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scene truth end story 私の夢の出発点

寒い冬に終わりを告げ、日に日に春の日差しを感じられるようになってきた今日この頃である。本日の彼はというと、朝一の便で熊本入り。『◎(まるまる)✖(ばってん)熊本!』の取材で

まだ暗いうちから天草市苓北町でのロケに出発した。その撮影が終わるとここ(幕内)に寄って、昼食のお弁当を受け取り東京へ帰る予定だ。


そしてお昼前……予定の時刻を少し過ぎた頃、慌ただしく帰ってきた彼にお弁当を渡す。


「はい、幕の内弁当お待ちどうさま!」


「ありがとうきみちゃん! あっちに着いたらすぐ電話する、じゃぁね!」


『幕内』滞在時間、僅か3分30秒。名残惜しそうだったけど、すぐに帰らないと午後4時から始まるドラマの撮影に間に合わないそうだ。『やれやれ相変わらず忙しい人だね』そう言って一息つく。



【再会】


次の日のお昼休み。昼食を済ませた後、彼からの定時連絡も終わり、午後からの仕事に備え、割烹着を着て三角巾を頭に巻いていると、どらさんが和室の扉を開けひょっこり顔を出して言った。


「きみちゃん! 急でなんだけど有給が沢山残っているからさぁ、午後から上がってくれないかなぁ」


「えっ? 有給……ですか?」


(うち有給休暇制度なんてあったかな?)


と不思議に思いつつも『有給消化してくれなきゃ困るんだよね』と言われたら退勤しない訳にはいかないなぁと思い、たった今着たばかりの割烹着を脱ぎ私服に着替え、帰り支度をしていた。すると……


「きみちゃん! 美香さんから電話よぉ!」


と今度は、内藤さんがカウンターから顔を出して私を呼んだ。


(美香先生からお店に電話なんて……珍しい事もあるもんだなぁ)


そう思いつつ電話に出る。私は最近、やっと、やっと携帯電話を持てるようになった。だけど美香先生は、気を使ってなのか用事がある時は、家電かお店に掛けてくる。保留にしてあった電話に出ると……


「きみ先生、今ね近くの公園にいるんだ!すぐ来て!今来て!待ってるから!」


『ガチャ……』


用件だけの短い会話だった。


なんの用件か聞く間もなく、切られてしまった。まぁどうせ今から帰る所だったから丁度良かったけど、と振り返り挨拶をする。


「お疲れさまでした!」


カウンターには誰も居ない。すると三人が厨房から顔を出し、声を合わせて『お疲れ様ぁぁ』と挨拶が返ってきた。


(なんか……今日みんなの様子……変だなぁ……気のせいかなぁ)


とか色々考えながらも急いで公園へ向かう。


お店から公園までの道のり、温かく春っぽい日差し。そこへ風に乗ってどこからともなく早咲きの桜の花びらが舞ってきた。


「もうすぐ春なんだなぁ……」


そう言えば私の引き篭もり生活に終わりを遂げた日がこんな小春日和だったっけ。風に乗って桜の花びらが私の部屋へ入って来て……その日は、洋介もいて……美香先生の手作りのちらしずしを持ってみんなで公園の桜の下で食べたっけ。もうずいぶん昔の事のようだけど……ふふっ。


そう思っているうちに公園が見えてきた。正面入り口から入ると奥に見える大きな桜の木の下に美香先生が見える。


(あっ私に気づいた、こっちに向かって大きく手を振っている!)


それを見ながら私も、手を振り返しながら小走りになる。そしてだんだん近づいて行くと美香先生の隣、私から見て桜の木の反対側に誰かいるのが見えてきた。


(あれ? 桜の木の後ろに誰かいる。背を向けてるけど……背の高い女性? 黄色いパステルカラーの薄手のセーターに白いロングスカート、長い髪が風になびいている。美香先生の友達かなぁ……)


「きみ先生! こっちこっち!」


「はぁはぁ……こんにちは、美香先生! どうしたんですか急に?」


息を整えながらそう問いかけると、美香先生が、私の顔を見ながらニヤニヤして桜の木の後ろに居る女性に後退りして近付き、その女性をクスクス笑いながら2、3回肘で小突いた。それを合図にくるりと素早く飛び跳ねながら振り向いたその女性は、私と目が合うとにっこりと優しく微笑んだ。


笑顔が素敵な……でも何だろう、どこかで会った事がある?……何か感じる……この懐かしい女性の雰囲気。


「こんにちは、きみちゃん。お久しぶりね!」


そして聞き覚えのあるこの声……この声、この声は……かみ……先生、かみ先生だっ! 


私の記憶の中のかみ先生は、いつも髪がお団子だった……だからすぐには分からなかったけど、今、目の前に居る女性は、間違いなくかみ先生だ!


私は、呆然として暫く言葉を失った。手に持っていたバックを落とし肩をすぼめ、心の底から湧いて出てくる感情を抑えきれず、両手を大きく広げかみ先生の胸に飛び込んだ。


そして先生にぎゅっと捉り抱り、人目を憚らず大号泣しながら叫び出した。


「わぁぁぁぁん!! かみ先生! 私、かみ先生みたいにぃぃぃなれなかったのぉぉっ私! 私ぃぃぃっ! かみ先生! かみ先生みたいにぃぃぃ優しくて素敵な先生になるって言ったのにぃぃぃっ! 私! 私! なれなかったぁぁぁぁ! ごめんなさいっ! ごめんなさいぃ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


そう叫びながら泣きじゃくる私をかみ先生は、しっかり受け止めて抱きしめてくれた……そして私の顔にそっと頭を添え、耳元で囁いてくれた。


「なにを謝ってるのきみちゃん。あなたは、今でも優しくて素敵な先生よ。相変わらず泣き虫だけどね……」


「ヒック……ヒック……かみ……先生……」


かみ先生は、私を見つめながら優しくゆっくりと頭を撫でてくれた。そう……昔、私にしてくれていたようにそっと優しく。そして暫くの間先生に抱きしめられて少し落ち着いた私は、美香先生に問いかけた。


「でも……かみ先生……どうして美香先生と?」


そう言って美香先生の方を見るともらい泣きしていた美香先生。『てヘヘっ』と照れ笑いをしながら私にこう問いてきた。


「さて問題です! きみ先生、私のフルネームは、何でしょうかっ?」


突然の質問に……


「美香先生?……美香先生のフル……ネーム?……美香……美香……田……田……中……美香……!!!! 田中美香ぁぁ⁉」


「そう! 田中かす美、またの名をかみ先生! その正体はぁ……私のお母さん!」


「え…………おかぁ……えっ? えっえっ?えぇぇぇぇぇぇっっ!?」


たった今まで流していた私の涙は、その驚きで吹っ飛んだ! 何たる事! 美香先生は、かみ先生の娘さんだったのだ! 全く気づかなかった、気づくはずもなかった。こんな近くに私の憧れの先生の娘さんがいるとは、万に一つも思わないし美香先生が田中と分かっていても田中姓は多いし、かみ先生は女性だから結婚して苗字も変わっていると思うのは当然の事だった。


「えぇっ? でででも美香先生、いつ私とかみ先生の事に気づいたの?」


驚きながら聞き返す私……


「きみ先生が引き籠もってる時だよ。私と洋介が一緒に家に来た時があったでしょ? その時にねっ!」


でも何回も二人一緒になっているし、いつの話だろと思っていると……


「ほら、いつか洋介がきみ先生にくだらない質問した時、その中の一つに『どうして保育士になったの?』と聞いたでしょ?」


うぅぅん、なんとなく覚えているような……。


「いつも『かみ先生』って言っていたきみ先生が、その時に一度だけ『田中かす美先生』って言ったんだよ、そしてその後に私がなんて言ったか覚えてる?」


あ……ああぁぁぁ! そういえば思いだした! 確かそれを聞いた美香先生は、小さな声で『私も田中だよ』って言った! 全然聞き流していた。しかしこうしてよく見るとやっぱり似てる! すらっとした長身に小顔と長い髪! かみ先生の若い頃にそっくりだ。


それで何故、名字が『田中』のままなのか。答えは簡単、それはかみ先生が田中家の一人娘だったので婿養子をもらっていた。だから名字は、変わっていなかったのだ。


呆然としている私に美香先生が申し訳なさそうに言葉を掛けてきた。


「内緒にしてごめんね、きみ先生。でもあの時……きみ先生に、この事を打ち明けてたら……もう私に会ってくれなくなるって、そんな気がして怖かったの……本当にごめんなさい」


(確かに……あの時打ち明けられていたら自分への嫌悪感で美香先生と会う事が出来なくなってしまっていたかも……)


「ただ洋介に言ったのは、失敗だった。あいつお喋りだからうっかり口走るかと思もって、内心ひやひやしてたよハハハッ!」


美香先生はそう言って、ばつが悪そうに笑ってごまかした。


そしてその話を微笑ましく聞いていたかみ先生が、私の両肩に手を乗せ、見つめながら力強く話し始めた。


「きみちゃん! ここで提案なんだけど、良かったら私の保育園に来ない? そしてもう一度、私のような優しくて素敵な先生を目指してみない?」


「えっ? 私が……かみ先生の……かみ先生の保育園の……先生……に?」


「今からでも全然遅くないっ! あなたなら、きみちゃんなら絶対になれる! 夢だった優しくて素敵な先生に!」


かみ先生は、現在、隣町にある認可保育園の園長先生を任されていた。そして美香先生も、かみ先生の隣で頷きながら力強く言ってくれた。


「うんっ! おいでよ、きみ先生! 私も、そして洋介も待ってる!」


美香先生は、私が退職した同じ年に『千草保育園』を辞めていた。そして洋介も去年からその保育園で保育士をしている(これも私には、内緒にしていた)


私は『もう一度保育士に戻れる……かも』と思った。だけど……


「でも……」


そう呟き、惑ってしまった。


保育士には戻りたい。だけどやっぱり幕内の事が頭をよぎった。新しいメニューが増え、以前にも増して忙しくなっていた幕内。私が抜けると皆の負担が増えてしまう……そう思いながら俯いた。


でも、それを察した美香先生が言った。


「きみちゃん、本当言うとね、幕内の皆からね、随分前からきみちゃんの事をお願いって言われていたんだよ『きみちゃんを1日でも早く保育士に戻してあげたい』ってね。だけど誘われたら絶対きみちゃんは、『でも……』って戸惑うと思う。その時が来たらこう言ってやって!『ここ(幕内)の事は気にするな!』って!」


「皆……が?」


私は、その話を聞いて俯き笑みを浮かべながらまた泣いてしまった。


それを見ていたかみ先生が、再び私を抱き寄せ頭を撫でながら言った。


「きみちゃん……やっぱり変わらないわねぇ、本当に泣き虫なんだから……」


そして……


「よおぉぉしっ、きみちゃん! そうと決まればぁ! 私は厳しいからね、覚悟しなさいよ!」


きみ先生は、私の髪をくしゃくしゃにかき乱しながら言い放った。



【わたしのゆめ さくらぐみ じんきみこ】


『ジリリリリリリリリッ!!!』


目覚まし時計の音で起きる。


そして鏡の前に座り、髪をとかしてお団子を結いながら笑顔と発生練習をする。私は、子どもの頃から保育士になったら絶対、かみ先生みたいに髪をお団子にすると決めていた。またこういう日が来るなんて思ってもいなかった。


「あ―! い―! う―! 発声練習オッケ―! よしっ!」


自分に気合を入れ、私と彼とさくらちゃん、つばきちゃん、そしてくまモンが一緒に写っているフォトフレームを覗き込み……


「じゃぁ行ってくるね!」


そう語りかけて1階のリビングへ降りる。


「おはよう!」


両親に挨拶をして食卓に座る。テーブルにはご飯、お味噌汁、目玉焼き、ウィンナーそれと私の大好きな苺が添えてある。


「いただきます!」


手を合わせ時計をチラチラ見ながら食べ始める。すべて完食すると……


「ご馳走様! 行ってきまぁぁす!」


「行ってらっしゃい!」


両親が元気よく送り出してくれる。リュックを背負ってスニーカーを履き、玄関を出る。駅までの道のり、仕入れ先から帰る途中のどらさんの車とすれ違う。大きく手を振り声を掛ける


「おはようございまぁぁぁす!」


『おはよぉぉぉ! いってらっしゃぁぁい!』


車の中からあのド〇え〇ん声が微かに聞こえる。


園には、電車で3駅、電車に揺られながら今日の保育計画を頭の中で復唱する。


そして駅から保育園まで歩いて5分。園の玄関から入ると、何人もの女の子に囲まれた洋介が、子ども達を引き連れたまま小走りで寄ってくる。


「おはよう! きみちゃ、じゃなくてきみ先生!」


「おはよう洋介先生!」


女の子達に囲まれてモテモテの洋介。エプロン姿がばっちり似合っている。


そして給食室には、カウンターの硝子越しに挨拶をする。


「美香先生、おはようございます!」


給食の下ごしらえをしながら割烹着、マスク姿の美香先生が手を挙げて軽く会釈を返してくれる。


そして職員室に入ると、そこには大好きな、かす美園長先生の姿が。


「失礼します! かみ先……園長先生おはようございます!」


「きみちゃ……おほんっ、君子先生おはよう!」


『てヘヘッ』っと二人で照れ笑い。そして慌ただしくも賑やかな保育園の一日が始まる。


大好きな子ども達に囲まれて忙しくも充実した日々……園庭にある満開の桜の木の花弁が……風に乗って……まるで雪のようにヒラヒラと舞い落ちる。それを追いかけ、捕まえようとする子ども達……私は、皆と一緒に桜の木を見上げながら大きく手を広げ、すぅぅぅと深呼吸をした。そして感慨深く思った……


(また……ここに戻ってこれたんだ。私の夢の……場所。かみ先生みたいな優しくて素敵な先生になる……私の……夢の出発点に……)



『わたしのゆめ さくらぐみ じんきみこ』 


わたしのゆめは かみせんせいのような やさしくて すてきな ほいくえんのせんせいに なることです



「私と千隼の物語は、まだまだ続くけど、取り合えずここで終わり! じゃぁバイバイ!」

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