死体撃ちのあとで
人間にそっくりなのよね、亀って。
甲羅の下に傷つきやすい部分があるの。
そう私は、まるで亀。甲羅にこもり愚鈍に生き残る。
戦場に兵士は2人、お互いに生き残りを探す。
茂みの中で、ひたすらに待つ。
敵は、痺れを切らして物陰から飛び出してくる。
「はい、ヘッドショット。」
そう囁いた次の瞬間、敵の頭部にヒットマーカーが弾ける。
同時に、画面中央に「GAME SET」の文字。
「対戦ありがとうございました。」
画面切り替えの前に、倒れた相手の場所に何度も、弾を撃つ。
死体撃ちはマナー違反、通報対象だが、実際にペナルティがかかった事はない。
フレンドリストが空なので、他のプレイヤーに指摘される事はない。
「私のこと忘れないでね…」
暗い部屋でゲームのモニターに照らされ、少女は呟く。
目に生気はなく、連日の昼夜逆転や不規則な生活のせいか、目の下にはくまがある。
匿名掲示板を見る、コンプレックスの裏返しの様なコメント、誹謗中傷、真偽不明の情報で溢れ返っている。
言い合い、マウント取り合い。他を貶め相対的に自分を高める、ランキング争い。
もちろん勝敗は永遠に決まらず。不毛な論戦が続く。
限られた不確かな情報で、相手の心を抉るような言葉を選ぶ。
その歳でその仕事?しょうもな!
なんで?生きてて恥ずかしくないの?
頭大丈夫?
書き込んだあとため息混じりに声が出る。
「……まあ、私無職なんだけど。」
Aiに現状の愚痴を書き込む。
周りは何も気遣いがないばかりか、自分がいたことも忘れる。
最初こそ寄り添う様な回答をしてくれるが。
具体的な解決案、大学、専門学校、就職。
そんな現実的な事は面白くはない、やりたくない。
できたらやってる。
そんな文句を書いてアプリを閉じる。
思えば高校中退の原因も他人のせいだ。
美術部のろくに絵も描かない、コミュニティの広い生徒の友達付き合いで在籍している部員が、自分の作品を批評してきた。
「君みたいに人の作品を貶すゴミは、友人じゃない。人間じゃない。さよなら。」
そう言ってLINEをブロックしたら、学校コミュニティから即座に孤立。
勉強は振るわない、絵しか取り柄がないから、居づらくなり退学。
昼だが眠い。焼いておいた冷凍餃子を食べて、そのまま寝る。
夜アラームオンで起きる。
推しのVチューバーの配信が始まる。毎回見るのが日課だった。
見た目良し、声良し、ゲーム上手い。現実で唯一尊敬出来る人物だった。
時間的にゲームのデイリーミッションが残っている。
配信に集中したいが、ゲームのアイテムも諦めるわけには行かないので。同時進行だ。
起動する。チームミッション、1番苦手な条件。
普段なら適当にクリアしたらチームから離脱。残ったメンバーの事など考えない。
しかし、今日は普段と違う事が起こる。
「はいチームメイトは、ダークネスさんですね?よろしくお願いします。」
「えっ」
思わず声が出る。
自分のハンドルネームが呼ばれた!
驚愕と胸の高まりが同時に来て、変な汗をかき始める。
とても離脱できない。
推しに自分が泥塗るわけに行かない。
推しと共に戦うしかない。
装備選択を終え、出撃。
配信には自分のアバターが写っている。
推しのアバターが写るのは自分のゲーム画面のみ。何と贅沢な画面だろう。
配信は盛り上がっているようだが、とても緊張で、コメント欄など見れない。
戦いが始まる。
推しの戦いは、画面映えする正面突発タイプ。
自分の芋スナイパー戦法とは、前衛後衛でバランスは良い。
2人は難なく初動、中盤を勝ち抜き、残りチームは少ない。
ゲームとして誇張されたエフェクト。
それでも、その光はあまりに美しく、推しの戦闘を彩っていた。
剣を振るたびに閃光が走る。
敵が、一人、また一人と倒れていく。
まるで伝説の英雄に付き従う兵士のような高揚感。
自分は、今この瞬間、確かに“そこにいる”――そんな錯覚で胸が満ちていく。
その時だった。
遠くの高台。
スコープ越しに、小さな影が揺れる。
……スナイパー。
推しは気づいていない。
まずい。
あの人に、負けてほしくない。
一緒に勝ちたい。情けない思い出にしたくない。
心臓が跳ねる。
照準がぶれる。
息を止める。
当てなきゃ。
指先に力を込める。
――撃つ。
乾いた銃声。
次の瞬間、敵の頭部にヒットマーカーが弾ける。
同時に、画面中央に「GAME SET」の文字。
……勝った。
こんな時間が、自分の人生にあっただろうか。
奇跡みたいな、ほんの一瞬。
でも確かに、自分は誰かの役に立った
「ナイスカバー」
推しの声が、遅れて、耳に届いた。
配信は終わりいつも通りの時間にもどる。
興奮が残る中、SNSを開き、推しのページを見る。配信参加者への感謝が書いてある。
自分のことを言ってくれている。――そう、思えた。
推しが、イラストを募集している。
……自分は、絵が描ける。やってみてもいいかもしれない。
鉛筆を久しぶりに取り出してラフを描き始めた。
朝日が差している。
部屋が、やけに明るい。
長いこと外に出ていなかった気がする。
……散歩にでも、行こうか。
ドアノブに手をかける。
少しだけ躊躇して、それから、開けた。
光が、思っていたよりもずっと強くて、目を細める。
――こんなに外は明るかったっけ。
一歩、踏み出す。
空は青くて、少しだけ眩しい。
それでも。
……今度は、違うやり方で、残りたい。
少女の瞳は、何年かぶりに、ちゃんと前を見ていた。




