scene5 そして私は、壊れた
話が終わり私は、放心状態のまま会釈をして園長室を出た。保育室に戻ると既におやつの時間が終わり、子ども達は、帰りの支度をしている所だった。私が部屋に入ると何人かの子ども達が笑顔で走り寄ってきて我先に足にしがみついてきた。そして満面の笑みで聞いてきた。
「きみせんせーどこいってたの?」
その笑顔を見て……
(そうだ、子ども達の前でこんな顔をしたら駄目だ!)
私は、無理やりにでも笑顔を作り子ども達に答えた。
「ちょっと園長先生と、お話してきたんだよ」
私は、子ども達にそう告げると今週は、私がピアノの担当だったので縋る子ども達にお帰りの歌を歌う列に並ぶように促し、ピアノの方へ歩み行った。すると美和先生がつかつかっと私を追い越し、ピアノの前に立つと、鍵盤扉を開けながら言い放った。
「先生、フリー担当でしょ? ピアノは、私が弾くから!」
(なんで? どうして美和先生……その事知ってるの? たった今園長先生と話したばかりなのに……)
私が呆然と佇んでいると……
「何してるの? 先生は、おやつの食器を給食室へ返してきて!」
この言葉を聞いた私は、自分の中の何かが……プツッと切れた音が聞こえた……そんな気がした。
私は、どういう訳かこの場から逃げ出したくなる程恥ずかしい思いに押しつぶされそうになったけど、美和先生の弾くピアノに合わせて、歌う子ども達の後ろに回り、おやつの食器を片付け、それをカートに乗せて給食室に運んだ。
すると美香先生が廊下に出て各クラスのカートを給食室に運び込んでいる所だった。私に気付いた美香先生は、笑顔で話しかけてきてくれた。
「きみ先生お疲れ様、んっ? きみ先生どうしたの? 顔色悪いけど……気分でも悪いの?」
私は、美香先生の優しい言葉を聞いた途端、何故か体の力が抜けその場にペタッ座り込んでしまった……そして目の前が真っ暗になり意識が薄れていった。
『きみ先生!……きみ……せ……き……み』
遠のいていく意識の中、微かに美香先生が私を呼ぶ声が聞こえていた。
その後……気が付くと給食室裏の休憩室で横になっていた。その傍らには、美香先生がいてくれた。
「私……?」
「よかったぁ きみ先生……給食室の前で座り込んで動けなくなったんだよ、病院行こうと言っても『大丈夫です』の一点張りで……園長も暫く横になってれば大丈夫だなんて酷い話だよっ!」
そして美香先生は、しばらく黙り込んだ後、私の手を握り涙を流しながらこう言った。
「きみ先生、ごめんね……」
その言葉を聞いて私は、問いかけた。
「美香先生……どうして……どうして謝るんですか?」
この問いかけに美香先生はこう返した。
「きみ先生を……こんなに追い詰めてしまっていたなんて。私、何もできなくてごめんなさい……」
その言葉を聞いた私は、天井を見つめながら今更ながら思った。
(そっか、私、追い詰められていたんだ。やっぱり私……保育士に向いていないんだ。私は……かみ先生のようには……なれない)
そう思ったら自然と涙が出てきた。そしてか細い小さな声で美香先生に打ち明けた。
「園長先生に……私の保育は、ガサツで思いやりがないって言われちゃいました……私悲しいです……」
その呟きを聞いた美香先生は、少し強めの口調で言い放った。
「そんな事ない! きみ先生は、とても優しいし子ども達の事をよく見てる! その証拠に、いつも沢山の子ども達が先生の周りに来てくれるでしょ! それは、皆が先生の事が大好きだからだよ! 思いやりがない先生の傍に子ども達が来る訳ない! そんな事絶対ない!」
私の事を叱るように庇ってくれる美香先生に小さな声で……
「美香先生、ありがとうございます」
そうお礼を言った後、何とか起きあがり保育室へ帰った。子ども達は、ほとんど帰った後で部屋には、居残りの子ども達が遊んでいた。同じクラスの先生達も何人か残っていたが何も言わずに私を遠目に見るだけだった。
終業時間になり誰もいない暗い職員室で退勤処理をして玄関で靴を履いていると給食室から美香先生が出て来た。そして『心配だから』と駅まで付き添ってくれた。どうやら私の退勤時間まで待っていてくれたらしい。
本当は、自宅まで付いて行くよと言ってくれたけど、私が『もう大丈夫です』と言って駅で別れ、一人で帰宅した。でも一人になったら色々考えすぎて駅から自分の家まで歩いた記憶は、虚ろで殆んど覚えてない。
家に帰り着くと職場から連絡があったのか、両親が外で待っていてくれた。だけど……
『ちょっとめまいがしただけだから、もう大丈夫!』
そう言って笑顔を作って誤魔化した。
今日あった事……園長先生達から自分の保育について注意を受けた事は、黙っていた。両親は、私が保育士として働く事に、私以上に楽しみにしていた。子どもの頃からの夢を叶えたいと頑張る私を一番身近で感じていた2人に、働き始めてまだ数か月しか経っていないのに『ガサツ』と言われたなんて……とても言えない……。
その日の夕飯は、私の大好きなハンバーグだった。お母さんが私を元気づける為にその日の献立を急遽変えてくれたみたいだったけど……食欲が無く半分も食べきれなかった。
「ごめんなさい……」
お母さんに謝って自分の部屋へ。
ベッドに横たわり一人になると、どうしても見えてしまう。園長先生に言われた『ガサツ』と言う言葉と同時に、その後ろでその言葉に同調し大きく頷く主任の姿が……頭の中に、何度も何度も繰り返し見えてしまう。
だから私は、その言葉を思い浮かべないように、心の中で自分に言い聞かせた。
(クラスを外されても子ども達と会えなくなるわけじゃない、どういった形でも子ども達と毎日会えるならいいじゃない! もう考えるなっ!)
そう言い聞かせた。
【そして、私は壊れた】
次の日の朝。いつも通り目覚まし時計の音で起きる。目を開けると天井を見つめながら思った。
(昨日の事……夢じゃなかった……現実だったんだ……はぁぁぁぁ)
夢であって欲しかった、手で顔を覆い仰向けのまま大きく溜息をつく。
そして起き上がり机の前に座り鏡を見る。
「酷い……顔……」
一人呟き、身支度を始める。
着替えを済ませ、再び鏡の前に座り、髪をとかして縊ってお団子にする。そして薄く化粧をしてリップクリームを塗って鏡に映る酷い顔の自分に向かって呟く。
「頑張れ、私」
頬を『パンパン』と叩きリビングに降りる。
「おはよう」
両親が朝の挨拶をする。
「おはよう……」
私も挨拶を返す。その返しでお母さんが心配そうに『大丈夫?』と聞いてくる。
(2人に心配かけちゃいけないなぁ)
「うん、大丈夫だよ!」
精いっぱいの笑顔で返した。
朝食は、いつも通りご飯とみそ汁と目玉焼きにウィンナー、それと今日は、私の大好きな苺が添えてあった。
でもやっぱり食欲がなかったので、ウィンナーと苺だけを食べる。
「じゃぁ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
心配そうに見送る両親。
私は、リュックを背負い玄関へ向かう。土間に座ると靴が見当たらない。多分私が昨日、無意識に下駄箱へ片付けたのだろう。下駄箱を開けると靴があった。それを取り出し不意に顔を下に向けた。
すると……『ポツ……ポツ』っと靴の横に雫が落ちた。
(えっ? 何? 水漏れ? 違う涙?!)
そう思った瞬間、私の両眼から止めどなく涙が溢れだした!
(えっえっ?!何これ?涙?私泣いてるの?!どうしちゃったの?涙が……涙が止まらない!)
両頬を抑え慌てふためく私の体が急に震えだし、脚の力が抜け、玄関に蹲り大きな声を上げ号泣を始めてしまった。
「うわぁーんわぁーん!あうぅうううあうっ!!」
驚いた両親が玄関に飛んできて、私を宥めようとした。お母さんは私を抱きしめて耳元で何か言ってくれてるけど全然聞こえない! 泣きすぎた子どものように嗚咽が止まらない! 息が出来ず苦しくなったそこからの記憶は、曖昧だ。あまりの苦しさに……
『お母さん助けて』
と思ったのを微かに覚えている。
そのまま意識が遠のいていった私は、すぐに救急車を呼ばれて病院に運ばれた。そして救急車の中で『保育園に行く、子ども達が待ってるの……』と譫言の様に言っていたらしい。幸い事なきを得た私。その後、検査をしたけど、どこにも異常はなかった。自分では、なんとなく分かっていた。追い詰められ、私の心の奥底に押し込めていた感情がこんな形で表に出てしまったって。
そして今回の件で、精神的にダメージを受けた私は、外に出ようとするだけで同じような症状(発作)が出るようになり、家の外に出る事が出来なくなってしまった。それどころか家族以外の人と話す事も、スマホや電話で他人の声を聞く事ですら恐怖を感じてしまうようになった。
他にテレビも見れない、PCも怖くて見る事も触る事も出来なくなってしまった。そして私は、しばらく休職した後、そのまま保育園に行く事なく……志半ばで自ら退職を決意した。
scene6へ…続か……ないかもしれません……ごめんなさい




