ぼくの名前はジョン
ぼくの名前はジョン。
生まれてすぐについた名前じゃなくて、二ヶ月くらいして、
ぼくの飼い主のケンジさんがつけてくれた名前だ。
ジョン。
ぼくは、他のどんな犬よりも、いっとう良い名前をつけてもらったと思う。
飼い主さんは呼びやすいし、ぼくだって聞きとりやすい。
ぼくは、ケンジさんに呼ばれたら、どんなところへだって行く。
ずっと小さい頃、縁側から呼ばれて、ぼくが飛び移れないと、
ケンジさんはぼくを抱きかかえてくれた。
朝の散歩は、眠そうなケンジさんを引っ張りながら歩いた。
夜は、ちょっと怖かったから、ケンジさんとペースを合わせた。
ご飯は、正直、ちょっとワガママを言いすぎたかも。
だって、カリカリのご飯はおいしくない。
時々もらえる、しっとりしたご飯がおいしくて、
だからカリカリはあまり食べないこともあった。
そんな僕を見て、ケンジさんは心配そうにぼくを撫でてくれたから、
ぼくはますます食べなくなった。
ケンジさんに撫でられたかったからね。
おすわり、ふせ、おて。
ぼくは何だって上手だったと思う。
だって、ケンジさんを好きだったから。
ケンジさんの喜ぶ顔が嬉しかったから。
ぼくが上手におすわりすると、ケンジさんは、
「おまえが1番だな~」
そう言って、僕を抱きしめてくれた。
ちょっと息苦しいくらいに強く抱きしめられて、
それがたまらなく嬉しかった。
最高に楽しかったのは、ケンジさんとケンジさんの家族とで旅行した時だ。
あたり一面が砂だらけで、初めてあんなにたくさんの水を見た。
ケンジさんが「ジョン、ウミだぞ~」と言いながら、水の中に入って行った。
ぼくはありったけの声を出しながら、ケンジさんを追いかけた。
夜は、ケンジさんたちから、おいしい骨をたくさんもらった。
長い長い夜を過ごしたつもりだったのに、朝はすぐにやってきた。
すごくすごく、楽しい時間を過ごしてきた。
そして、今ぼくは、2番という部屋にいる。
昨日は3番という部屋にいた。
一昨日は4番という部屋にいた。
それから、明日は1番という部屋に行く。
その次の日の部屋はない。
1番の部屋が、ケンジさんの言っていた「1番」とは違うことくらい分かっている。
「ねぇねぇ、やっと1番に行けるね」
「次はなん番かな?」
「広いところに行けるよ」
同室にいる仔犬たちが、嬉しそうにぼくに話しかけてきた。
ぼくは知っている。
1番の次、ぼくたちは死ぬ。
天国があるんだとしたら、天国に行く。
もしかしたら、生まれ変わるのかもしれない。
ぼくは思う。
天国に行くにしても、ケンジさんを忘れちゃうのはいやだな。
それから。
生まれ変わるなら、ケンジさんの弟に生まれたい。
また、撫でてもらいたい。
抱きしめられたい。
大きな声で、ジョンって、そう呼んでもらいたい。
ぼくは仔犬たちを怖がらせたくなかったから、
ただただ黙って、昔のことだけを考えていた。
仔犬たちが、怖い思いをしませんように。
できれば、彼らがまた外の生活ができますように。
そしていつの日か、ぼくたち犬が、ずっと飼い主さんたちといられますように。
ケンジさん、寂しいよ。
ぼくたち犬は、人間を憎めないように生まれているんだ。
ケンジさん、大好き。
ぼくたち犬は、どんなことがあっても飼い主さんを大好きなんだ。
ケンジさん、ごめんなさい。
ぼくたち犬には、人間の事情なんて分からないんだ。
ケンジさん、ケンジさん、ケンジさん。
会いたいよ、会いたいよ、会いたいよ。
いつの間にか、ぼくは啼いていて、
それにつられたのか、仔犬たちも啼いていた。
近くにいた作業着の人がポツリと言った。
「この部屋まできた犬が、一番悲しそうに泣くんだよ」
ぼくは、ケンジさんを呼び続けた。
保健所に連れて行かれる犬の数は多いです。
炭酸ガスで安楽死、という生やさしいものではなく、実は苦しいとのこと。
実際に保健所に見学に行きましたが、日に日に番号の違う部屋へ移されて、
いなくなっていく仲間たちを見て、犬は徐々に自分の運命を悟るようです。