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まやかしの笑顔

「あと、もう少しの我慢だ」

 俯いて呟くと、目の前に銀髪がサラリと流れ落ちる。ウィンザーはそれを鬱陶しげに横に払った。

「何がもう少しの我慢なんだ? ティナ?」

 見れば、王都自治団長ヴォルグがジョッキを持ってこちらにやってくるところだった。

「まだ注文してないぜ?」

 質問に答えず、わざと話題をずらすウィンザーに「俺の奢りだ。昨晩は随分活躍してもらったからな」とヴォルグは笑って給仕に戻った。ジョッキの中身はティナお気に入りの柑橘系ジュースだった。


 ヴォルグの、深入りせず、だが、押しつけがましくない程度に相手を気遣うところをウィンザーは気に入っていた。


 それにしても変な男だった。若くして王都一の居酒屋の店主であり、自治団長なんて名誉職をするほど権力を持っているくせに、店員に交じって給仕をしたり、客と騒いだりと、まるで普通の若者のようだ。普段はそんな風に全然偉そうでないくせに、一度揉め事が起これば、私情を挟むことなく、冷静に事態に対処し、王都自治団長としての手腕を見事に発揮する。侮れない男だ。彼の物事の真理を突く鋭さには、ウィンザーも一目置いている。


 ある時、ウィンザーはヴォルグに尋ねた。

「なんで、こんな餓鬼を雇ったんだ?」

 そこそこ安定している自治団の傭兵業は志願者も多い。別にわざわざウィンザーのような子供を雇う必要はなかったはずだ。

「お前みたいな綺麗な子供に夜中にうろつかれたら、絶対に面倒事が起きる。それだったら、俺の眼の届く範囲でうろつかせようと思ってな」

 ウィンザーは首をかしげた。

「うろつかせないようにしようとは思わないのか?」

 その問いに、ヴォルグは苦笑した。

「俺は、鳥に飛ぶな、魚に泳ぐな、なんて無理難題を言うほど馬鹿じゃない」

 ウィンザーの性格をよく理解しているセリフだった。

「へぇ? 俺が『欲しかった』わけじゃないのか」


 ウィンザーは、『ティナ』であるときの自分の見た目を十分理解していた。

 男たちが思わず血迷うほどの美少年である自分を。

 艶やかに笑って、上目遣いにヴォルグを窺う。

 『ティナ』はまやかしの姿だ。銀髪はかつらで、顔には幻術を掛けてある。女装をはじめ変装全般のプロである双子の兄作の、この幻術を見破れたものは今までいない。偽の美しさに誘われてよってくる虫けらたちをウィンザーは内心嘲笑ってきた。


 さて、ヴォルグもその中の一人となるのだろうか。じっと見つめるが、ヴォルグは苦笑したままだった。そして、ポンとウィンザーの頭を叩いた。

「ガキに手はださねぇよ。まあ、それに……」

 いきなり頬を引っ張っる彼に、ウィンザーは固まった。

「この顔が本物かどうか疑問だしな。さすがに、顔も知らない人間を相手にするほど飢えちゃいねぇ」

 目をまんまるにしたウィンザーに、男は笑う。

「最初会ったとき、お前、あいつらに幻術使ってただろ。……ああ、そういう意味ではお前が『欲しかった』な。貴重な幻術使いとして」

 先日の人身売買組織の捕縛でも、実際のところ、ウィンザーは剣を抜いていない。ただ、幻術で彼らに『重傷』を負わせただけで、本当は傷一つつけていなかったのだ。

 ヴォルグは真剣な表情で言う。

「傭兵として雇われるからにはうちの団の方針を知っておけ。『無血こそ最上の誉れ』。俺たちは騎士じゃねぇ。戦うための存在じゃないんだから、流れる血は最小限にすべきだ。そういう意味で、幻術使いがいるとありがたい。物理的な怪我を負わせずに相手を無力化できるんだからな」

 そう言った後に、まあ、目の保養になるのは確かだな。美少女にはなれないのかと聞いてきたヴォルグに、ウィンザーは「バーカ」と、満面の笑みで返した。


 ウィンザーにとってヴォルグのいる居酒屋は本来の自分を出せる、数少ない場所だった。

 だが。


 まだ疲れてるだろ、今夜は店で看板息子としてジュースでも飲みながら皆に可愛がられてろ、といってヴォルグは、巡回に出かけた。それを見送り、お代わりはいるかと尋ねる副団長にウィンザーは告げた。

「俺、傭兵やめるから」

「ティナ?」

 驚いた顔で副団長が尋ねる。何か不満があるのかと。それに首を振って否定する。

「王都から離れる。もう、ここには戻ってこない」

 少なくとも、『ティナ』はもう王都に帰らない。地方での実戦訓練が終われば、あとは卒業試験兼騎士団入団試験を残すのみ。夜中に寮を抜け出して、居酒屋に来る時間はない。

 いや、あったとしても、これ以上ここに来ても…別れがつらくなるだけだ。

 今だって、ヴォルグ達との別れがこんなに悲しい。できればヴォルグに直接別れの挨拶をしたかったが、面と向かって言える自信がなかった。


 気のいい団員達。

 陽気なお客達。

 幻術に惑わされず、ウィンザーの本質を見つけてくれたヴォルグ。

 短気で、生意気で、果実ジュースが大好きな『ティナ』を可愛がる人々は、いつしかウィンザーにとって、大切な存在となっていた。


「またいつか王都に来たら、飲みに来てやるってヴォルグに伝えて」

 いつかなんか来ないとわかっていて、ウィンザーは笑う。

 そして、なぜか必死に自分を引き留める副団長を振り切って、『ティナ』は姿を消した。


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