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番外編〜それぞれの花束(3)

「今日、バーナードカフェ行かない?」

 明けた月曜日の帰り道、周平が誘うと珍しく真紀が断った。

「ごめん。例のワンピース今日取りに行こうかな、って」

「ああ」

 土曜日着られなかった服の事だ。しかしもうイベントも終わったし、仕事終わりで結構時間も遅い。二人の恋が成就した後は、ラテを飲んだ帰りに真紀の家に寄ることも多くなった。疲れた身体をラテと真紀で癒そうと思っていた周平は不満たらたらだ。

「何も今日じゃなくたって」

「だって今日取りに行くって言っちゃったもん」

「どこへ着てくのさ」

「それは・・・当てはないけど」

 拗ねたような顔をする。

「じゃ、俺も行く、帰り道だし。どうせ今日Juneに寄ろうと思ってたんだ。ほら、良介と美砂の結婚式の二次会、Juneでやるかもしれないんで順と相談してるんだよ」

「ええっ、一緒にフルムーン行くの?」

「当てがないんなら、俺に、着て見せてよ」

 周平はにやっと笑って真紀の肩を押した。 


 フルムーンに行くと、栗山智はすぐ真紀を見つけ、平身低頭で謝り続けた。

「申し訳ありませんでした!」

 周平的にはむしろ結果オーライだったのだが。企画部で培った話術で軽口を叩いても、固い表情は変わらない。しかし、説き伏せられて着替えた真紀が黄色いワンピース姿で試着室から出てくると、智の態度ががらりと変わった。前や後ろに回って丈や皺などを確認して、もう一度正面に回り込む。真紀の肩に触れて鏡に押し出すとほうっと息を吐いた。

「・・・良くお似合いです!」

 本当によく似合っていた。確かに紫の服もいいが、明るいカナリア色は軽やかさもあって顔の映りもいい。あの発表会の日レストランのテーブルで揺れていたフリージアの様に、慎ましやかだが凛とした美しさだ。

「すごくいいよ、真紀。このままJune行ってマスターに見せびらかそう」

 周平は嬉しくなって真紀の着ていたスーツを紙袋に入れてもらうよう智に頼んだ。タイミングもあるんだろうけど、本当にいい仕事をしてくれる、俺たちにとっては幸運の女神みたいな子だ。まだ気にしているのか今ひとつ浮かない顔に戻った智の顔を見ながら、周平は微笑んでいた。


 夜のJuneはバー時間で本来は外階段から行き来するが、周平は勝手知ったるでいつもの入口をトントンとノックする。すると閉まっていたドアがうっすら開いてマスターが顔を出した。

「お、周平くん。あれ、真紀ちゃんも。綺麗だね、その服。いいねえ、若い子が明るい色着てるのは」

 マスターは周平がふる前にほめてくれた。真紀は照れ隠しについ口数が多くなる。

「今そこの店で取ってきたばかりなんです。その店員さんがすごくいい人で」

 と思わず訊かれもしないのに話してしまう。

「どこだろ」

「3階のフルムーンてお店なんですけど。栗山さんていう方で」

 真紀がいうと、

「ああ、智ちゃんね。あの子は仕事大好きだからね」

 マスターは頷いた。

「智ちゃん」

 何か聞いたことある、と思い返す。

「・・・ああ!」

「どした?」

「あの発表会の時の薔薇の花束!あれやっぱり栗山さんじゃない?」

「何?」

 そう言いながら周平も思い当たる。あの時真也とか言う信吾のパートナーは「智」と呼んでいた。

「だけど栗山さん、それならあの時サボりってことになるよ?」

 あんな熱心な子がそんなことするだろうか?

「でも、あのダンス見るためならサボるかも。好きな人だったら尚更!」

 真紀は夢見がちに言う。一刻も早くワンピースが欲しいと言ってたくせに。

 その時、階段の方からばたばたと大きな音がした。もつれるような足音に周平は階段に急いだ。真紀も後に続く。


「言ってよ。何がいけない?何も言わないで別れられるなんて思うな!」

 男の怒号が響く。別れ話か。関わり合いにならない方がいいな。周平が踵を返そうとした時、相手の女性の高い声が応えた。

「別れる?私たち付き合ってたんでしたっけ?真也さんならいくらでも代わりがいるでしょ。さっさとピルを飲んでる女の子と付き合ったら?」

 聞き覚えのある声と、真也、と言う名前に反応して立ち止まる。隠れて陰から覗けば、やはり、発表会で信吾のパートナーだった真也とフルムーンの栗山智だ。どうした?親父は真也が告白するとか言ってたのに?しかもその話す内容がひどく生々しい。真紀は顔をしかめていた。

「私にはキスひとつしないのに、店の子とは随分踏み込んだ話をするんですね!」

「それは!」

 どうも真也の分が悪いようだ。智は荒い息をついて言葉を継ぐ。

「・・・私は!あなたが他の人と抱き合ってるって考えただけでも胸がつぶれそう!割り切った付き合いなんて絶対出来ないし!あなたみたいな人といると振り回されて、仕事も何も出来なくなる!私は、私らしく仕事がしたいの!」

 仕事熱心な智らしい台詞だった。女の子にこんな事を言わせるなんて。ちょっと見てくれがいいと女はすぐ騙される。真紀と母みはるの浮き立った会話を思い出して周平はむかむかした。

「・・・土曜日俺のせいで仕事さぼってミスしたから?」

 真紀のワンピースのことか。背中の後ろで真紀がぴくりとしたのが分かる。

「俺のために仕事すっぽかして、お客に大きな迷惑かけて。あんなに仕事が大好きな君が!それだけ俺が好きなんだと思っちゃいけないのか?俺と付き合うと君は駄目になる?君らしくいられない?」

 自分で浮気をしておいて、それでも彼女を繋ぎ止めようと必死だ。虫が良すぎるだろ。自分ならなんとかなると思っているのだ、思い上がりも甚だしい。もう黙ってはいられなかった。

「・・・ちょっと聞き捨てならないなあ」

 二人の前に立ちふさがった周平に、真紀は息を呑む。普段冷静な彼だが実は曲がったことが嫌いで一度スイッチが入ると手が付けられなくなる、と真紀は本人から聞いていたが、まさか今ここでそれが披露されるとは夢にも思わなかった。

「俺たちは何も迷惑被ってない。俺たちの付き合いは栗山さんのお陰で始まって、その後もとても良くしてもらってる。真紀がフルムーンに行くといつも笑顔になって帰ってくるんだ。それって栗山さんの人徳だろ?感謝してるんだ。俺たちはたった一回の過ちで彼女を評価したりしない。この服だってすごく良かった」

 今度は彼の前に押し出され、真紀は気後れしながら二人の前に立った。智は気まずそうな顔をしているし、真也に至っては狐に摘まれたような表情だ。しかし周平の暴走は止められない。

「社会人の基本!仕事の失敗はな、仕事で取り返せばいいんだよ!」

 彼は真紀を自分の背後に戻すとぐいっと真也に近づいた。

「舞台ではあんなに熱い抱擁してたくせに、他にも手を出してんの?おまえ最低だな!」

 知らないだろうから、言ってやる。

「俺は、斉藤周平。あんたとタップを踊ってた斉藤信吾の息子だよ!」

 歌舞伎の大見得みたいだった。ふたりとも唖然としている。

「もっと男気があると聞いてたけどね。こないだ舞台が終わった時、はっきり告白するんだって親父に話してたろ?」

 真也の頬にかっと朱が差す。真紀は慌てた。それは駄目だ!そんな大事なこと、他人が言う権利は無い! 

「周平君!」

「あまりに情けなくて、これが黙っていられるか」

 相手が年上でも怯まない。火がついた周平はずい、とさらに詰め寄った。

「・・・知らないようだから教えてあげるよ。相愛の相手と抱き合うのは、これ以上ない幸せだ・・・人生が変わる」

 その意味を噛みしめて真紀はかあっと赤くなったが、周平はこれ以上ないくらい真剣だった。真紀の肩を抱くとさっと身を翻して階段を下りた。

「周平君!」

 彼は真紀を見なかった。

「周平君!」

 もう一度呼びかけると、

「・・・ごめん」

 周平は階段の途中で止まり、真紀を抱きしめた。

「でも許せなかった、あんないい子を」

「彼の言い分も訊かないで決めつけるなんて。いつも公平な周平君がどうしちゃったの?当人同士の問題じゃない」

「庇うのか!あの男を?」

 周平は信じられないと言った表情で真紀を見た。

「違うよ。でも・・・何か理由があるかもしれないでしょ」

「全く、真紀もそうか?顔がよきゃ何でも許されるんだな」

「・・・そんな。何でそんな言い方するの」

 今日の周平は手が付けられない。いらだち紛れに携帯を開き、ボタンを押す。

「あ、お袋?今日帰らないから。うん、そのまま会社行く」

 電話を畳むと、真紀の手を引いて駅に向かった。

「何処行くの」

「今日は真紀んち、泊めて」

 熱い眼差しが真紀を射る。

 週末でも無いのに。

 それでも嫌と言える訳がなかった。



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