scene19 海へ(どらさんの策略)
【ペーパードライバー】
お昼の忙しい時間が終わり、厨房担当の村田さんと内藤さんと3人で和室にいるとお店の電話が鳴っているのが聞こえた。
今日、私がカウンターの当番日だったけど、休憩に入ったので代わりにどらさんがカウンターに入ってくれていた。
「はぁい、毎度ありがとう御座います! 幕内でぇす!」
どらさんは、声が大きいので電話対応の声が和室まで聞こえてくる。
「ああっ! こんにちはぁ。うんうん、あぁぁそう、いいかもしれない! ちょっと待ってね……えぇぇとぉぉ……うん来週のその日はぁ……あっ、OKだよ、あぁぁ? いい、いい! こっちから伝えとくから! うんうん頑張ってね! はい、失礼しますぅ!」
否応なしに聞こえてくるドラえもん似の声。親しく話していたから知り合いか友達か……
「ほんと、声似てるよねぇ。『こんにちはぁ』の後『ぼくドラえもんです』って言ってくれないかなぁ」
と村田さんがぼそっと一言。
その声がドラえもんにしか聞こえないと3人で話しながらクスクス笑っていた。
その後、ちょっと和室に顔を出したどらさんに……
「どらさん、誰と話してたんだい?」
と、村田さんが聞くと……
「あ? あぁぁ……うん知り合いだよ、ちょっとした知り合いハハハハッ!」
その時は、どらさんの返したこの返答を気にも止めていなかった。
そして、その次の週の公休日。朝起きて朝食を済ませ、2階に上がり本棚から小説『指輪物語』を手に取ってベッドに寝転がった。と、同時にリビングからお母さんが私を呼ぶ大きな声が。
「きみちゃぁん! 幕内から電話よぉ!」
「えっ? 幕内から!?」
私は、ベッドから飛び起きると部屋を飛び出し『ドタドタドタ!』と騒がしくリビングへ降りて電話を取った。
「もしもし君子です!」
「ああ! おはよう、きみちゃん!」
電話の向こうはどらさんだった。
「どどらさん、どうしたんですか!?忙しいんですか?!私今直ぐ行きますからッ!」
「きみちゃん、お休みの日にごめんね。いやいや、忙しくないんだけど……今日暇かなっと思って、暇ならあのね……」
「大丈夫、超暇ですっ!今直ぐ行きます!」
『ガチャンッ!』
私は、どらさんの話を最後まで聞かず受話器を置くと、大急ぎで2階に戻りパジャマを脱ぎ捨てそこら辺にあったTシャツ、パーカー、デニムのパンツを着て何も持たずに大急ぎで家を出た。
お店まで走れば10分程度、私は『皆待ってて!』と思いながら走った!
「ハァハァハァハァ……皆さんお疲れ様です!!」
そう言いながら勢いよくお店に入ると……
「今日は、きみちゃん!」
「あっえっ? えぇぇぇぇっ!? ち、千隼……さ……ん?」
店内の椅子に座った彼が、全速力で走って顔を真っ赤にした私の顔を見ながら立ち上がり、満面の笑みで迎えた。そして奥からどらさんが、いそいそと出てきた。
「もう! 話そうとしたら電話切っちゃうんだからきみちゃん! あのね、千隼がきみちゃんの休みの日にデートしたいって話があったのよ! だから今日が休みだよって教えてあげたら『その日に伺います』って! だから2人でデートに行っといで!」
私の頭の中は、余りに急な出来事を処理出来ず、思考が一瞬停止した。そして思い出した!
(!!思い出した! あの時の電話! 相手は、千隼さんだったのかぁ。さてはどらさん、自分が伝えとくからとか旨く言って今日の事黙ってたなぁ……彼が直接、私を誘ったら絶対断ると思ってぇ……でも、 なんで私は『千隼さん』って呼んでるのにどらさんは呼び捨てなのよ!)
そう思いつつ、さっきからどらさんを睨んでるけど、目を逸らして鼻歌歌ってる!
「あ、あのおぉぉ……きみちゃん。嫌なら……いいんです、無理しなくていいですから……」
寂しそうに笑いながら呟く彼。
「い、嫌だなんて、そんな事ありません! 只々……急な話しだったのでちょっとびっくりして……」
「じゃぁ決まりだね! デートに行っといデート! なんちゃって!」
村田さんが全然笑えない冗談を言ったと同時に、内藤さんが私達2人の背中を押し、店の外に追い出した。店の中から手を振る三人衆。
外に出た私達、何も言えず俯いていると、彼が鞄の中から雑誌を取り出し燥ぎながら話し始めた。
「僕ね車を、レンタカーを借りてきたんだ! 熊本の天草って海が綺麗なんでしょ!? 海を見に行こうよ! でね色々調べてきたんだ!」
そう言いながら雑誌の付箋が張ってあるページを開き、そこに載っている写真を私に見せた。
「ほらほら! ここだよ! 海が青くてとても綺麗! 僕、ここにきみちゃんと行きたい!」
そこは熊本の牛深市にある茂串海岸と言う所だった。市内からだと片道3時間以上かかる。
「私、車の免許もってないし……しかもそんな遠くに行った事もないから……」
「大丈夫、大丈夫! 勿論運転するのは僕だしこう見えて運転するの大好きなんだ! 免許だってほら、持ってる!」
そう言いながら得意げに自分の免許証を私に見せた。
「ふぅぅぅん……東京でも車に乗っているのですか?」
そう聞くと彼は、はにかみながら下を向き……
「あ、いや……そのぉ免許は持ってるけど車は持ってないんだ……その、あの……僕の住んでる所は、車が無くてもさほど困らないし……車って持ってるだけでお金もかかるでしょ?」
「えっ? じゃぁ運転した事は?」
「うぅぅぅぅん…………2回? 3回?……位かな? でも大丈夫! 身体が運転を覚えてるから! さぁこっちこっち! あそこの駐車場に車を止めてるから!」
彼に付いていくと近くの駐車場に止めてあった、それは、小さくて可愛い赤い車。
「ごめん、もっと大きい車にしようと思ったんだけど、これより大きいと運転が怖くて……」
そう言って照れながら頭を掻いていた。そして助手席の方へ周りドアを開けてくれた。
「きみちゃん、さぁどうぞ!」
「ありがとう……ございます……」
そう言って乗り込んだ。そして運転席に彼が乗り込むとシートベルトを締め、ブツブツ言いながら何かを確認し始めた。
「これがハンドル……これがウインカー……真ん中がアクセル? いや右がアクセルか……」
言っている事は、よく分からなかったけど『この人本当に運転出来るの?』と思ったのは確かだ。
「よし! 分かった! エンジンかけます!」
『キュルルルル……ブォンッ!!』
「ではぁ……安全運転で、いざッ、海へ出発ぁぁつ!!」
子どもの様に燥ぐ彼の声が車内に響く。
scene20へ……運転……大丈夫かな




