scene20 朝ドラ俳優
着の身着のまま】
お店を出発して商店街の横の細い道を抜けると程なく、国道3号線に入る。川尻町を通り富合町へ右手に九州新幹線の車両基地を見て宇土市に入る。そして大きい交差点を右折して国道57号線に入るのだけどその前の頭上に大きな矢印の標識があった。それを見ると……
「ここは、宇土市でこれを右折すると天草三角って書いてある」
「うん、ナビもここを右に曲がるって言ってるよ」
そして国道57号線に入り走っていると、やがてその国道のすぐ横を線路が並んで真っすぐ伸びていた。すると『ガタンゴトン、ガタンゴトン』と一両だけの汽車が私達の車を後ろから追い越していった。
「ほら見て! 汽車だよ! すごいっ一両だけなんて! 車の真横を汽車が並走するなんてまるで江の島みたいだね! ドラマの撮影で江ノ電に乗った事があるけど海の横を走るとこなんて同じだよ!」
子どものように燥ぐ彼。
そして車内での会話は、俳優仲間の事やドラマの撮影での出来事、そして自分が役者になったきっかけの事も話してくれた。私は、白石川貴子さんからスカウトされた事を知ってはいたけど『お店に来たことは内緒』という約束があったので知らない振りをして聞いていた。
私は、彼にプライベートの事や仕事の事とか色々尋ねたけど、彼は、私の事を聞こうとはしなかった。大学で遭った事とか……私の過去の事をひょっとしてどらさん達から何か聞いているのかな……と思わないでもなかった。
そして暫く走ると右の視界が急に開けて、右手に海原が広がった。
「海だよ! ほらほら海! 広っろいなぁ。あの沖に刺さってる爪楊枝みたいなの、なんだろ?」
「あれ、海苔の養殖場です。有明海は、海苔の産地で沢山採れるんですよ」
「へぇぇ有明海っていうんだ」
「海の向こうは長崎県で、あの高い山は普賢岳、何十年か前に噴火して大変だったってお父さんから聞いた事があります」
「そうなんだ! きみちゃん詳しいんだね!」
「そりゃ地元ですから!」
と、自慢気に言ったけど全部人から聞いた話。
車は、海岸線を走る。三角町に入ると右手に世界遺産『三角西港』が見えてきた。100年前に作られた港らしいけど私もテレビでしか見た事がなかった。彼が『寄って行こうと』と駐車場へ入ろうとしたけど、どこも一杯で停める事が出来なかったのでそこを諦めて先に進む事になった。
それから国道57号線を右方向へ、国道266号線へ入る。そこから大矢野島へ渡る橋、天城橋を渡る。この橋は、宇土半島と天草の島々を繋ぐ橋で今は、新しくなっているけど古い橋を天門橋と言って1号橋から始まり5号橋の松島橋まで島々を繋いでいて天草の観光名所になっている。
そこで彼が……
「ねぇきみちゃん、ナビに『松島展望台』って出てる、ここに行ってみない?」
其処は、最後の5号橋を渡ってすぐ右の急な坂を上がった山の上にあった。大きな建物が2棟あってどちらも上の階は、レストランで下の階がお土産屋さんになっていた。駐車場には、大きなバスが何台も停まっていて他県ナンバーの車と観光客で賑わっていた。
広い駐車場の一角に車を停めると、彼が先に降りて助手席のドアを開けに来てくれた。私は『ありがとう』と言いながら降りようとした。その時『はっ!』と気づきそのまま固まった! その訳は……
(私、スッピン! しかも髪ボッサボサ……服だってその辺にあったのを着ただけだし、コンタクトもしてないダサい黒縁メガネ……しかも……しかもしかもっ……ザ手ぶら! 財布もハンカチすら何も持ってきてないっ! 彼は、黒いセットアップに白いシャツ。今日の為にとてもお洒落にしてるのに……)
私が恥ずかしく思って、下を向いたまま俯いていると彼は、心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの……きみちゃん?」
「あの、そのぉ……あのね……」
言葉が出なくて吶る私。すると彼はにっこり微笑んで……
「ちょっと待ってて!」
そう言って一旦車のドアを閉めてどこかへ走って行った。
暫くすると沢山の人の間から、大きな袋を持った彼が走ってきた。彼は、運転席に乗り込むと袋の中から買ってきた物を次々取り出しながら私に見せてくれた。
「ほら! くまモンのハンドタオル! 可愛いでしょ!? それとこれは、くまモンの髪留めゴム! 一杯種類があったから僕の趣味で幾つか選んできた! 櫛もあるよ! じゃぁ僕、あそこのベンチで待ってるからね!」
そう言って車を出て展望台入口にあるベンチへ歩いて行った。彼は、私が黙ってしまった訳に気付き気を使ってくれたのだった。私は、申し訳なく思いつつも彼を待たせない様に袋の中を覗いた。そしてそこから、くまモンの櫛を取り出し髪をとかして、くまモンの大きな顔が二つずつ付いた髪留めゴムを選び、後ろで一つ結びにした。袋の中には、リップクリームも入っていたのでそれを唇に薄く塗った。ルームミラーで出来上がりを確認してから車を降りると彼が待つベンチへ向かった。
私の姿に気づいた彼は、ベンチから立ち上がり笑顔で私を迎えた。私は、彼に申し訳なく思い開口一番謝った。
「千隼さん、ご免なさい……貴方に気を使わせてしまって……」
「全ぇぇん然! 気なんて使ってないよ! じゃぁ行こうか、階段気を付けてね!」
幅の広い古い階段を私に合わせてゆっくり登ってくれる。背の高い彼が私を真横から見下ろす。すると目が合う度に満面の笑みを浮かべる。顔を赤らめて俯く私。すれ違う人達が彼を見てヒソヒソと何か言ってる。でもそんなの気にも止めていない彼。
(やっぱり目立つよね……背が高くて超イケメンだし……)
そして展望台に着いた。
「うっわぁぁぁ! すっごい眺め! 海がきらきらしてとても綺麗だよ、きみちゃん! これエメラルドグリーンって言うのかな!」
青い空にエメラルドグリーンの海。吹く風が、とても心地いいし今日は、空気が澄んでいて遥か遠くまで見渡せた。
「僕達が渡ってきた橋が見える!」
そう言いながら遠くを指差す彼。そして暫く2人無口になってその景色を眺めていると、隣にいた老夫婦が話しかけてきた。
「あらあんた良か男ねぇ!! わぁ、背も高っかげなぁ、スポーツかなんかしよっとね? あたそぎゃん高っかならバスケットばしょんなさっとだろ? 飛んじかっゴールにぶら下がっるっとだろっ」
「なぁぁん、ぎゃん高っかなら飛ばんちゃゴールに届くもんなぁ、はっはっはぁ!」
熊本弁丸出しで話しかけてきた老夫婦にたじたじの彼が、苦笑いをしながら私に助けを求めるように耳打ちをしてきた。
「きみちゃん、このお二人、僕に何を言ってるの?」
私が彼に通訳をする。
「くすくすっ……女性が『貴方かっこよくて背が高いですね。バスケットボールをしているのでしょ? ジャンプしてゴールにぶら下がっているのでしょ?』で男性が『こんなに背が高いなら飛ばなくてもゴールに届くでしょ?』と言ってます」
それを聞いた彼は、笑顔でゆっくりとした言葉で答えを返した。
「すいません、僕は、バスケットボールの選手ではありません! 俳優やってます!」
そう答えると……
「はぁぁぁ、俳優さん? 何に出とっと? 私しゃNHKしか見らんばってんが朝ドラね、大河ね?」
「私は、NHKしか見ないのですが何に出てるのですか? 朝ドラですか、大河ですか?……と聞いてます」
その問いに答える彼。
「朝ドラは、この前まで出てましたけどもう終わってしまいました。大河は、すいません僕は、出ていません」
「はぁぁぁ……私しゃ朝のは、いっつも見よったばってんあたば覚えとらんし見たこつなかぁなぁ……あぁた覚えとんね?』
「そぎゃんだったろか?」(そうだったかなぁ?)
と、お爺ちゃん。
「よかよか! 私しゃあたば知らんばってん頑張んなっせね!」
おばあちゃんは、そう言いながら右手で彼の腕を掴み、左手で『パシッパシッ』っと背中を叩いた。
「???なんと仰ってるの?」
「聞きたいですか? 私は、朝ドラを毎日見ていたけど貴方を覚えていないし見た事がない。だけどこれからも頑張ってね……と言ってます」
別れ際にお婆さんは、彼の右手を両手でしっかりと握りしめ、握手を交わした後ご夫婦でお辞儀をされて階段を下りて行かれた。
「ああぁ……有難うございます、頑張ります……」
と、言って手を振って老夫婦を見送った。でもその後、老夫婦の言葉に余程ショックを受けたのか少々引きつった顔をして俯いていたけどすぐに彼は、顔を上げ背伸びしながら言い放った。
「よぉぉぉし! 僕も、もっともっともっと沢山の人に覚えてもらえるように頑張らないといけないねっ!」
そう言い放った彼の横顔を見つめながら……
(老夫婦に悪気がなかったとはいえ、あんなにけちょんけちょんに言われたのに……常に前向きに考える所は、私も見習わないといけないなぁ)
と、思った。
因みに彼、その朝ドラで主演だったそうだ。
scene21へ……加藤千隼、優しくていい人……かも




