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scene21 海辺にて

【勝手に焦る私……】


幕内を出発して約3時間半余り、ようやく目的地の茂串海岸に着いた。海水浴の季節も終わり、平日という事もあり海岸にいる人は少ない。


「おおおぉぉ……凄い、綺麗だ。思っていた以上にとても綺麗だよ、きみちゃん!」


そう言いながら靴と靴下を脱ぎ、波打ち際に入っていった彼。


「冷てぇぇ!! やっぱりこの季節になるとちょっと冷てぇぇ!! ほらきみちゃんもおいでよ!」


その誘いに、私も靴と靴下を脱ぎジーンズを捲り上げ、彼の元へ歩いて行った。ゆっくり踝まで入っていくと彼が言った通り打ち寄せる波は、かなり冷たく感じた。


「きゃぁぁ、冷たぁぁい!」


そう言いながら片足を上げて燥ぐ私。すると一度引いた波が今度は、かなり大きくなって打ち戻って来た。


『ザッパァァァァァァァァァンッ!』


その波にもう片方の足を取られた私は、あっという間にバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。


「きやっ!」


そう小さく声を出した瞬間……


『トンッ……』


後ろに居た彼がひっくり返りそうになった私を、抱き抱えるように優しく受け止めてくれた。しかしその態勢は、ちょうど真上に彼の顔がきて私の顔を見下ろす形になってまるで何かの映画のポスターの様な姿になって見つめ合っていた。


(ななななななにっ? ここここ、このドラマの様なシチュエーションはぁ! えっ? 千隼……さん……見つめあう二人ぃぃ! まままま、まさか、これはっキ、キ、キ……! だめっだめよっ! 私、まだあなたの事良く知らないのっ! 今はぁだめぇぇぇぇ!)


しかし……


「大丈夫? きみちゃん、危なかったねっ!」


と、言いながら体を起こされた。私は、自分で顔が真っ赤になったのが分かるくらいすっごく恥ずかしかった。ほっとしたような……でも、しないような……複雑な心境になってしまった。



【2度目の試練】


時間もお昼過ぎになり、彼が乗る飛行機の時間との兼ね合いもあってそろそろ帰路に着こうかと話していたけど……


「ねぇ天草ってお魚がおいしいんでしょ? せっかく来たんだからお魚食べていこうよ」


そう言いながら彼がナビで調べ始めた。すると茂串海岸からそう遠くない所に『道の駅 うしぶか海彩館』という施設があり、そこのレストランで海の幸が食べれるという事が分かったので向かう事になった。


茂串海岸から10分程で到着。そこは、鹿児島に向かうフェリー乗り場を併設していて私達が着いた時、丁度大きな船が接岸していた。めったに見る事がない大きな船を間近に見る事が出来る。そして海沿いに作られたウッドデッキの通路からは、エメラルドグリーンの海が目の前に広がっり上を見ると天草下島と下須島を繋ぐハイヤ大橋の裏側が見え、下を覗くと大きなイカや鮮やかブルーの熱帯魚が沢山泳いでいるのが見えた。そして何よりびっくりしたのは、施設の真ん中にある大きなドーナッツの形の巨大な水槽に泳ぐ何百匹もの魚(鯛)の群れ! 規則正しく時計回りに回ってる。


「見て見てきみちゃん、凄いよ! まるで水族館のようだっ! ん? なんか書いてある『指を入れないでください、噛みつかれます』だってさ!」


そして二階にある食堂『大漁食堂あおさ』に入ろうとした。でも……


「どうしたの? 入ろうよ、きみちゃん」


「あの……そのぉ……私……お……」


私は『お財布……持ってきていない』と言いたかった。


でも彼は、話しの途中で『ガツッ』と私の手を握り店内に入り、従業員のおばちゃんを大きな声で呼んだ。


「すいません! えっとぉ2人ですけど……あの窓際の席、いいですか?」


「はぁい、どうぞっ!」


「よし! 眺めがいい所、ゲットだぜっ!」


その席からは、遠く鹿児島の方が見渡せて、頭上には、ハイヤ大橋が見える。とても見晴らしがいい席だった。そして愛想のいいおばちゃんが持ってきてくれたメニューを見ながら燥ぐ千隼。


「おほっ! どれも旨そうだなぁほらこれ海鮮丼! 海鮮天丼も旨そう! でもやっぱり刺身かなぁ刺身だけ頼んだらおっさん見たいかなぁ……きみちゃんどれがいい?」


私が申し訳なさそうに俯いていると……


「よしっ! 決めた! すいませぇん! 注文いいですかぁ!!」


彼は、人目をはばからず手を上げて大きな声を出し、店員さんを呼んだ。


「じぁあ、『熊本牛深御膳』を二つお願いします! これでいいよね、きみちゃん!」


注文が済み店員さんがメニューを下げると……


「ごめんなさい……」


私は思わず謝った。すると彼は、お茶を一啜りした後、湯吞をそっと置き顔を上げると真剣な眼差しで私をじっと見つめ、言った。


「きみちゃん……きみちゃんに気を遣わせてしまってごめんなさい。でも今日は、僕が無理にきみちゃんを誘ったんだ。きみちゃんは、何も心配しないで良いんだよ。そんな悲しい顔をしないで。あと少しの時間、僕と一緒にこのデートを楽しんで欲しいんだ、きみちゃん……」


彼のその言葉に、鼻の奥がツン……となった。


「うん、ありがとう……千隼さん」


「だぁめだめ! さんはいらない、千隼でいいよっ!」


この言葉があったからか、やっと両肩がすっと軽くなった気がした。そのおかげで『熊本牛深御膳』を美味しく頂く事が出来た。


そして帰る間際、下のお土産屋さんを見ていると多分地元の方であろう年老いたお婆ちゃん彼の傍に歩み寄って来て再び声を掛けられた。


「あんたどっかで見たこつあるばってん……だっだろか?」


「き、きみちゃん……ちょっと通訳いいかなぁ……」


さっき会った老夫婦と同じパターンで笑えた。


「貴方をどこかで見た事があるけどあなたは誰ですか……と言われてます!」


すると彼は、直立で姿勢を正しこれまた人目を憚らず大きい声で答えた。


「私、NHK朝ドラ主演俳優! ライジングサンプロダクション所属! 只今絶賛売り出し中の加藤千隼と言う者です!」


さっきと違い意気揚々と自己紹介をした。だけど……


「はぁぁぁ、かとう……ちはや? しらん、しらんなぁテレビに出とっとね? がんばんなっせねぇ」


「?????」


「知らない、テレビに出てるのですか? 頑張ってください……と言ってます!」


その返答を聞いた彼は、肩をがっくり落とし、大きくため息をついた。そして同じようにお婆ちゃんと握手を交わし車に戻った。そして彼は、座席に座りながらぼやいた。


「はぁぁぁぁ、さっきの老夫婦と言い……僕、俳優としてちょっと自信なくしたなぁ……演歌歌手に転向しようかなぁ……はぁぁぁ」


私は、くすくす笑いながら助手席に乗り込んだ。



scene22へ……楽しいっ!

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