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飛び出した弾丸

 女の子向けのショップ店員は断固女の子であるべき、と言うのがともの持論だ。

 だって男にわかるわけない。メイクがつかないようにとか、ブラのストラップが見えるかどうかとか。いつか見たテレビで、某メガネ屋が従業員全員に眼鏡をかけさせているという話に、部屋に一人だったにも関わらず「すっばらしいっ!」と拍手してしまった位だ。智は接客のために努力を惜しまない。自分でなくちゃできない仕事をしたい。そう意気込んでいた。


 その日智は同じビルの1階に入っているヘアアクセサリー「ブルーム」に向かっていた。そこには最近友達になった里奈が働いている。彼女もまた誇りを持って働くショップ店員で、ただ売るだけで満足していない。シュシュやバレッタのサンプルを持ってきては、ストレートヘアの自分とミルクティー色のウエーブのかかった智の髪でいろいろと研究している。何でも店長に刺激を受けているという。センスがよく指示は的確で部下への気配りも半端でないらしい。今日は里奈にシュシュを見立ててもらうことになっていた。


 店に入るとシュシュやバレッタ、ターバンなどが溢れており、テイスト毎に商品を分けている。ポップなもの、オフィス向け、ドレスアップした時のシックなもの。それが似合う服を身につけた小さな可愛いドールを配置したのは何を隠そう里奈のアイディアだった。智もドールの服のコーディネートを手伝った。自分も関わった店をご機嫌で覗いたが、あれ、里奈は?さらさらの黒いロングヘアを探したが見当たらない。


「何かお探しですか?」

 後ろから声を掛けられて振り向くと、背の高い30代前半くらいの男性が立っていた。にこやかに微笑んでいるけど、ウェーブのかかった黒い肩までの髪をワックスでつややかに整えて、片耳にピアス、手にはごついシルバーの指輪。侮れない感じ。黒いサテンのシャツは、衿を大きく開けていればちょっとホストみたい。

「あの、あたし相川里奈さんの友達で・・・」

「ああ!」

 彼はわかった、と顔を輝かせた。大きい口は笑顔になるとさらに大きく開いて、身体の小さい智はとって食われそうだ。

「いつもお世話になってます。コーディネート手伝ってくれた『フルムーン』の栗山智さん、ですよね」

 名前まで知られてるとは!智は慌ててぺこりと礼をした。

「店長の神崎真也です」

 彼は名刺までとりだしてうやうやしく智に差し出した。え、店長!これが噂の!里奈ったら店長が男性なんて聞いてない!しかもあたし、今名刺持ってないし!そんな智の動揺に真也はいいよ、というように手で制した。

「里奈ちゃんね、風邪ひいちゃってね」

「えっ!」

「がんばってたんだけど熱が出ちゃってねえ、皆にうつされても困るんで帰ってもらったんだ」

 あらら。そういえば夕べの電話の時咳してたっけ。でも帰るならメールでもくれたかな。慌てて携帯をチェックするが着信はなかった。よほど具合が悪かったのか。仕方ない、出直そう。

「そうですか、じゃまた今度にします。じゃ、私はこれで」

 早々に引き上げようとすると、店長はぴらぴらと小さな紙を振った。

「これな〜んだ」

「へっ?」

 彼がにんまりとしてその紙をみせる。

「To TOMO

 約束してたのにホントごめん!

 38度になってしまった(><)!

 帰るけどシュシュはこの際だから店長にチョイスしてもらって?  

 センスは保証する!                  Rina」

 ・・・うう、里奈め!こんな大人な男にシュシュを選んでもらうなんて。無理、色んな意味で絶対無理!智がぐっと黙ると、真也はにっと笑って、

「男を信用してないんだって?」

 とシュシュを取り出しながら智をのぞき込んだ。里奈ったら何話してんのよ!智は混乱して真っ赤になった。

「信用してないのとは違うんですけど!」

「まあ、いいや。じゃ、これ、試してみて」

 彼が差し出したのは、シルバーのモロッコ風のボタン飾りにビンテージ風の琥珀色のビーズやウッドビーズが組み合わされたブラウンのシュシュだった。エスニック調で素敵だけど私にはちょっと地味?

「君の髪色は明るいから、どうしてもちょっとポップになるし、派手にするとギャル風になっちゃうでしょ」

 真也は腰のベルトに通した黒いスタッズのついたシザースバッグから小さなブラシを取り出すと、躊躇なく智の髪をとかした。

「えっ」

 戸惑う智の髪を上半分だけブロッキングするとくるっと一部だけ団子にしてそこに先程のシュシュを手際よくくるくるっと巻き付けた。

「どう?」

 あっという間だ。彼は智を奥の鏡の前に立たせた。自分の姿を映してびっくりした。少し後れ毛を残してサイドとトップをまとめただけで、顎の線が引き立ちすごく大人びる。彼が後ろから差し出す鏡を見ると、ボタンのシルバーとビーズの茶が無造作にまとめたシニヨンを決めすぎずラフにまとめて色っぽささえある。

「うわあ」

 智が驚嘆の声を上げると、真也も嬉しそうに笑った。

「それだとお店の色んな服に使えるでしょ。今年多いファー使いの衿にもいいし」

 智は驚きと尊敬の眼差しを遠慮なくぶつけた。真也は「君って里奈ちゃんに聞いたとおりの人だねえ」とクスクス笑う。

「聞いたとおりって?」

「仕事バカで前向きだけど、素直でだまされやすいって」

「なっ、」

「ね、男も良い仕事するでしょ?」

 笑うと大きな口が三日月みたいな綺麗な弧を描く。ああ、良い笑顔だなあ。  

こんな状況なのに思わず見とれてしまう。

「そのシュシュはあげる、こないだ手伝ったくれたお礼。それに、」

 笑みを浮かべたまま智の目をじっとのぞき込む、深い瞳の色。

「そこまで喜んでもらえたら、僕も嬉しい」


 どきゅん。胸のピストルの音がする。


 その瞬間、智は恋をしてしまった。

 

 一筋縄ではいかない、しなやかな黒豹のようなこの男に。

 


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