忠犬始めました。
「おはようございます! ウィンザー様」
「……おはよう」
寮の扉を開ければ、なぜか『彼』がそこにいた。
あれれ、君、何でここに? その声が聞こえたわけではないのだろうけど、少年はにっこり笑ってウィンザー君に言った。
「ウィンザー様のお傍にいるために、昨日入寮しました。さぁ、ウィンザー様。食堂はこちらですよね? 朝食を一緒にとりましょう!」
そう言って、ぐいぐいとウィンザー君の手をひっぱっていく少年。
……えええ!? ウィンザー君。あれは、本当に『彼』なの!?
それに答えることなく、ウィンザーは深々とため息をついた。
彼こそが最近話題の『ウィンザーの忠犬』。
名を、カイネ・リヒトという。
地方の実戦訓練を機にナルシスト男は心を入れ替えた。
独走して、味方に多大な被害を与えた彼は、深く深く反省したらしい。
自分の才能を過信せず、他人を尊重することを覚えた。
その変わり様に、周囲は目を見張った。
まぁ、周りにあれだけ迷惑をかけて、成長しなかったら、今頃、ちょっとした事故で灰になっていた可能性もあるが。
火魔法の使い手ウィンザーは思う。
なにはともあれ、それ自体はいいことだ。周囲も歓迎している。
いいことなのだが……。
「ウィンザー様。食後のコーヒーです。僕は食器を片づけて来ますね」
「ウィンザー様。水汲みは僕が行ってまいります」
「ウィンザー様……」
なぜか、心を入れ替えたカイネは、ウィンザーの忠犬となった。
いや、原因はあれだ。実戦訓練の時に、彼の命を救った後ちょっと据えてやったお灸。あれに、彼はいたく感動したらしい。
「ウィンザー様こそ、僕の理想の騎士様です」
何を血迷ったか、そう言い始めたカイネは、どこに行くにも何をするにもニコニコとついてきて、甲斐甲斐しくウィンザーの世話をする。悪意がないと分かっているため、むげにもできず、だが、目立たないことを第一の目標にしているウィンザーにとって、非常に困った状況であるのもまた事実だった。
一応、彼にもウィンザーの実力について口止めはしてある。
あの実戦慣れした様子を見て、ウィンザーがただの平凡君ではないと気付かない方がどうかしている。当然、カイネも疑問に思った。
「どうして、ウィンザー様は、実力をお隠しになるのですか?」
――――― 別にいい成績を残したいわけじゃないからな。
「ですが、騎士団に入団するのに、いまのウィンザー様の成績では……」
――――― 騎士になるつもりはない。
「どうしてですか!? あの時おっしゃったではありませんか。剣を握る者としての覚悟はあると!」
――――― 俺は、俺が守りたい者だけの騎士であればいいんだ。そのために、本当の騎士の肩書などいらない。ただ、そのそばにいて、その存在を守れるならば、それでいい。
「……ウィンザー様! なんと素晴らしい方なんだ!」
なぜか、ますますカイネの中の株を上げてしまったらしい。騎士を目指さないと知って、カイネの自分に対する興味が薄れることを期待していたウィンザーは、ちょっと落胆した。
「大変そうだね、ウィンザー君」
同じく忠犬持ちのヘンリーに慰められたウィンザー。
「あの調子じゃ、卒業後も、お前の領地にまでついてきそうだな」
意地悪そうに笑いながら言ってきた忠犬ロストク。最近彼は、ウィンザーの前で表情を見せるようになってきた。まぁ、確かに、ばれてるいるのだから、演技しても無駄ではある。いまだにヘンリエッタの胸を見たことを根に持っているロストクは、ウィンザーをからかえて嬉しそうだ。
人の苦労も知らないで、とウィンザーはちょっと意地悪な気持ちになった。
「そうだな」
戦闘中におもいっきり素をさらしてしまったウィンザーは、開き直ることにした。 三人の前では、自分を抑えないことにしようと。
「なぁ、ロストク」
にっこり笑ってウィンザーは言った。
「もし、俺があの忠犬に『ロストクが俺の理想の男だ』って言ったらどうなるかな?」
その言葉に青ざめたロストク。止めてくれと、懇願する。
だが、プチストーカーに憑かれているウィンザーのストレスは、思っていたより大きかったらしい。
立てつけの悪い寮の扉が開く音がして、現れたのは、目を見開いたカイネだった。
「……今のお言葉は本当ですか? ウィンザー様?」
固まるロストクを見てウィンザーは笑った。大いに笑った。
「さぁてな」と、目元の涙をぬぐいながら言う。
ロストクは慌てた。
「お、おい、早く取り消せ。いや、お願いです。ウィンザー様。取り消してください!」
しばらくショックを受けた顔をしていたカイネは、キッとロストクを睨みつけた。
「君には、負けません。ロストク君。ウィンザー様の理想の男になるのはこの僕です!」
意味不明なことを言ってロストクに攻撃の風魔法をぶつけるカイネ。
必死に水魔法で防ぐロストク。
結界の中に避難して、二人の戦いを見物するヘンリーとウィンザー。
二匹の忠犬がじゃれ合う様を眺めながら
「楽しそうだな」
とウィンザーは笑い
「そうですね」
とヘンリーは微笑んだ。