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scene33 幻

【忘れる……はずがない】


秋が過ぎ去り季節は、冬に移り変わろうとしている。熊本は、火の国と言ってもやはり冬は寒い。でも東京とかに比べると全然温かいんじゃないかな。


私は、東京から帰っても以前と変わらず、家と幕内との往復の日々。国民的イケメン俳優から告白された事、東京での出来事もつい最近の事なのに、もう遠い遠い過去の話にしようとしている私です。


幕内三人衆も相変わらず元気で面白くて騒がしい。そうそう……巷では、町外れの弁当屋に『有名美人女優が来た』とか『某歌劇団のイケメン過ぎる男役が来た』とかその弁当屋の幕の内弁当があの人気俳優の好物等々、都市伝説的な噂が出まわっていて、それを聞きつけたファンの方が聖地巡礼とか言って来店してお店の前で記念写真を撮ったり、時には、電話での問い合わせがあったりするけど3人とも面倒くさいもんだからそんな時は『噂は噂です』と軽くあしらっている(噂ではなく本当の事だけど……)でもどらさん達は『サインとか貰っておけばよかったぁ!』と今更ながら大騒ぎ。とにかく『弁当屋 幕内』は、今日も大繁盛である。


遠い昔の話かぁ……と考える私。平凡な……本当に平凡な、何にもない日々。職場と家の往復の毎日。そんな平凡な毎日を望んでいたはずなのに。これは、誰にも……誰にも言えない話なんだけど東京から帰ってから今日まで、彼の事を……考えない日はない。もうずっと、ずっとずっとずっとずぅぅぅっと一日中、彼の事で頭がいっぱいだ。


忙しい時間を過ぎて暇になった頃にお客さんがお店に入ってきた時……厨房で仕事をしていて急にカウンターから呼ばれた時……どれも『千隼が来た!』と思う瞬間。いつも彼がお店に来てくれていたタイミング……。


(そうよね……思えば東京から熊本まで600円の幕の内弁当を買いに来るだけなんて……普通だったら、する訳ないもんね……。それに私……彼の気持ちを踏みにじって……あんな酷い事……言っちゃったし)


そう自分に言い聞かせる。


暇な時間、カウンターに立って外を眺めていると、彼が……何時ものように向こうの角から現れて手を振りながら、あの満面の笑みを浮かべて走ってくるような……そんな気がして、堪らなくなる。そして赤い車を見る度に……目で追ってしまう。


家に帰ってからもお母さんから呼ばれると彼から電話が掛かって来たんじゃないかって思ってしまう。テレビの中に居る彼を探して……(駄目、探しちゃ駄目!)スマホで「加藤千隼」と検索して……(スマホ持ってない……)この前まであんなにテレビや携帯電話を拒絶していたのに今の私は、それを見たくて、使いたくて仕方がない。


どらさん達も彼の事を忘れたかのように何も言わなくなった。あんなに色んな情報を教えていてくれたのに、聞きたくもないのにお節介をしてくれていたのに……あの時の村田さんはどこに行ったの? 


ある時私は、我慢できなくなって……


「あのぉ……村田…さん?……」

 

ワザと意味深に話しかけてみたけど……


「ん? どうしたんだいきみちゃん?」


「い、いいえ! な、なんでもないです、ごめんなさい……」


とても『彼の事、何か教えてください』なんて言えない。


皆に相談できないのは、『きみちゃんから住む世界が違う、付き合えないって別れたくせに、今更何言ってるの?』って怒られそうだから? いや……どらさん達は、そんな事言わない。きっと応援してくれるし協力してくれる!……そうかなぁ? きっとそう!……そうであって欲しいなぁ、言えないけど……。


こんな事ばかり考えている葛藤の日々……もう辛くて悲しくて……どうにかなりそうだった。美香先生も洋介も仕事が忙しいのか、お店に全然来てくれないし……。


そして今日もカウンターに立った私は、いつものようにまた考え始めてしまう。


(あの角から……だめ、考えちゃだめ! 彼は、来ない! 絶対来ないって!)


「さぁぁぁっ、仕事仕事っ!」


『仕事で気を紛らわせよう』そう思いながらカウンター下の棚から予備のレシートロールを取り出し、立ち上がったその時、何故か足の力が急に入らなくなり床にペタリと座り込んだ。そこまでは覚えているのだけど……そこから記憶がなくなった。


薄れていく意識の中、頭の中でこのどうしようもない私の思いが巡り巡った。


『辛い、辛すぎるよぉ……こんな事なら東京になんか行かなければよかった。優しい貴子社長。悲しみを乗り越え、強く前向きな真咲さん……そして彼のお父さん、お母さん、かわいいさくらちゃん……つばきちゃん。皆……皆に会わなければよかった。そして……彼にも。いいや、やっぱり会いたい……会って話したい。もっといっぱい、いっぱいいっぱい彼と話がしたい。ごめんね……千隼……』


そして気が付くと私は、和室のお布団に寝かされていた。横を見ると内藤さんが聴診器と血圧計をケースに片付けていた。聞くと私は、再び立ち上がろうとして立てずに座り込み、そのまま横に凭れる様に倒れたらしい。


「軽い貧血と寝不足ね。きみちゃん! ちゃんと食べてる?」


「は……い……」


小い声で返事を返した。


「その分だとあんまり食べてないし寝てないみたいだね。自分の身体なんだから自分しか分からないけど大事にしないとね!」


「は……い……すみません」


めったに声を荒げない内藤さんがちょっと怒り気味に私を諭したけど、それは、私の事を本当に心配してくれている証拠だった。


「村ちゃん、内藤さんもう上がっていいよ。きみちゃんは、私が家まで送っていくから」


私は、皆に涙を流しながらお礼を言った。


「村田さん……内藤さん、すみません……ありがとうございました……」


「大丈夫だよきみちゃん! また明日ねっ!」


二人は、私に微笑みかけ笑顔で帰って行った。そしてどらさんは、寝ている私の顔を見て呆れた声で言った。


「本当に……きみちゃんは、よく泣くし、よく倒れるねぇ……」


「すいません……」


とまた誤って、また泣いた。


どらさんは、私の頭を撫でながら『クスッ』と笑い、俯き語り掛けるように静かに話し始めた。


「きみちゃん……私はね……」



scene33へ……えっ? どらさんが……?

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