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番外編〜それぞれの花束(4)

 いつだって、キスする瞬間は緊張する。

 何度交わしても、どうしてこの感触を忘れてしまうのだろう。

 忘れるから、また求めるのか。

 ふたりの体温が解け合うまでになってはじめて思い出す。

 ああ、これが彼とのキスだ、と。


「周平君」

 真紀はやっと長く息を吐く。

「ごめんな」

 玄関で、電気も付けず、靴も脱がずに。

 カーテン越しに真紀の部屋に差し込むのは街灯の光と月明かりだけ。

 何とか縺れるようにして部屋に入り、周平は後ろから抱えた真紀ごとベッドに腰を下ろした。

「あの、ワンピース、皺になるから、着替えていい?」

 真紀は遠慮がちに言う。

「それは、お誘い?」

 周平がそう鎌を掛ければ、普段なら赤い顔をしてぶたれるのが常だったが、

「・・・周平君が、そうしたいなら」

 消え入りそうな声が返ってきた。緊張して強ばる肩。

「ははっ」

 周平は、自分を労る彼女の気持ちに気付いて、自虐的に笑った。

「ごめん。気を遣わせて」

 周平は真紀を解放すると立ち上がって電気を付けた。

「気を遣ってなんか。ただこんな事、珍しいから」

「・・・ちょっと、妬いてた」

「え?」

「・・・真紀が『ものすごく色っぽい』とかいうから」

 真也のことだ。思いも寄らない変化球に真紀は面食らった。

「まさか、そんな」

「妬くよ、俺だって。真紀はあんまり・・・言ってくれないから」

 周平は真紀の元に跪いて、視線を同じ高さにした。揺れる、眼差し。

「君の性格もわかってるつもりだけど。これでも自信がないんだ」

 初めてこの部屋に彼が来た時のことが甦る。あの時も彼は自分への気持ちを訊きたがった。会社ではいつも毅然として、弱気なところなぞおくびにも出さないのに。照れくさいけど、彼が望むなら差し出したい。真紀は勇気を振り絞った。

「・・・愛してる。私はいつだって、あなたのことばっかりなんだよ?」

 言い切って初めて下を向く。首まで真っ赤になった真紀を、周平は無くした宝物が見つかった子供のようなきらきらした目で見つめた。

「ありがと、俺もだ」

 想いを込めて抱きしめれば真紀から漏れる吐息は甘い。たちまち身体に火が点く。簡単に燃え上がる自分に周平は困惑した。

「ほんとに、どこまで夢中にさせれば気が済むんだか」

 見上げる真紀に軽くキスを返して、

「・・・ハンガー持ってきて。その時間だけはあげる」

「?」

 戸惑いながら、素直な真紀はハンガーを持ってくる。

「ワンピース、皺になるの嫌なんだろ?」

 周平の笑みと同時に、また部屋の灯りが落とされた。


 次の週の水曜日、Juneに用事があるという周平を説き伏せて、仕事帰りに焼菓子の箱を持ってフルムーンに行った。周平はまだ納得はいかないものの、さすがに言い過ぎたとは思っているようだ。そして真紀の言葉。

「お父さんが『ああ見えて真面目』っておっしゃったじゃない。あれだけ一緒に練習してるお父さんがよ。大分遅くはなったけど、謝っといた方がいいよ。私もお店に行きにくいし」

 親父は確かに見る目はある、と周平も思う。二人に免じて謝る決心を固めたのだ。


「藤沢様」

 店に行くと智はちょうど帰る時間だったらしく、バッグを下げて真紀の元へ飛んできた。

「ワンピース、何か不備でも?」

「いえ、彼がこないだ勝手に大騒ぎして、謝りたいと」

「え!」

 途端に智は真っ赤になった。

「あ、あれはあの、こちらこそお見苦しい所を」

「第三者が首を突っ込んで、申し訳ありませんでした。あの後大丈夫でした?」

 深く礼をする周平に智は恐縮する。

「あ、あの大丈夫っていうか」

 しどろもどろになる。

「・・・う、上手くいったっていうか」

「ええっ、本当に?」

 真紀の声が弾けた。

「誤解だったんです。彼、他の子とは何もなくて」

 智も自然と笑みになる。周平だけが怪訝そうな顔で、

「ほんとに?浮気してなかったの?」

 としつこく迫る。

「ほんとですよ!あ、彼が来た!」

 天敵の来襲に周平はぎょっと身構えた。階段から真也が顔を出す。ピンクのシャツに細身のタイ、ブラックジーンズにスタッズのついたエンジニアブーツ。そしてあのソフト帽を斜めに被って。あろう事か、手にはサーモンピンクの百合咲きのチューリップの花束まで。春爛漫の伊達男の登場だ。

「お待たせ、ってあれ?」

 真紀と周平を見て歩みを止める。

「・・・先日はすみませんでした」

 真紀の手前、周平は頭を下げる。内心、本当に大丈夫なのか、ちゃらちゃらしやがって、と思っていたのが顔に出たのかもしれない。真也は愉快そうに大きな口を開いて笑った。

「こちらこそ。骨のある彼氏でいいねえ?」

 と真紀に向けて声を掛ける。さすがにぐらつくことはないけど、まさに匂い立つような男ぶり。こないだよりさらに色気が増したような?彼はにっこりして周平に歩み寄る。

「斉藤く〜ん、俺ね」

 真也は周平の耳元で囁いた。

「・・・人生、変わっちゃったよ」 

「!」

 びっくりして真也を見ると、ウインクにサムズアップまでしている。これには周平も思わず吹き出してしまった。まいった。すぐにわだかまりが解ける。

「そうですか!それは何より。いいこと教えましょうか、あれね、父の受け売りなんですよ」

「ほほう!」

「俺が高校入学した時に、部屋に来て『男の話だ』って言って、蕩々と」

「それで君みたいなザ・大和魂みたいな息子が出来る訳ね。さすがだわ、斉藤さん」  

「また父を宜しくお願いします」 

 周平は頭を下げた。

「こちらこそ!斉藤さんには色々教えてもらわなきゃあ」

 そう言った後、真也は笑顔で智に花を差し出した。

「さ、帰ろ、お姫様」

 それを受け取る智のまたなんと可愛らしいこと。

「じゃ、またね」

 二人にあいさつすると、智の肩を押してさりげなくエスコート。階段に消えてゆく間際、頬にキスを掠めて。

「うわあ」

 真紀の呟きが聞こえる。

「やられたね」

 周平も肩をすくめたが、真紀に向かって手を差し出す。

「負けちゃいられない」

「何言ってるの」

 そう言いながらも、彼の手に自分の手を滑り込ませた。

「さあて、Juneに行くの忘れないようにしなきゃな」

 二人は手を繋いだまま階段を駆け下りる。

 周平はふと、真紀ならどんな花束が似合うだろう、と思いを馳せた。ふと白いドレス姿が浮かんで苦笑する。当てられたかな、あの二人や、良介達に。

 真紀はそんな周平の想いも知らず、白い花束のように微笑んだ。



Fin

 


 これで「それぞれの花束」は終わります。この後、智と真也のあの月曜日の話が続きます。かなり甘めです。よろしかったら、お付き合い下さい。

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