ああ、ウィンザー君。どうしてあなたはウィンザー君なの?
別に、ウィンザー君は、好きでウィンザー『君』であるわけではない。
できるものなら、ウィンザー『嬢』として生活したかった。
だが、彼女にも事情があるのだ。
「でね、ハンナったら……」
寮の質素な寝台で、木綿の寝巻きを着たウィンザーは故郷の妹と今日一日の出来事を語り合っていた。王立騎士団学校は、王立のくせに寮がしょぼい。なんでも、いかなる環境でも耐えられるように鍛えるためだそうだが、予算をケチっただけではないか、と常々ウィンザーは思っている。寮に入るのは、王都に屋敷を持たない貧乏貴族の子息ばかりだ。貧乏人に使う金はない、ということだろうか。
「聞いているの? お兄様」
目の前の連絡石から、愛しい片割れの声がしている。恐らく、いつものように可愛らしい純白の寝巻きを着て、レースの天蓋付きベッドで寝ころびながら、クマのぬいぐるみを抱えているのだろう片割れを思い浮かべ、思わず青筋を浮かべる。
「誰が『お兄様』だ! この馬鹿兄貴!」
そう、この通信石の向こう側にいる彼こそが本当の『シャロット・ウィンザー』なのだ。
そして、彼女の本当の名は『シャルティナ・ウィンザー』。
シャロットの双子の妹だ。
では、なぜ妹が兄の代わりに王立騎士団学校なんぞに入らなければならなかったのか?
女の子は騎士団学校に入れないから?
はずれ。男女の身体能力の差は魔力があれば十分カバーできる。女子生徒は、多くはないが、ちゃんと在籍している。
彼女が騎士団学校に入りたくて兄と入れ替わった?
いいえ。彼女は、別に好きで騎士団学校に入ったわけではない。
正解は、
『シャロット・ウィンザー』が王立騎士団学校を卒業しなければならなかったから。
それは、双子の九歳の誕生日が間近に迫ったある日のことだった。
「「王立騎士団学校?」」
可愛らしく声をそろえた双子にシャルロイド・ウィンザーは思わず微笑んだ。
短髪で使用人のような格好をした一人が目をまんまるにして
「兄貴には無理だろ」と言えば、
リボンで髪を結い、ピンクのドレスを着た一人がこくりと頷いて
「私には無理ですわ。お父様」と肯定した。
その言葉に、この双子の父シャルロイドは、子供の可愛さに和んでいる場合ではなかったと頭痛のするこめかみを押さえた。
他国との関係も概ね良好で、ここのところ平和なリファルナ国であったが、やはり、盗賊が出るなど物騒な地域は存在する。最近、そのような地域の領主は、騎士団学校の卒業生であるべし、との法ができた。現領主は無理でも、後継者からは必ず騎士団学校で領地を守るすべを学ぶべし、という御触れを受けて、シャルロイドは、頭を抱えた。彼の領地はまさに、『騎士団学校卒業』が領主の条件となる地域だった。
彼の息子は、別に頭の出来が悪いわけではない。書庫の本を八歳にして読破済みの彼の知識に対する貪欲さは凄まじい。そして、それをただの知識とせず、活用するだけの頭の良さも備えている。官吏となれば、必ずや高い位まで上りつめるだろう。難を言うなら、ちょっと病弱で、ちょっと影の支配者タイプで、ちょっと女装趣味があるだけなのだ。だが、かつて文官として王宮に仕えた父親に似て完璧文官タイプなこの息子に、過酷な訓練がある武官候補者向け騎士団学校は無理だ。せめて妹の半分ぐらいの活発さがあれば、と、双子に説明しながら父は嘆いた。
そう、インドア派の息子に対して、娘はアウトドア派だ。親に内緒で元騎士である領地の自治団長から直々に体術剣術魔術等を学んだこの娘は、団員達と共に魔獣を退治し、盗賊を捕え、領地の治安維持に頼もしくも八歳にして既に貢献している。「子供だと思って、相手が油断してくれるから助かるぜ」と笑う娘の将来を心配するのは親として当然だろう。
父親に似て茶色い髪に茶色の瞳のこの双子は容姿こそ凡庸だが、その見目に反し、才気に溢れている。両極端の方向に。
気づいた時には、対外的には、息子が娘で、娘が息子、ということになっていた。
病弱でめったに屋敷の外に出ない深窓の令嬢がシャルティナ・ウィンザーで、いつも元気に領地内を遊びまわっている子息がシャロット・ウィンザーなのだと、大半の領民たちは完全に勘違いしている。
いっそのこと妹を領主にして、兄にサポートさせたいのだが、この国では領主になれるのは男子のみ。
どうしたものか。
ああ、こんな面倒なことになるなら、あの元老院の狸どもを官僚時代に始末しておけばよかった。
なんだってこんな面倒な法を作りやがったんだ。
いつの間にか悩む方向がずれている父親の前で、双子はお互いの顔を見合わせた。
「しかたねぇな」
何度注意しても、男の子のようなしゃべり方をする娘が、肩をすくめれば、
「しかたありませんわね」
何度注意しても、女の子のようなしゃべり方をする息子が、苦笑した。
「「お父様」」
双子は父親に宣言した。
「「私(俺)達、入れ替わります」」
こうして、喜劇は幕を開けた。




