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番外編〜魔法使いは君(3)

 式場の扉を開け放つと、明るい陽光の中に大勢の人々がふたりを待っていた。籠一杯の花びらが真也と智に降りかかる。その中で智は真也に囁いた。

「取って?」

「は?」

 智は突然ミニスカートの左足を上げた。ちらりと覗く白いレースに青い小花のガーターベルト。

「おいおい!」

 慌てる真也を尻目に、

「花婿が外すのよ?本当は、口で取るんだけど」

 と言って彼の手を誘導する。興奮した男達の歓声。真也は震える手を智の足に滑らせて何とか華奢なレースの輪を外した。

「投げて。独身の男の人に」

 今日は何でこんなに大胆なんだ?智の提案に真也はめまいがする。

「誰にだよ!こんな、智に触れてた物を!」

「次の幸せのお裾分けだから」

 智が微笑んでくいっと親指を差した先には、化粧直しのため待機していた黒いスーツ姿の誠也がいた。真也は「くそっ」と言いながら、青い小花のついたレースの輪を弟に向かって放り投げた。誠也は高く手を上げ満面の笑顔でキャッチすると、受け取ったガーターベルトをくるくると振りかざす。途端に外野からああっ、というため息が漏れた。

「赤の他人よりマシでしょ?」

 にっこりと天使の笑顔、いや小悪魔の笑み?ああ、本当に敵わない。


 列の後ろの方に控えめに並んだ斉藤夫妻が目に入る。智がこだわったサムシングフォーの言い伝え。ブルーはガーターベルト、ニューは新しい下着をつけた。オールドは千春に借りたピアス、そしてボローは幸せな結婚をしている人に借りる物だ。

「斉藤さん、ありがとうございます」

 真也とタップダンスのペアを組んだ斉藤信吾は、白髪交じりの髪に銀色のアスコットタイと黒いタキシードがよく似合う。妻のみはるも桜色のワンピースを着て、子供のようにぱちぱちと手を叩いている。

「素敵、素敵!智ちゃんすっごく可愛い!真也さん色っぽーい!」

「すみません、もうさっきから泣きっぱなしで、お借りしたハンカチ駄目にしちゃうかも」

 智はみはるに借りたハンカチを振った。

「どうぞ、どうぞ!思いっきり使っちゃって!私たちまで呼んでくれてありがとう!こんな素晴らしいお式、なかなか体験出来ないわ!」

「息子さんだって、あの調子じゃすぐでしょう」

 真也が冷やかした。

「どうかしら。ああ見えて結構慎重なのよ?」

 ふふ、とみはるも笑った。


 進んでいく先に千春の姿が目に入った。淡いブルーのスーツに身を包んだ彼女は真也の母とは思えないほど若々しく美しい。腕を組んで堂々たる立ち姿だったが、よく見れば綺麗に化粧を施された目は涙でくしゃくしゃになっていた。

「・・・お袋。今まで心配かけてごめん。いろいろ、ありがとな?」

 照れくさそうに真也は初めて母に礼を言った。千春の目からさらに涙が溢れ出しハンカチで目を拭う。後ろで見ていた誠也もポケットからカメラを取りだし、ふたりの様子に微笑みながら何枚もシャッターを切った。

「あの・・・お母様」

 ふたりの間におずおずと智が割って入った。耳には千春に借りたダイヤモンドのピアスが煌めく。真也の父が千春の誕生日に贈ったという思い出の品だ。

「これを」

 智が差しだした物を見て、真也も千春も、そして列席の人々も息を飲んだ。それは白薔薇とブルースターの三日月型のブーケだった。

「何言ってるの!」

 千春は思わず後ずさった。

「智ちゃん、気持ちは有り難いけど花嫁のブーケよ?私みたいなおばさんにあげてどうするの。こういうのは次の結婚を待つ若い人でしょ、ほら里奈ちゃんとか、順ちゃんとか」

 智は首を振った。

「いいえ、お母様に」

 じっと目を見る。

「・・・今度はお母様に幸せになって欲しいから」

「な、何なの!誠也、何か言ったんでしょ!」

 千春は真っ赤になって誠也を見るが、誠也はとぼけて上を向く。

「・・・受け取って下さい」

 智の声にいつしか会場から拍手が起こった。千春は渋々受け取ると、小さな声で少女の様に「ありがとう」と言ってもじもじした。

 次の瞬間、鳩が解き放たれた。きしむような羽音と共に何羽もの白い鳩が青空高く舞い上がる。真也と智は顔をみあわせて微笑んだ。幸せにならなきゃね、という無言の誓いと共に。


 披露宴は盛況だった。Juneのマスター、賢は蝶ネクタイのタキシード姿で真也の小さい頃から今に至るまでの数々のエピソードを暴露した後、ピアノを弾きながら「Our Love Is Here To Stay」を歌った。


 これだけは、はっきりしてる

 俺たちの愛は、ここにある

 ラジオも、電話も、映画も 

 所詮は淡い夢のようにいつかは消える

 でも 俺たちの愛はここにある

 二人して 長い長い人生を 一緒に歩いて行こう

 例え ロッキー山脈が崩れ ジブラルタル海峡がつぶれようとも

 それはただの土の塊になるだけさ

 でも俺たちの愛は、ずっとここにある


 さすがに真也の師匠、甘い声で歌うスタンダードナンバーに会場からため息が漏れる。皆うっとりと聞き惚れて惜しみない拍手を送っていた。


 列席者のお土産に、智は自分で焼いたクッキーを用意した。ずっと実家で育てているスパイスを練り込んで今朝までかかって仕上げた力作だ。可愛らしい袋に詰めて見送りの時一人一人に手渡した。

「里奈!ありがとう!」

 二人の縁結びの神だった彼女は、受付や小物の管理など今日も大変な役を引き受けてくれた。

「ブーケじゃなくてごめんね」

 智は髪に挿してあった白薔薇とブルースターのヘッドコサージュを惜しげなく里奈に差しだした。もう一人のの仕事馬鹿、ヘアアクセサリー「ブルーム」の店員の彼女にはまたとないプレゼントだ。二人は固く抱き合って涙をこぼした。

「智を幸せにしないと許しませんから」

 涙目で睨まれ、真也は何度も頷いた。


 里奈の後ろには順が立っていた。

「順さん!やっぱり似合いますよ、その服にして良かった!」

 順の着ている淡いオレンジ色のワンピースは智が選んだ物だ。こんな色着たことないからと躊躇する順を、私の結婚式なんですから着てくれますよね、と半ば脅すように勧めた。マンゴーのような明るい色が順の白い肌をさらに引き立てて華やかにする。高い衿が首筋で反り返る様なデザインが印象的で、マーメードラインがスレンダーな順の身体をより女性らしく見せる。智は手に持った籠の底からクッキーの袋より10倍は大きいと思われるリボンのついた袋を取り出すと、真也の胸についた白薔薇のブートニアを抜き取り、そのリボンに差して順に手渡した。

「これ、順さんに」

「なあに?」

 持ち上げるとしゃらしゃら音がする。

「今日のクッキーに使ったキャラウェイ・シードです。実家の庭で作ってるんですよ」

「ザワークラウト作ったり、パン焼く時に入れると美味しいわよね」

 さすがに順は詳しい。

「なかなか売ってないでしょう、順さんなら使いこなしてくれるだろうと。余り物みたいに見えるかもしれませんけど、これはちゃんと順さん用に用意したんですよ?」

「ふうん、ありがとう」

 それにしても何故、キャラウェイ?訝しげに智を見る順に、智はにっこりして、

「知ってます?キャラウェイって恋のスパイスなんですよ」

「こ、恋?」

「恋人をつなぎ止めるとか、媚薬になるとか、いろいろ逸話があるんです。だから試してみて下さいよ、ね?」 

 にやりとする智を苦々しい顔で順がたしなめる。

「智ちゃん、カリスマ振りは『フルムーン』だけにしてくれる?」

 それでなくとも順は最近この可愛いカリスマに振り回されて、かつてない変貌を遂げているのだ。順はため息をつきながらも智に微笑みかける。

「・・・大事にするわ。まずは今度お昼のサンドイッチのパン焼く時にでも使ってみる」

「わあ、楽しみ!」

 真也は以前、順が真也に好意がある、と智がこだわっていたことを心配していた。しかし最近ふたりは姉妹のような仲良し振りで、真也が入り込めない位だ。かたくなな順の警戒心まで解く智の魔法に、微笑みを隠しきれない真也だった。


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