事に対する情熱は隠せない。

 お母さんが美容師で弟も美容師、そしてオーナーの長男で。免許をとるのも大変だっただろう美容師をやめて、彼はなぜあの店の店長をしているのだろうか。




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