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scene9 ドラえもん

【働きたい……そう思ってはいるけれど……】


外出できるようになって数月。買い物も近所になら一人で行けるようになった。でもレジで店員さんにお金を渡すとき時々少し手が震えてしまう。そしてその時、誰かが後ろに立っていると気になって挙動不審になってしまう。まだまだ私の心の病は、完全に治っていないなぁと感じる今日此の頃。


そしてもう一つ大きな悩みがある。それは仕事の事……。私は4年間、私立の大学に通わせてもらったけどその間、アルバイトをしていなかった。私は、少しでも家計に協力しようと思い、両親にアルバイトをしたいと言ったけど『お金の心配はしなくていいから夢に向かってしっかり学業に励みなさい』と言われ、その言葉にすっかり甘えてしまっていた。


保育士になって良い所に就職して両親に沢山恩返しをするんだ!……そう思っていたのに。自分が弱かったせいで、こんな事になるなんて、夢にも思っていなかった。


『今は、そんな事心配しなくていいんだよ』


二人は、そう言ってくれるけど、何時までもそう言う訳には行かない。


このまま無職で両親に迷惑をかけられない、と強く思っていた私は、散歩に出た時、何軒かコンビニに立ち寄って店頭に置いてあるフリーの求人雑誌を手に取って自分に出来る仕事がないかチェックしていた。勿論、両親には、心配を掛けたくなかったので今の所は、内緒にしている。


ペラペラめくる中で……


(保育士……急募……)


見なきゃいいのに……でもやっぱり少し気になる。だけどあの時の後遺症か、その求人を見ただけで心臓の鼓動が少し早くなり、ちょっと気持ちが滅入る。でも近年の保育士不足のせいかお給料は、ずば抜けて良い。


(もう……私、保育士に戻る事は、出来ないのかなぁ……)


時々そう思ってしまう私……。


そんな自分に幻滅してしまうのが嫌だから福祉関係の求人ページは、見ないようにした。でも『私には、保育士以外にできる仕事なんて……なにもない……のかなぁ』内心そう思っていた私は、再就職を半ば諦めていた。



【弁当屋 幕内】


ある日、お昼前の時間の頃。リビングに居るお母さんから、私を呼ぶ大きな声が聞こえた。


「君子ぉ、ねぇ君子ぉ! ちょっと来てぇ!」


「はぁぁい!」


返事をして下に降りると、お母さんからこう提案があった。


「ねぇ君子、お米が無くなってるのすっかり忘れてたの! お父さんに帰りに買ってきてもらうように連絡したけどお昼の分がなくてね。食パンならあるけど、お弁当でもいいかなって思ってるの。どっちがいい?」


との事。


「お母さんは、どっちがいい? お母さんが選んだ方にするよ」


「そう? じゃぁ久しぶりにお弁当にしよっか。そこのスーパーで買って来るけど君子何がいい?」


お母さんが買ってきてくれるって言ったけど、その選択を聞いた私の頭の中に、あるお店の事が過った。


「あん、私が行ってくるよ、お母さん」


もうすっかり良くなったという事をアピールするかのように元気よく言い放った。


「そう?! じゃぁねぇ、私はぁぁ……ううぅぅん……お魚? お肉?……うん! 両方入った幕の内弁当がいいな!」


「分かった! 幕の内弁当ねっ!」


そう決まると私は、2階に上がり着替えを終わらせ家を出ると、お母さんが言ってた普段よく買い物をするスーパーがある商店街とは反対の方向へ歩き出した。


さっき頭の中を過った看板……それは、最近見つけたちょっと気になるお弁当屋さんの事だ。そのお店は、商店街や駅から反対の方向にあり、閑静な住宅街の一角にあった。私が散歩をしている時に偶然見つけたお弁当屋さんだった。


家を出てから15分程、そのお弁当屋さんが見えてきた。そのお店の名前は、幕内。外観は、古民家風の作りで瓦屋根に白い壁、入り口には紫色の大きな暖簾が掛けてある。名前の通り『幕の内弁当の専門店なのかな』と思いつつお店に入った。


『カラカラカラ……』


すると乾いた戸車の音と同じタイミングで威勢のいい声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませぇ!」


まだ店の中に入りきっていないのに。しかもその声に驚いた!


(この声!……ビデオで見た……昔のド○え○んの声にそっくりだぁ!)


そう思いながらさり気なくその声の主を探すと、カウンターの中にいる後姿がふくよかな体格の方だった。


(年の頃はぁ……40?……50?……60歳?ちょっと分からないなぁ)


そう考えていると、くるっと振り返ったので、そのおばさまと目がばっちり合ってしまった。私は、考えてる事がバレないように思わず目を逸らし顔を赤らめた。そして……


「注文が決まりましたらどぉぉぞぉ!」


(やっぱり〇ラ〇もんだ!)


私は、俯き加減で再度驚きながら無表情を貫いた。そして気を取り直しメニューを見ると、幕の内弁当だけではなく色々な種類のお弁当があった。どれもすごく美味しそうだったけど、私もお母さんと同じ幕の内弁当を選び、それを2つ注文した。


「じゃぁ、幕の内弁当を2つお願いします」


「ありがとうございますぅ! 注文はいるよぉ! 幕二つねぇ!」


(やっぱりドラえもんだぁ!)


私は、再再度、無表情で大感激した!


お弁当が出来上がるのを待っている間、椅子に座りお店の中を見渡してみる。店内は外観と同じ古民家風の広い土間風の作りで清潔感があり、しかも店内のライトアップが絶妙でここに居ると何故か気持ちが落ち着く、そんな雰囲気だ。


(外装もそうだけどこの内装も、センスいいなぁ……)


そう思いながら更に店内を見渡しているとふと……壁の張り紙に目が留まった。それは、このお店の求人のお知らせだった。


「『幕内 求人大募集中!』かぁ……」


私は、この張り紙を見た後カウンターの方へ視線を移すと何故か……おばさんと同じ割烹着を着て、カウンターに立ち笑顔で接客をしている自分の姿が頭に浮かんだ。


「幕の内弁当、2つをお待ちのお客様ぁぁ!」


その声に引き寄せられるようにカウンターへ行くとそのド○え○ん声のおばさんに求人の事を尋ねてみた。


「あのぉ、この求人、まだ募集していますか?」


そう尋ねると〇ラえもん声のおばさんが威勢よく返してくれた。


「絶賛募集中だよぉぉ! お嬢ちゃんうちで働くかい!?」


「はい……それで面接は……」


そう聞き返すと……


「じゃぁさ、明日でもいいから履歴書持ってきなよ! 時間は、そうだねぇ閉店までだったらいつでもいいからさぁ、一応名前聞いとこうかな」


「はい、神君子と申します」


「君子、きみちゃんかぁ! じゃぁ明日待ってるよ!」


「はい、じゃぁよろしくお願いします……」


そう言うとお弁当を手に取り一礼をして店を出た。家に帰りお母さんにお弁当屋さんの面接を受ける事を話すと大賛成で喜び『うんうん……』と頷いて涙ぐんでいた。でもまだ雇ってくれるかわからないんだけどね。


 

scene10へ……続く! 絶対雇ってもらうんだっ!


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