食えない男
「ごめんごめん、だってさあ」
智が神崎真也に衝撃の出会いをして3日後、風邪が治ってブルームに出勤した里奈を、智はやっと捕まえた。
「智は、その男への偏見だけはいただけないからね。前にも話したとおり店長いい人だよ?すっごく仕事出来るし」
「・・・確かに、出来るのは認めるよ」
二人はビルの2階にある喫茶「June」でランチを摂っていた。一見古ぼけた店だけれど、ここのコーヒーは美味しい。その上マスターの娘さんが作るランチが絶品なのだ。トーストしたパンを一口大に切ってシーザーサラダにあえたディッシュや、ナッツやレーズンの入った五穀米をつかった豆のカレーとか。娘さんはランチの時と、夜にバーになった時おつまみを作りに来る。ちょっと陰がある感じの美人で、密かなファンも多いらしかった。このビル内の店員なら割引クーポンが使えるので、智はよくここを利用していた。
「それにしても里奈、あんたなんで私のこと店長にべらべら話してんのよ」
「だってえ、智の話題だと盛り上がるんだもん」
里奈はぺろっと舌を出した。
「お待たせしました」
ランチはパスタとサンドイッチの2種類で、二人はパスタをチョイスした。冬野菜のカルボナーラグラタンはスパゲティーにカリフラワーや人参、ほうれん草が入った焼きカルボナーラだ。熱々のそれを頬張っていると、
「あれ、お二人さん」
噂をすれば真也がやってきた。今日は白いシャツにグレイのカーゴパンツ。いつも付けているシザーバッグはいくつも持っているらしく、今日のは淡いパープル。髪は後ろで一つにまとめているが、モロッコ風のシルバーのボタンと淡い紫のビーズが付いたシュシュで、智のと色違いだった。
「あー、真也さん、智とおそろだ~」
里奈が冷やかす。真也は店長と呼ばれるのを嫌い、皆に名前で呼ばせていた。
「わかる?ねえ、智ちゃん、俺たち仲良しだもんねえ。ほら男でも髪伸ばせばこうやってシュシュの具合とか試せるでしょ、どう?」
嫌みな男だ。智はわざとそっぽを向く。
「あれ、つれないな」
真也は笑いながら二人から離れてカウンターに陣取った。
「順、今日のサンドイッチ何?」
順と呼ばれたマスターの娘は顔を上げて、
「バケットのサンドイッチ。アンチョビバターとベーコンとアボカドの。真ちゃんアンチョビ好きでしょ。アボカドは抜いてレタスにしたげる」
「ん、じゃそれ」
真也は頷いて頬杖をつく。親しげな雰囲気に圧倒された。順は智よりいくつか年上らしいが物憂げな感じが大人っぽく、一癖ある美形の真也といても引けを取らない。自分がうんと子どもに思えた。
「とーも」
里奈が智の頬を突く。
「顔、怖いって」
「え」
驚いて里奈を見るとにんまりして、
「わっかりやす」
パスタの最後の一口を口の中に放りこんだ
「何が!」
「ふふ、あの二人ね親同士が中学からの同級生なんだって。いわゆる幼なじみ。ま、おたがいオーナーと店子だし仲良くしないといけないしね」
「オーナーと店子?」
話が見えない。
「あ、話してなかったっけ?真也さんてさ・・・」
「里奈ちゃん、君はそろそろ休憩時間終了よ?」
真也さんが店長の顔になって腕時計を指した。里奈はうわっ、といって残りのコーヒーを慌ててすするとクーポン券をテーブルに置いて飛び出していった。後に取り残された智は所在なさげに真也を見つめる。
「・・・僕のことが気になる?」
テーブルに肘をついたまま、にやりと肉食獣の不敵な笑みを浮かべて。
「何が、知りたい?何でも教えてあげる」
自分がもてるのを分かっていて言う台詞だ。智は弾けるように立ち上がった。
「そういうの、嫌いです!」
「は?」
「自意識過剰で、女を見ればからかう様な男は、嫌いだ、って言ってるんです!」
そしてそんな男を好きになってしまった自分が嫌い!智は泣きそうになって駆け出した。買い出しに行って戻ってきたマスターにぶつかりそうになり、一礼をして飛び出していく。
「あれ、智ちゃん?」
マスターは智の後ろ姿を見ながら言った。
「うちの店に何か憑いてんのかなあ。女の子が突然逃げるの、何かの流行?」