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scene36 最終話……これからのふたり

【それはもう過去の事……】


刺繍の趣味があったお母さん。


ある日の事、探し求めていた桜柄の生地がチラシに掲載されているのを見つけたお母さんから、それを買ってきて欲しいと頼まれた。


その日私は、仕事が公休の日だったので快くそのお使いを引き受けた。着替えを済ませ、お母さんからそのお店のチラシを受け取り玄関へ行く途中で足が止まった……


(このお店の住所……千草保育園のすぐ傍……だ)


千草保育園、そう、私が大学を卒業して就職した保育園……そのすぐ傍にこの手芸屋さんはあった。私はチラシを『クシャッ』と握りしめ俯き一瞬……ほんの一瞬、躊躇った。でもすぐに顔を上げ靴を履き家を出た。


千草保育園は、2駅先の街にあった。走る電車の車窓から見る景色は、あの時と同じ……本当に辛くて、悲しくて、苦しかった日々。この景色を見ると、思い出したくもないあの日々の事が否応なく頭を過ってしまう。


でも……一昔の私だったら駅に向かうどころか、家から出る事も出来なかった。なのに今ではあの時と同じ電車に乗り、千草保育園がある街に向かっているなんて『私ってちょっと成長したな』と思う自分が居た。


駅を出て大きな交差点の信号を渡り真直ぐ行くと保育園がある。その途中の道を右に曲がり小さな商店が並ぶ通りをしばらく歩くと目的の手芸屋さんが見えてきた。


『カランカランカラァン……』


店内に入ると、外から見るよりも奥行きがあって結構広く、和着物生地やウエディングドレスの生地等々、普段中々お目にかからない品が豊富に揃っていた。この街には、半年も通わなかったけど、こんな大きな手芸屋さんがあるなんて……そう思いながらお目当ての生地を探している時ふと、通路の向こうで生地を見ている女性が目に入った。


見覚えがある……その女性は、千草保育園でお世話になった先生、あの須田美和先生だった。多分、保育園の教材として使う生地を買いに来ていたのか、可愛いエプロン姿だ。


私は、その姿を見て一瞬体が固まった。そして頭の中には、あの時の事が過った。園長先生に呼び出されたあの日。何も言わずに園長の言葉に頷き、助けてくれなかった主任の顔、辛くて思い悩んだ日々……ご飯も食べれず眠れない憂鬱な日々……思い出したくもない過去。私の体は硬直し震え出す。


でも……すぐにその震えは、止まった。何故なら、私の頭の中には、別の事が浮かびあがったから……それは、彼の……千隼の笑顔、そして歌いながら舞い踊る真咲さんの姿と、私に微笑みながら優しく語り掛けてくれた保育士、どらさん。私は、顔を上げ自ら須田美和先生に歩み寄り声を掛けた。


「こんにちは、美和先生!」


振り向いた美和先生は、私を見て一瞬誰か考えたみたいだったけどすぐに思い出したのか表情が笑いながらも引き攣った様子だ。


「あ、あぁ……きみ……君子先生?! ああ、あぁぁげ、げ元気そうね……は、ははは……」


気まずそうに返事を返す美和先生に私は、満面の笑みを浮かべて言った。


「はい! おかげさまで元気です! お買い物ですか? あ、私いま弁当屋幕内っていう所で働いてます、よかったら皆で来てください! 幕の内弁当がすっごく美味しいんですよっ!」


「ああ……わかったわ、ああ、あぁ私もう園に帰らなきゃ、じじ、じゃぁ……」


そう言って何も買わずにそそくさとお店を出ていった。何度も振り向きながら早足で去っていく美和先生の後姿を見て、胸の『もやもや』がまた一つ……すぅぅっと消えて、心が軽くなったような気がした。その後ろ姿を見ながら思った。


(あの時は、本当に辛かったけど……それはもう……過去の……事)


そう心の中で呟き、笑った。


【女優さんとの絡みにイラッ『これは仕事よ』と自分に言い聞かせる】


テレビの中で見る彼。最近益々演技に磨きがかかりドラマ、映画、CMにと益々忙しい日々を過ごしている。でも人気になればなるほど甘い誘惑もある。


その一つの話。それはある人に唆された挙句、彼の人気に肖り音楽バンドを組まされそうになった時、そのバンドを考えた人が彼に『ヴォーカルをやってくれないか』と誘いがあった。最初は、相手の口車に乗せられて全然やる気だったけど、彼が酷い音痴だと知っていた私は『歌うのだけは止めて!』と大反対した。すると『きみちゃんが反対するなら止める』とその話をきっぱり断った。私は、声に出さなかったけど……


(彼が音痴とバレないでよかった……もし歌っていたら何人ものファンがいなくなるところだった……)


と思いつつほっと胸をなでおろした。いやはや……うまい話には、ご用心。


そして幾つか私にとって、朗報があります。一つは、彼が週一で熊本のローカルバラエティ番組にレギュラー出演する事が決まったの!(貴子社長の力で無理やりねじ込んだと思う)金曜日の夜8時に放送で番組名は……


『◎(まるまる)✖(ばってん)熊本!』


と言う番組だ。熊本の市町村を巡り、いい所と悪い所を面白おかしく探していくという内容だ。人気絶頂の若手俳優が地方のローカル番組に出るという異例の事で、少し世間がザワついたけど彼の両親が熊本出身(彼のお父さんの遠い遠い親戚が熊本出身だけど)という事にしてこの話は、落ち着いた。まさか弁当屋の娘に会う為だなんてお天道様でも思うまい(笑)


これで週二日は、彼と一緒に過ごせるようになった(熊本では、私の家に寝泊まりしている)


それと彼が出演するドラマや映画は、必ず見るようにした。共演の女優さんとの絡みに時々『イラッ……』とするからあまり見たくはないけれど、彼が……


『見た? 見た? どうだった? どうだった?』


としつこく感想を求めてくるし、見てなかったら……


『なんで見ないの? どうして見てくれないの? なんで? どうして?』


とクドクド言って面倒くさいからである。


それともう一つの朗報! 真咲さんが遂にドラマで役者デビューを果たした! そのドラマ名は『災い演じて福となす』という恋愛コメディで、主役の女優さんの脇を固める『男前を武器にしているなかなか売れない役者志望の女性』の役だ。


真咲さんは、このドラマの熱演により『主役みたいに目立っている上妻真咲って誰よ?!』とネット検索で騒がれる程の注目を浴び、その事が情報番組でも取り沙汰されあっという間に売れっ子役者の仲間入りを果たした(私は、絶対人気者になるって分かっていたけどね)そして念願の舞台デビューも決まった!(勿論主役!)

 

舞台の内容は、まだ秘密らしいけど公演は来年4月から1年間の主要都市を回るロングラン公演だ。九州では何故か熊本だけ、しかも2ヶ月間の公演になるらしい。


彼もこの公演で舞台に初挑戦する(歌わなきゃいいけど)だからこの2ヶ月間、彼は熊本を拠点に活動する事になるので、私もこの公演をとても楽しみにしている。真咲さんから『幕内三人衆』にもぜひ見に来てほしいと連絡がありその時には、2か月間の無料パスを送ると約束してくれた。  



【私の居場所】


かみ先生のような素敵な保育士になれなかった私。挫折し、沢山の人に出会い……そして助けられ、今の私がいる。辛くて、本当に辛くて苦しくて……悩みふさぎ込んだ日々が本当に遠い、遠い遠い昔の事だったような気がする。


私達2人がこの先どうなるのか分からない。もしかすると駄目になるかもしれない。このまま東京と熊本を行ったり来たりする生活がずっとずっと、ずぅぅっと続いていくかもしれない。それとも……明日にでも一緒になるのかもしれない。先の事は誰にも、私達にも分からない。考えたら不安になる事ばかりだけど、私は、どういう形になるにしても絶対うまくいくと信じている。


「彼もそう思っている……絶対、絶対そう思ってる!……と今は、思っておこうっと!!」


そう言って私は、左手を高く掲げ、薬指に輝く白銀の指輪を眺めた。その視線の先、遥か上の空には、東京へ向かっている(かも)飛行機が白線のような雲を引きながら飛んでいた。




空飛ぶ幕の内弁当!〜夢だった保育士になった私はパワハラを受け引篭もったけど立ち直って弁当屋で働いたらイケメン俳優に怒鳴られもう無理!と思ったらそいつから告られて恋に落ちた件


おわりだよ! 


でもぉ……next……surprise storyがある……かも!

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