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人体の自然発火はありえますか?

 馬小屋の中で、ウィンザーはため息をついた。

 昨晩、傭兵として思う存分相手を叩きのめしてなお発散しきれないストレスの発生源が、今目の前で好き勝手を言っている。

 長い金髪を煌めかせ、なかなか美男子な顔に不満を浮かべたその存在は、馬小屋に来てからずっと、ウィンザーに文句を言い続けていた。


「と、いうわけで、シャロット・ウィンザー。君みたいな凡庸な人間に足を引っ張られるのは御免だから、出来るだけ隅で大人しくしていてくれたまえ」


 目の前で偉そうに、そうのたまったカイネ・リヒトに、ああ噂通りのお坊ちゃんだと思いつつ、ウィンザーは、引きつる顔に笑みを浮かべて頷いた。

「もちろんです。リヒト様」

 それにリヒトは当然だという風に頷いた。

「まったく、先生方も何をお考えになられたのだか。君のような凡人とこの僕を同じ班にしたばかりか、君を班長にするとは。僕こそ、班長となり、もっとも騎士様のお傍で、そのお手伝いをして、才を発揮すべき存在であるというのに」

 ウィンザーはしばらくそれを聞き流していたが、どうにも我慢できなくなり、水汲みに行くと言って馬小屋から逃げ出した。


 件の班決めこそ、ここのところウィンザーを悩ましている諸悪の根源だった。

 王都騎士団学校の最終学年は、五人程度の班を作り、実際に騎士について、その生活を体験することになっている。そして、正直言って、ウィンザーの班は、史上最悪と言えた。実際、班長になったことを羨む友人に班員の名を言えば、皆一様に顔を引きつらせ、ご愁傷様と、それはもう悲しくなるほど心底気の毒そうに慰めてくれた。


 まずは、ウィンザーが逃げてきた相手、上流貴族三男カイネ・リヒト。風の属性を持ち、成績もなかなかで、容姿も優れているのだが、自分の才に自惚れて、自分より成績の低い者たちを虫けら以下とする傲慢さから、ウィンザーは内心彼を自己中心的ナルシスト男と呼んでいた。学校でも、あまりに自己本位な性格から、取り巻き以外の人間は、皆彼を倦厭している。思うに、上流貴族、それも五大貴族のリヒト家の人間だからと強く注意できない教師陣にも問題がある。


 水汲みから帰れば、カイネが今度は小柄な黒髪の少年に風魔法の素晴らしさについて語っていた。


 黒髪の少年の名は、ヘンリー・エルランゲン。下級貴族の長男で、ウィンザーと同じ寮に住む地方出身者だ。学校一の落ちこぼれといわれる彼は、通り名があらわすように成績は常に落第スレスレ、サポート系中心の土の属性であることも災いしているようだ。常にうつむき、ビクビクしており、小さな声でボソボソとしゃべる。かなり根暗だとの噂だ。長い前髪と太縁眼鏡の下の素顔を未だにウィンザーは確認できていない。

 そんなこんななヘンリーが、副班長だと聞いた時は、いったい何の冗談かと思った。

「土の魔法なんて戦闘ではサポート役しかできないじゃないか。だいたい、君、制服が体に合っていないよ。ダボダボの制服で、ますますみすぼらしく見えるね。君は副班長にふさわしくな」

「……」

 今度はヘンリーを貶め始めたナルシスト男に、彼は反論することなく、じっと俯いて地面を見つめている。


 と、いきなり、ヘンリーの腕を別の男子生徒が掴んだ。短く「手伝え」とヘンリーに命じ、不満そうなナルシスト男を睨んで黙らせた男子生徒。名を、ロストク・オンデンブルクという。ヘンリーと共に飼葉を交換し始めた黒髪で大柄な彼は、水の属性で、オンデンブルク家長男でもある。オンデンブルクもリヒトと同じで五大貴族の一つだ。しかも、ロストクは嫡男とあって、入学当初、その恩恵にあずかろうという人々が常に彼の周囲に群がっていた。…そう、『入学当初』は。


 周囲に人が寄り付かなくなった原因はロストク自身にあった。常に無表情無口無愛想な上にその年ですでにかなり大柄の強面であったため、おびえた生徒達の方が近づかなくなったのだ。よく見れば整っているその顔も、無言の迫力の前では正視できるものがおらず、宝の持ち腐れだとウィンザーは思う。いまでは、彼のそばにはヘンリーしか近づかない。なぜ、学校一の落ちこぼれと五大貴族のお坊ちゃまが仲良しなのかは、騎士団学校の七不思議の一つである。


 身分も成績も高いロストクを学校側としてもきっと班長にしたかったのだろうが、無理な話だ。他にも理由はあるが、なによりもまず、彼は、成績はトップクラスなのだが、まったく協調性がない。同じ班になってからこの方、彼がしゃべった回数は両手に満たない。むしろ、どうすればそこまで喋らずに生活できるのか気になるウィンザーだった。


「あ、お帰りなさい。ウィンザー君」

 最後の一人が、この金髪の美少女ベル・フランティカだ。これまた五大貴族の一つであるフランティカ家の末子である。

 なんというか、なんでこんなに上級貴族だらけなんだと愚痴りたい。班長が下級貴族のウィンザーである理由の一つが彼らだった。何か問題が起きた時、全てをウィンザーのせいにできるから。副班長がヘンリーなのも同じ理由だ。


 そして、強制綱渡りをさせられているウィンザーが最も問題を起こしてほしくないと願うのが、ベルだった。サラサラの金髪、碧い大きな瞳、透ける様に白い肌、綻んだ花のような唇をもつ可憐な少女は、学園のアイドルでもある。そんなベルは、成績もよく、人当たりもよろしい。


 では、なぜ、彼女が班長にならなかったか。


 それは彼女が…王太子殿下の婚約者だからだ。


 彼女が受験を希望した時、学校側は相当パニックになったらしい。王太子殿下の婚約者だ。怪我なんてさせるわけにはいかない。周りは必死になって止めたらしいが、この箱入りお嬢様は、それを押し切って入学なさった。


 校長の髪の砂漠化を大幅に進めた彼女は、何も知らずに馬を撫でている。ウィンザー君、何をすればいい? と尋ねられたので、お馬さんが退屈しないように撫でていてやってくださいと、ウィンザーがお願いしたのだ。


 ベルは知らない。

 自分は特別待遇で甘やかされ放題だということも

 自分のクラスメイトが自分専属の護衛集団であることも

 学業はともかく実戦訓練は彼女が怪我をしないように仕組まれたものだということも。


 ウィンザーは知っている。

 そもそもの諸悪の根源が

「幼馴染のカイネ君とロストク君と一緒の班になりたいな」

 と、ベルが何気なく周囲に呟いた一言だったことを。


 しもじもの苦労など知らない未来の王妃は呟いた。

「私も地方の実戦訓練行きたかったなー」


 それが、ウィンザーのストレスを極限まで高め、悩ませている問題だった。世間知らずのお譲さまベルは、なんとか学校側と宮廷の画策で連れて行かずに済んだが、ナルシスト男と無愛想男と根暗男との旅を思うだけで、ウィンザーは気が滅入る。

 

 ヘンリーを嬲るのに飽きたカイネが口出ししてきた。

「これを機会に、騎士団の方々に取り入ろうなどとは思わないことだ、ウィンザー」


 そこから自分とウィンザーの格の違いについて語りだしたナルシスト男に、いい加減切れそうだと、火の属性のウィンザーは遠い眼をした。


 人体の自然発火はありえるのだろうか? 

 可能ならば全部灰にしてしまいたいと思いながら。


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