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女装趣味があるかないかは重要な違いだと思います。

 扉を開けて、きっかり三秒かたまったウィンザー君。


「わりぃっ!」


 思わず素を出して、慌てて閉めてしまった。はてさていったいどうしたのかな?

「……俺よりもでかかった」

 じっと自分の胸を見つめるウィンザー君。まぁ、確かに、さらしとか巻かなくてもごまかせるぐらい成長不良なお胸だね。……大丈夫だよ、まだ君は13歳。これからいくらでも育つって。だから、その剣を下ろそう? ウィンザー君。


「あの……」

 再び扉の開く音がして、中から出てきたヘンリー君。

 ぼさぼさ頭の根暗っ子、ウィンザー班の副班長な、『彼』。あれれ? 彼は『彼』だよね? ウィンザー君。ならば何故? どうしてヘンリー君のお胸に、ウィンザー君より大きな『それ』があったのか?


 ウィンザー班が実戦訓練のため王都から旅立って三日目の夜。衝撃の事実が発覚した。

 ヘンリー・エルランゲンは……女だったのだ。


 連絡事項を副班長に伝えようとしたウィンザー君がノックなしに扉を開けたところ、まさに着替え中だったヘンリーこと『ヘンリエッタ』嬢の胸を見てしまったのだ。


 今現在、部屋の中で見つめ合う二人。

 半泣き状態のヘンリーは、まだ衝撃から立ち直れていないウィンザーに、しどろもどろになぜ自分が男と偽って学園にいるのかを説明し始めた。

 曰く


「我がエルランゲン家次期当主の弟は大変病弱で、とても騎士団学校に通える状態ではありません。ですが、彼を領主にするには『ヘンリー・エルランゲン』が騎士団学校を卒業する必要があります。ですから、私は……」

 どっかで聞いたような話である。まあ、兄か弟か、軟弱か病弱かの違いや、女装癖があるかないかの違いはあるが。ウィンザーとしては、どうすればそんなに胸が育つのか聞きたかった。……意外と気にしているらしい。


 どうか口外しないでほしいと訴えるヘンリーに、頭痛のする頭を押さえながら、ウィンザーは頷いた。

「も、もちろんです。ヘンリー君。君のことは誰にも言いません」

 それよりも、早く着替えを終わらせてほしい、とウィンザーは遠まわしに言った。着替え途中だったため、シャツの前が開き、布を巻いてはいても、隠しきれない谷間に、ウィンザーは目のやりどころに困っていた。


 真っ赤になったヘンリーが慌ててシャツのボタンを留め始めた時、またもや扉が開いた。


 あ、鍵かけるの忘れてた。と二人がそちらを見やれば、宿でヘンリーと同室のロストク・オンデンブルクが室内に入ってきた。うわ、面倒なことになった、と内心思うウィンザーの前で、見る見るうちにロストクの顔が鬼の形相になっていく。


「貴様! ヘンリエッタに何をした!」


 常に無表情な男が初めて見せた激情に、あっけにとられたウィンザー。こりゃ勘違いしてるな、とか、一体何人にばれてんだよ、『ヘンリエッタ』ちゃん。とか、様々な思考が脳裏に浮かんでは消えた。


 最終的に、まずはロストクの誤解を解くべきだったとウィンザーが気づいたのは、床にあおむけに倒れたロストクの肩を踏みつけ動けないようにして、その首に剣を突き付けた状況になってからだった。ロストクの方は、『平凡なウィンザー』に負けた自分が信じられないらしく、呆然としている。


 貴女って本当に思考より先に筋肉が動くのね。と脳裏で微笑む兄貴に、悪かったなと言って、とりあえず、剣を持つ腕にしがみついたヘンリーを剥がすことから始めることにした。

「……ヘンリー君。ロストク君に危害を加えるつもりはありませんから、とりあえず、僕の腕から離れてもらえませんか。それから、その……シャツのボタンをとめてもらえますか?」


 ウィンザーにしがみつくヘンリーの胸元を見れば、シャツの前は全開で、しかも今の騒ぎで抑え布がずれ、ウィンザーの腕に押し付けられた『それ』は、ずいぶん魅力的な有様になっていた。


 再び暴れだしたロストクをなだめて誤解をとき、今度こそ扉の鍵を閉め、真っ赤になって涙ぐむヘンリーが落ち着いたころには、ウィンザーは心身ともにボロボロだった。


「ええと、とりあえず、ヘンリーが『ヘンリエッタ』だと知っているのは誰ですか?」

 尋ねると、家族とロストクだけ。という返答が返ってきた。聞けば、入学当初、偶然ロストクにばれてからは、彼がヘンリーを守ってきたのだという。あの無表情無口無愛想さは、生来の性格的なものはあるが、ある程度は、周囲に人を近づけさせないために演技していたらしい。


「大事にされているんですね」

 微笑えめば、ヘンリーは真っ赤になって俯いて、ロストクはぶすっとした顔で彼女を抱きよせた。そりゃまぁ、必死に、自分の秘密の花に近づく虫を排除してきたのに、あともう少しというところで俺にばれたら悔しいよな、とウィンザーは苦笑する。本当はウィンザーは、『虫』ではなく『花』なのだが、教えてやるつもりはない。自分にはロストクのような番犬はいない。自分の身は自分で守るしかないのだ。ならば、ばれる秘密は最小限にしておきたい。本当の実力が二人にばれただけでも十分まずいのだ。


 ウィンザーの実力を秘密にする代わりにヘンリーの秘密を黙っておこうということで、三人は同意した。


「それにしても、目立ちたくないのはわかりますが、ヘンリー君の場合、変装とかちょっと過度すぎませんか? せめて髪型と太縁眼鏡をどうにかしないと、かえって目立っていますよ」

 ウィンザーが忠告すれば、ヘンリーがおずおずと切り出す。


「あ、あの、ウィンザー君。実はまだ話してないことがあって」

 そして、ヘンリーは、ロストクが止めるより早く、かつらをのけ、太縁眼鏡を外した。

 あまりにもお決まりすぎるが、その下からは、絶世の美少女が現れた。

 ベル・フランティカとは、また違った可憐な美しさがヘンリーにはあった。


 ベルが優美な百合の花なら、ヘンリーは陽だまりに咲く蒲公英だ。


 桃色の唇

 淡い金髪の巻き毛

 金に縁取られた琥珀の瞳

 ほんのりと赤く染まった白磁の頬

 庇護欲を刺激する何と言えない愛らしさ


 ロストクが独占したがるのもよくわかる。


 境遇は似ているはずなのに、その他の条件が自分とずいぶん違う。不公平だ。せめてその胸を分けてくれ、といじけたくなった平凡な容姿のウィンザー君だった。


 その後、ばれたことでかなりへこんでいるヘンリーを慰めるのに、ウィンザーとロストクは苦労し、まだ君の弟は女装趣味がないだけましだよ、と慰めるウィンザーに、それって慰めになるのか、とロストクは内心つっこんだ。







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