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scene29 彼の家へ 

【真咲の戯れ】


朝7時。目が覚めて起き上がったらちょっと頭痛が……『これが二日酔いかな』と思いつつバスルームへ行く途中のテーブルの上に白い紙が……それは、真咲さんからの書置きだった。


『明朝10時にお迎えに上がります 真咲』


「10時かぁ……」


と、呟くいて時計を見ていると……


『コンコンコン……』


ドアをノックする音が。



「はい」


ドアを開けるとホテルマンの方が立っておられて後ろには、朝食が乗ったワゴンカーが。


「おはようございます、神様。朝食をお持ちしました」


「あ、ありがとうございます」


背筋がしゃんと伸びて歩く姿がとても綺麗なホテルマン。ワゴンカーをテーブル横に着け、手際良く並べると一礼して去って行かれた。あまりの手際の良さに見とれてしまった私。それを見届けた後、席に座り……


「ルームサービスで朝食なんてすっごいセレブになった感じ!」


と、感激しながら献立を見る。


「え、えっぐ……すらっと……すーむじー、スムージーかっ! それとハーブティ! 目玉焼きとウィンナーもいいけどたまには、こんなのもいいかな!…………美味しいぃぃ! お母さんご免なさい!」


そして朝食を食べ終え、時計を見ると9時15分。そろそろと思い、身支度を始める。


この日の予定は、観光日。事前に『何処か行きたい所があったら考えておいてください』と真咲さんから聞かれていた。でも一人で東京観光と言ってもちょっと寂しいし、しかも私一人の為に車の運転手として真咲さんが付き添ってくれるっていうのも非常に気の引ける思いだったので『千隼さんが仕事をしている所が見たいです、彼に内緒で』とお願いしていた。


そして約束の時間10時5分前に『コンコン』と部屋をノックする音。ドアを開けると笑顔の真咲さんが立っていた。私は、昨日の事があったので急にちょっと恥ずかしくなって真咲さんの顔がまともに見れなかった。


「おはようございます、君子さん、準備はぁ……できていますね。では参りましょうか」


私が恥ずかしさの余り、俯いてモジモジしていると、真咲さんが私の言動を不思議がって……


「君子さん? どうかしましたか?」


と聞く。


「あのぉ……そのぉ……昨夜は、ご迷惑をおかけして……すいませんでした……」


何をやって迷惑をかけたのか判らなかったけどなんかやってしまった事は、確実だ。取り敢えず俯いたまま小さな声で誤った。すると……


「プッ……ブゥゥゥゥゥ!!ワァァッハッッハハハハハハハァァァ!」


大きな口を開けながら真咲さんらしからぬ大爆笑! 私は、赤らめた顔が更に唐辛子みたいに真っ赤になるのがわかる位恥ずかしかった。そんな真咲さんの大爆笑する姿を見て慌てて……


「わわわわ私なななな何かやらかしましたかっ!?私、何したんですかっ?!」


慌てふためきながら聞くと真咲さんは、手を大きく広げ私をぎゅっと抱きしめた。それから肩をつかみ顔を見つめながら体を揺さぶり……


「聞きたいぃ!? ねぇきみちゃん! 昨日ここで何があったか聞きたいぃぃ?!」


真咲さんのはっちゃけぶりに、私がびっくりしていると真咲さんは、微笑みながら……


「じゃあぁ、私に『お願い、教えて真咲さん』って可愛くお願いしてみて! 可愛く言えたら教えてあげる! でもぉぉチャンスは『今』だけ! 『後で教えて』はなし! ではっ、カウントダウゥゥン……スターティン! チッ、チッ、チッ、チッあと5秒!」


そう言って私を指さしニヤニヤする真咲さん。


(す、スターティン? なな、何この意味ありげな言い回し? えっ私何言ったの? 何やらかしたの? すっごい気になる! 彼の事? 聞きたい、でも怖いっ! 聞きたいけど聞けない……どど、どうしよう……)


「お……おおお……おね……おね……がぁいぃ……」


選択を迫られる! 時間がない! 焦ってどもっていると……


「ブッブゥゥゥ! 残念! 時間切れです。それでは、撮影現場へ参りましょうか……」


いきなり会話が終わり、いつもの真咲さんに戻ってしまった。


(えっ? なんでぇもう終わり?!)


ほっとしたような、がっかりしたような……でも気になる。



【彼の部屋へ、お泊り?!】


ホテルのエレベーターに乗って地下駐車場に向かう途中、紺色のスーツの内ポケットから取り出した黒い手帳をパラパラと開き、彼のスケジュールを確認する真咲さん。そして車に乗り込むと行き先を告げた。


「この時間、千隼のスケジュールは、皇居付近での撮影ですがここからそう遠くはありません。では参りましょう」


私達が乗った車は、駐車場を出て首都高速道路に入る。行き交う車、高くそびえるビルの窓に青い空と白い雲が映り込みとても綺麗。ふと、後部座席から真咲さんの顔をルームミラー越しに見つめる私。それに気付いた真咲さんと目が合う。


「何か?」


「い、いいえ、何でも……ありません……」


と思わず俯いて顔を赤らめる。


(真咲さん……やっぱりすごいイケメン、じゃなくて美形……。彼ってこんな人達と一緒にお仕事してるんだ……すごいなぁ)


色々考えている間に皇居付近の撮影現場近くに着いた。撮影車両が停まっている駐車場の一番奥に車を止める。車の窓を半分ほど開けて撮影現場の方を見る。沢山の人の中に小さいけど彼が見えた。雑誌のような物を持った人と身振り手振りで話をしている。少し距離があったからよく見えないけど今彼は、とても真剣な顔をしている。表情は、見えなくても緊張感がここまで伝わってくる。


何気に横を見ると真咲さんが運転席から振りむいて私の事を微笑ましく見ていた。


(さっきの事(ホテルでの事)といい、この視線、すっごい気になるんですけど……)


しばらく眺めていると、撮影のスタッフさんと共演者さん達が一斉に散り散りになった。どうやらお昼の休憩に入ったらしい。私達も車の中で昼食をとる事にした。昼食は、近くのお弁当屋さんで真咲さんが買ってきてくれた『幕の内弁当』だった。


食べ始めてすぐ真咲さんが……


「これも美味しいけど『幕内』の方が断然美味しいです!」


「でしょ!」


なんてお弁当を食べながら2人で他愛のない話をしているといきなり『ガチャッ! ウィィン』と後部座席の扉が開き、片手にお弁当を持った彼が乗り込んできた。


「ち、千隼……さん? どうしてここが? 私達が来てるの知ってたの?」


「もちのろぉぉん! 社長から連絡があったんだよ!」


「もちの……ろん?」


(貴子社長……彼には、内緒って言ったのに!)


それからお弁当を食べながら終始にこやかに話す彼。ここだけの話で共演者の悪口を面白おかしく話してケタケタ笑っている。


そして休憩時間が終わり、撮影に戻ろうとした彼が急に真顔になって私に問いかけてきた。


「ねぇきみちゃん。良かったら今日は、僕の所に泊まりに来ませんか? もちろんきみちゃんが良ければの話だけど……」


「え?……えっ?! ちちち、千隼さんの部屋に? わわ、私が?」


突然の誘いに戸惑っているとすかさず真咲さんが……


「どうしますか、君子さん?」(どうしますかってぇ! 真咲さん察してっ!)


「で、でででもホホ、ホテルは、よよよよ、予約してあるし、ねねぇ真咲さん!!」


「あ、それはどうにでもなりますので大丈夫です」(真咲さんっっ!)


私の思いに反して真咲さんの軽い返事。


「じゃぁ決まりだねっ! 真咲さん、ホテルと社長に連絡お願いします! じゃっ!」


そう言ってさっさと現場に戻っていった。彼が去った後、私は真咲さんに食ってかかった。


「真咲さんっ! 酷い!」


その言葉に真咲さんは、薄ら笑みを浮かべながら言い放った。


「何の事でしょうか? 嫌だったら、はっきりご自分で断ればいいだけの話ですよ」


(それはぁ……そうだけど……)


何も言い返せない私……


「君子さん……もう子どもではないのですから」


そう言いながら真咲さんは、にやりと笑った。



【俎板の魚】


ホテルに帰ると早々とチェックアウトして一旦、本社ビルに戻った。彼の仕事が終わる時間まで私は一人、事務所の応接室で待つ為だ。その待っている時間が長いこと、長いこと……おかげであぁぁんな事やこぉぉんな事をたっぷり想像する事が出来た。


コーヒーと高級ケーキを事務方の女性が持ってきてくれた。この方は、確か試写会の時お世話になったあの美人受付嬢だった。


『私の事覚えてますか?』と話しかけられたけど、返した言葉は『はぁぁい』の一言だけ……だったと思う。そう、自分自身なんて返したか分からない程頭の中が混乱している。目の前の高級ケーキも確実に美味しいのにまったく美味しそうに見えないし今私は、それを食べようという気にもならない。


『彼の家……彼の部屋……千隼の部屋……』と独り言をブツブツ、ボソボソ。普段はしない貧乏ゆすりをガクガク……


(どどどうしょう! ちち千隼の部屋なんてっ!)


あぁぁんな事やこぉぉんな事を想像した私は、壊れる寸前だ!


そしてとうとうその時が……来た……。応接室のドアが思いっきり『ガチャッ!』と開き彼が飛び込んできた。


「お待たせ! きみちゃん! じゃぁ行こうか!」



私の気持ちをよそに満面の笑みを浮かべた彼が走り寄って来ると、私の荷物を取り上げた。その瞬間……


(もう……逃げられない……) 


と思った。


彼の後ろについて地下駐車場へ向かう。スタッフの方々が私達を笑顔で送り出す。私は、何故か顔を真っ赤にして下を向きそそくさと彼の後に続く。駐車場では、真咲さんが乗った車が待っていた。


「はい、どうぞっ!」


彼が後部座席のドアを開けた。体も心もガチガチの私が乗り込む。そして車は、彼の家へ向けて事務所の地下駐車場から出発した。


(どなどなどぉぉなぁぁどおぉぉなぁぁぁ……僕らをのぉせぇてぇ……)


何故かこの歌詞が頭の中に浮かんだ。私の不安をよそに彼は、外を眺めながら完全に浮かれ気分で鼻歌なんか歌ってる。


(うわぁぁぁぁ……彼と2人っきりなんて! 心の準備が出来てないぃぃぃ) 


移動中後部座席にめり込む様に座り、ずっとそんな台詞を心の中で繰り返していた。


車は、渋滞する煌びやかな都心の中を走る。そして人がドミノ倒しのように流れる交差点を通り過ぎ、人通りが多い華やかなアーケード街を突っ切って下町風の商店街も通り過ぎ、やがて閑静な住宅街に入った。


私が外をキョロキョロと眺めていると車は、一軒の家の前で止まった。ごく普通の庭付き2階建ての一軒家。しかもその家の造りが、どこかしら私の家と似ている。


「着いたよ! さあ降りよう!」


(え、ええっ? ここぉ?)


車から降りると東京とは思えない位の静けさ、車が走る音さえ聞こえない。遠くからは、犬の鳴き声が聞こえてくる……それぐらい静かな住宅街だった。彼が車から荷物を下ろしてくれているその後ろで、あんぐりと口を開け彼の家を見上げていた。


私は……てっきり彼の家は、都心のタワーマンションみたいな所で一人暮らし、しかもその部屋は、薄暗くて都心の街並みと夜景が綺麗に見えるおしゃれな広いワンルーム……と勝手に想像しながら私一人で大騒ぎしていた。


あぁぁぁ……顔を赤らめてあんな事やこんな事を勝手に想像していた私を真咲さんやスタッフの人は、絶対見透かしていたに違いない……その証拠に真咲さん今、私の目の前でニヤニヤしながら見てるっ!


(もう! 実家暮らしって教えてくれてもいいのにっ! 真咲さんにまた意地悪された!)


そう思いながら真咲さんを睨んだら、更に大笑いするのを我慢するかのように口に手を当て、私に背を向けた! 


(笑ってるんでしょ! 肩が揺れてますけどっ!)


「どうしたの、きみちゃん?」


「あ、あ……ううん、なんでもない、なんでもないない!」


と慌てて胡麻化した私。



scene30へ……本っ当に真咲さんは、意地悪なんだからっ!


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