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妹の《恋人スキル》は、私の《親友スキル》に勝てない

第一話 恋心を封じる呪い


 沿岸に広がる神聖国マーレは大陸の防衛線である。長い間、海の向こう側にある悪魔国ゲヘナからの侵略を防いできた。マーレ国の防衛力はかつて世界を救った聖女が遺した聖力なのだが、最近はその力が減少し、小悪魔や小鬼などの弱いモンスターが侵入するようになってしまった。


 その被害者のひとりとなったのはマーフィー公爵家の令嬢パールであった。彼女は十歳の時、小悪魔に“恋心を封じる呪い”をかけられたのだ。


 初恋がまだだったパールはさほどショックを受けなかった。恋ができなかったとしても自分は自分だと思い、呪いのことは気にしないようにしていた。父親である公爵も、呪いのことは秘密にした方がいいが、引け目に感じることはないと励ましてくれる。純粋無垢なパールはその言葉を受け入れ、幸せな子供時代を過ごしていた。


 しかし歪んだ性格の持ち主である妹コーラルは、呪われてもなお美しい心を持ち続ける姉パールへ激しく嫉妬した。そのため、姉の呪いを嘲笑うことで、パールを残酷に傷つけようとしたのである。




………………

…………

……




 パールが十五歳、コーラルが十四歳の時だった。


「ねぇねぇ、皆様、知っていますぅ? パールお姉様って、小悪魔から恋ができなくなる呪いをかけられたんですよぉ?」


 それはマーフィー家主催のお茶会でのことだった。家同士の付き合いから招かれた令嬢達は虚栄心が強く、自慢話しかしない。そんな退屈な空気の中、コーラルがパールの秘密を暴露したのだ。


「コーラル……!? 何を言っているの……!?」 

「何って、真実を言っているだけですわぁ? わたくしはただ、お姉様が恋のできない#欠陥品__・__#であることを皆様にお伝えしなくてはと思っただけですぅ」


 “欠陥品”という表現にパールは強い衝撃を受けた。コーラルは自分をそんな風に思っていたのか。人間として欠陥のある存在だと見下していたのか。ひとり悲しみに暮れていると、令嬢達が吹き出した。


「ぷっ、くくく……! 恋ができない欠陥品って……!」

「あはっ! パール様って人を好きになれない冷血人間なのねぇ!」

「まあ! 小悪魔に襲われて尊い感情を失うなんて、馬鹿みたいですわぁ!」


 令嬢達は可笑しくてしょうがないといった様子で、笑い転げる。どうしてこんなにも笑われているのだろう。恋ができない自分は笑われるほど恥ずかしい存在なのだろうか。いいや、そんな訳あるはずがない。きっと話せば分かってくれる。そう考えたパールは震える唇を開いた。


「そんなことありませんわ……! 確かに私は呪いの所為で恋ができませんが、家族愛や友情はあります……! 人間は恋だけが全てではないはずです……!」


 するとコーラルを筆頭に、令嬢達はパールを責めた。


「お姉様の言葉って、ケーキを食べたことのない人が“ケーキは美味しくない”って言ってるみたいですわぁ。どんなことをしても恋を経験できない人が、恋の価値を語らないで下さるぅ? とても不愉快ですぅ」

「全くその通りですわ。潔く欠陥品であることをお認めになったら?」

「パール様ったら、無様だわ。そんなに冷血人間だと思われたくないかしら」

「心が醜いですわねぇ。ご自身の短所くらいきちんとわきまえてほしいですわぁ」


 冷たい言葉を浴びせられ、パールはお茶会から逃げ出した。大きな笑い声が追い駆けてくるが、耳を塞いで自室へ逃げる。そしてひとしきり泣くと、今回のことを忘れようと努力した。きっと令嬢達は退屈なお茶会に苛々していたのだ。自分はその憂さ晴らしに使われただけなのだ。そうだ、そうに違いない。


 しかし令嬢達はコーラルと同じように性悪であった。彼女達はパールの秘密を大袈裟にして誰彼構わず話したのだ。その結果、パールは学園で恋ができない令嬢として噂されるようになった。友達とほとんどの生徒達は同情を示してくれたが、一部の心無い生徒達は“欠陥品”や“冷血女”などと揶揄ってくる。


 パールの中に苦悩と悲哀が満ち、妹コーラルへの不信感が募った。

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第二話 妹コーラルの悪行


 これまでパールはコーラルのことを少しばかり困った妹だと思っていた。我が儘で、猫被りで、嘘吐きといった程度の印象である。しかしパールの秘密を暴露した後、コーラルの行動は悪化していった。


「ねぇねぇ、お姉様ぁ。その宝石とドレス下さるぅ? どうせ恋をしない人にはお洒落なんて必要ないでしょう? わたくしが有効に使って差し上げますわぁ」

「で、でもこれはお父様からもらったもので……」

「だからぁ、そんな大切なものは使わないと勿体ないでしょう? お姉様って本当に馬鹿ですわねぇ。さあ、馬鹿が伝染る前にさっさと渡して下さいなぁ」


 コーラルはそう言って、パールの私物を高価なものから順に奪う。そして美しく着飾ると、評判の悪いボーイフレンド達と遊び回るのだ。パールはそんな妹の行動に耐え続けてきた。


 しかしある日、我慢の限界を越える出来事が起きた。


「ふうん、こいつがお前の姉貴か」

「そうですわぁ。コレが欠陥品の姉ですぅ」


 パールが自室で本を読んでいると、突如コーラルと見知らぬ男が入ってきた。その男は身なりからして、平民のようである。しかし相手は挨拶もなしにパールへ近寄ると、威圧するかのように見下した。


「さっさと堕胎の金を出せ。そしてコーラルの代わりに俺の相手を務めろ」

「は……? 何をおっしゃっているのです……?」

「ふん、理解力が低いな。つまりな、コーラルが俺の子を妊娠したんだよ。だけど堕胎を請け負う闇医者が馬鹿みてぇに高い金を取るって言うから、お前に金を出させに来たんだ。ついでにコーラルが使い物にならない間、俺の相手をしてもらおうと思ってなぁ」

「な、何ですって……! 誰がそんなことを……!」


 パールは驚きのあまり、震える。するとコーラルがにやにやと笑って言った。


「あらぁ? お姉様ったら、嫌なのかしらぁ?」

「嫌なのかって、本気で聞いているの……? それに、自分の恋人の相手を他の女が務めたら、普通は嫉妬するって友達が言ってたわよ……?」

「まあ! 随分と自分を持ち上げますのねぇ! 私にとってお姉様は他の女ではなく、ただの“道具”に過ぎませんわぁ! 恋人が道具を使うことを、気にする者がいますかしらぁ?」


 すると男も嘲るように笑った。


「その通りだ、コーラル! お前の姉は道具だ! 俺を他の女に渡したくないから、渋々姉を使うことを選んだんだよなぁ! ぎゃははは!」

「そうですわぁ! わたくしは嫉妬深いんですのぉ! うっふふふ!」


 その人を舐めた態度に、パールの頭の中が真っ白になった。いくら自分が恋について知らないとはいっても、馬鹿にされていることくらい分かる。コーラルはパールのことを人間ではなく、ただの“道具”だと見下しているのだ。だから嫉妬の対象にもならないと笑っているのである。


 そんなふざけた態度を許すことができるだろうか。いいや、自分には到底できそうもない。そしてパールは怒りを爆発させた。


「ふざけないで、コーラルッ! お金を出すのも、あんな男の相手をするのも、絶対嫌に決まっているでしょうッ!? あなた、私のことを何だと思っているのッ!? これ以上愚弄するなら、お父様を呼ぶわよッ!」


 パールが怒声を響かせると、コーラルと男は白けた表情をして肩を竦めた。


「おいおい、話と違うじゃねぇか? 頭の悪い言いなりの姉だろ?」

「わたくしも驚きですわぁ。いつも弱気なお姉様が歯向かうなんてぇ」


 “頭の悪い言いなりの姉”という言葉にパールの頭が沸騰する。コーラルはどこまで自分を馬鹿にすれば気が済むのか。


「……誰かッ! 誰か来てぇッ! 警備の者を呼んでちょうだいッ!」


 パールが全力で叫び声を上げると、妹と男は一目散に逃げ出した。しかし警備の兵士はすぐさま男を拘束して、公爵へ突き出したのだった。パールはその結果に安堵した。これで妹の悪行が明らかになる、もう我慢しなくて済むと思っていたのだ。


 だが、コーラルは泣きながら、公爵に嘘を告げた。


「お父様ぁ……! あの男はわたくしを無理矢理犯し、妊娠させた悪党ですぅ……! しかも公爵家へ案内させ、お姉様にまで手を出そうとしたのですわぁ……! どうか死刑にして下さぁい……!」


 公爵はその言葉を信じてしまった。パールが違うと訴えても、まだ十四歳のコーラルが男と遊んで妊娠するはずないと言い張り、取り合ってくれない。結果、男は処罰を受け、妹は中絶のために入院した。


 それからパールはコーラルを拒絶するようになった。


 もう絶対に言いなりにはならない。口も利かないし、目も合わせない。妹はいないものとして生きる。しかしコーラルがクラスメイトを虐めているとか恋人のいる男性を寝取ったなどの悪い噂が流れると、パールの心は酷く痛んだ。さらには不純異性交遊を続け、こっそりと中絶しているという事実も侍女から知らされたのである。


 しかし立ち回るのが上手な妹の行動を、鈍臭い自分が止められる訳がない。パールはそう諦めて、コーラルの悪行から目を逸らすしかなかった。


 そのうちパールは十八歳、コーラルは十七歳になった。


 マーフィ公爵家に伝わる“宝珠の儀式”を受ける年頃になったのである。それは宝珠に住む女神の心に適えば、素晴らしいスキルを得られるという儀式であった。

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第三話 宝珠の儀式


 マーフィー公爵は姉妹に向かって告げた。


「長女パールと次女コーラル。お前達にはこれから、マーフィー家に伝わる“宝珠の儀式”を受けてもらう。それは宝珠に触れ、女神と対面するという儀式だ。もし女神に気に入られれば、稀有なスキルを得られる。覚悟はいいか?」


 公爵家の宝物庫には公爵とパールとコーラルが集まっていた。宝物庫の隅にあるテーブルには美しい宝珠が置かれている。これは王家からの下賜品であり、聖女に縁のあるものであった。パールはこの儀式に酷く緊張していたが、コーラルはいつも通りの能天気さを見せていた。


「うふふ、お父様ぁ! わたくし、絶対に女神様に気に入られて、すっごいスキルを手に入れますわぁ! お姉様みたいな詰まらない女には負けませんわよぉ!」


 コーラルは子供のようにはしゃいで、公爵に纏わりつく。しかしそんな娘を叱りもせずに公爵は宝珠を指差した。


「それでは儀式を行う。二人共、宝珠に触れなさい」

「はぁい! お父様!」

「はい、お父様……」


 二人の指が触れた瞬間、宝珠が光を放った。

 そして姉妹の体は閃光に掻き消えた。




………………

…………

……




「な、何が起きたの……?」

「ここはどこかしらぁ……?」


 そこは神話を彷彿とさせる森だった。たわわな果物を実らせる樹々、鮮やかに咲き乱れる花々、楽し気に囀る小鳥達が生き生きとしている。そんな中、パールとコーラルの正面にひとりの奇妙な女性が立っていた。


「まあっ! 女神様! あなたが女神様ですね!」


 その女性は木で編み上げられた皮膚をして、葉の髪を垂らしていた。一見、樹の精霊のような見た目をしているが、コーラルは彼女を見た瞬間に女神だと確信したようである。すぐさまパールを突き飛ばすと、女神に縋りついた。


『左様、我は恋の女神だ。我が使命は宝珠に触れた娘を試すこと。コーラル、お前は恋に狂ったことはあるか?』

「ありますぅ! 何度もありますわぁ!」

『くくく、なるほどな。良かろう、お前は我が心に適った』

「やった! やりましたわぁ!」


 パールはそのやり取りを呆気に取られつつ眺めていた。女神様は恋に狂った女を認めるのだろうか。それなら、自分はどうなるのだろう。


「あ、女神様ぁ! そこのパールお姉様は恋ができないんですよぉ! だからお姉様は失格ですよねぇ?」

『ふむ、そのようだな。それでは、パールはこの世界から去ってもらい、可愛いコーラルには《恋人スキル》を授けよう』

「きゃはははぁ! 女神様ったら分かっていますわぁ!」


 その直後、パールの視界が真っ白になる。


「そ、そんなッ……! 女神様ッ……!」


 やがて体が浮かび上がり、不思議な感覚に襲われた。パールはこのままマーフィ家の宝物庫へ戻るのだと察した。そしてスキルを得たコーラルに見下される日々を送るのだろうと思った。


 しかし気がつくと、パールは海の見える崖の上に立っていた。


 そこは見たこともない素晴らしい場所だった。海の青さ、潮の匂い、波の騒めきが強く感じられる。さっきの森も美しかったが、この海が見える岸壁の方が心惹かれるものがある。パールがひとり感動していると、背後から美しい声が聞こえてきた。


『ようこそ、パール。あなたは第一段階の試練を通過しました。私はあなたがここへ来るのをずっと待っていたのですよ』

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第四話 姉パールの秘密


「だ、第一段階……? 私が突破したのですか……?」


 パールの後ろには石と砂でできた女性が立っていた。彼女はその女性が女神であると、直感的に理解する。


『その通りです。宝珠の中には三体の女神がおり、第一段階を<恋の女神>が、第二段階を<友情の女神>である私が、第三段階を<愛の女神>が担当しているのです。恋に囚われる者は第一段階に留まり、それを超越した者は第二段階へ至るのです』

「では……私は呪われていたために第二段階へ至れたのですか……?」


 パールがおずおずと尋ねると、友情の女神は頷いた。


『ええ、そうですよ。今まで小悪魔の呪いで大変な思いをしてきましたね。あなたは欠陥品でも、冷血な人間でもありません。優しさに溢れた素晴らしい人間です。そんなあなたに私から《親友スキル》を贈りましょう』


 そう言って女神はパールの手を握った。彼女の手は石と砂であるのに温かくて、とても優しい。これまでの苦悩と悲哀が、涙となり溶けていく。パールは誰にも言えなかった辛さをぶちまけた。


「う、うぅ……うわあああぁぁぁんッ! 女神様ッ……女神様ッ……! 私、ずっと苦しかったんですッ……悲しかったんですッ……!」


 しばらくの間、女神は泣きじゃくるパールを慈悲深く見守っていた。そして相手が落ち着いてくると、そっと尋ねたのだ。


『可愛いパール。なぜあなたが呪いをかけられたのか、分かりますか?』

「え……? 何か理由があるんですか……?」

『ええ、とても重要な意味があります』


 パールは泣くのを止め、女神の言葉に耳を傾ける。


『よく聞きなさい、パール。あなたは世界を救う聖女の母となる女性なのです。だからこそ、ゲヘナ国が小悪魔を送り込み、あなたの恋心を封じたのですよ。悪魔達はあなたが子供を作る機会を潰そうとしたのです』

「そ、それは本当ですか……? 私の子供が……?」

『そうですよ、パール。あなたが初めて産む子供は必ず聖女となります』


 そう言い切った女神をパールは困惑しながら見詰める。まさかそんな理由があるとは思っておらず、動揺を隠せない。一方、友情の女神は真剣さを崩さず、言葉を続けた。


『ですから、あなたには子供を産んでもらいたいのです。そしてその子が十歳になったら、この“宝珠の儀式”を受けさせて下さい。きっとその子は恋にも友情にも囚われず、愛へ行き着くでしょう』

「私の子供は恋にも友情にも囚われないのですか……?」

『そう、あなたが産んだ子は全生命に愛を注ぐ聖女となります。世俗的な感情を超越した存在として産まれるのです。あなたは母として、そんな我が子を支えてあげて下さい。あなたになら、必ずできます』


 女神の語る言葉に、パールは震えていた。自分にそんな大役が務まるか、心配であった。何より、自分が子供を産む姿が想像できなかった。


「で、でも女神様……。聖女を産むなんて、私にはできそうもありません……」


 すると女神は優しく目を細めた。


『大丈夫ですよ、パール。私は宝珠の中にいながら、あなたを守護しています。それに、この先にいる愛の女神も、あなたが役目を果たすのを助けてくれます。だからあなたは成すべきことを成しなさい』

「成すべきことですか……?」

『ええ、あなたの妹コーラルが《恋人スキル》を手に入れて何をするのか想像できるでしょう? ですから、まずはその悪事を阻止するのです。あなたは《親友スキル》をとても上手に使えるのですから』


 そして女神は《親友スキル》について教えた。


○親友になりたい相手へ「親友になってくれ」と告げると親友になれる。

○親友をやめたい相手へ「親友をやめよう」と告げると親友でなくなる。

○親友同士にさせたい者達に、指で“友”を書いて飛ばすと親友になる。

○親友の状態を解消させたい者達には、指で“友”を書いて再び飛ばす。


 以上がこのスキルの使い方だった。


『コーラルの《恋人スキル》もこれとほぼ同じ使い方です。あなたは私からスキルをもらったことを隠し、コーラルを出し抜きなさい。さあ、外の世界へ戻る時間です』

「あ、ありがとうございます、女神様……! 私、頑張ります……!」


 その言葉に女神はにっこりと微笑んだ。


『いつも見守っていますよ、パール』


 その時、パールは女神から強い力を分けてもらった気がした。その力を言葉で表現するなら、“勇気”である。この《親友スキル》と勇気さえあれば、きっと自分は妹に勝てるに違いない。そんな予感を抱え、パールは宝珠の世界を去ったのだった。

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第五話 妹との戦いの準備


 閃光と共に、姉妹は姿を現した。


「お、おお……! 二人共、無事か……!」


 そこは公爵家の宝物庫所だった。二人共、全くの無傷のまま立っている。どうやら数秒の差でパールが先に戻ってきたらしく、コーラルは不審さを感じていない。二人が立ち尽くしていると、公爵が興奮した様子で尋ねてきた。


「それで、どうだった!? 女神とは出会えたか!? 我が姉妹は女神と話をしただけだったが、お前達はスキルをもらえただろう!?」


 その問いに、姉妹は首を横に振った。


「いいえ、お父様ぁ! 女神様は何もくれませんでしたぁ!」

「ええ、お父様。女神様の姿を見ただけで、帰されてしまいました」


 すると公爵はがくりと肩を落とす。


「そ、そんな……駄目だったのか……」


 その時、コーラルは疑いの顔でパールを見た。その表情に気づいた瞬間、パールは危険を察知した。きっと妹は姉が、《恋人スキル》の存在を知っているかどうか様子を窺ったのだ。パールは咄嗟に、自分は何も聞いていないという素振りを見せる。


「私、悲しかったですわ……。コーラルが女神様と何を喋っていたか聞こえなかったんですもの……。私は余程、女神様から嫌われているのですね……」


 それはパールにとって全力の演技だった。上手く行ったか分からないが、コーラルは目を輝かせ、浮足立っている。


「うっふふ、そうですわねぇ! 確かに女神様はお姉様より、わたくしと話しがしたかったようでしたわぁ! まあ、当然の結果ですわねぇ? それでは、わたくしはお友達との約束がありますので、失礼致しますぅ!」


 それだけ言うと、コーラルは宝物庫を去る。一方、公爵と共に残されたパールは密かに微笑みを浮かべた。どうやら、ここまでは上手くいったようだ。


 姉の自分には妹の単純過ぎる思考が手に取るように分かる。それにコーラルが使った場合の《恋人スキル》の弱みも、自分が使った場合の《親友スキル》の強みも分かる。だからこそ、女神がくれた勇気で進んでいこうと思えた。


 パールは公爵を見上げると、しとやかに言った。


「あのう、お父様。もしよろしければ、私と親友になって頂けますか?」




………………

…………

……




 “宝珠の儀式”から二日後。

 パールは学園の教室で、男友達マリクと談笑していた。


「あはは、マリクったら休日まで訓練していたのね?」

「そんなに笑うなよ。俺はもっと強くなりたいんだからさ。それに最近はマーレ国の防衛力が弱まって、小悪魔以上の悪魔が侵入しているしな」

「まあ、そうなの? 怖いわ」


 侯爵令息マリク・モーガンはマーレ国の優秀な騎士である。強靭な肉体、聡明な頭脳、強い忠誠心を持っていることから、国王の信頼も厚く、若いながらも騎士団長の補佐役を務めている。


「それにしても、パールは随分と機嫌が良いみたいだな? 昨日の休日は何をしていたんだ?」


 マリクの問いにパールはにっこり微笑んだ。彼は幼い頃からの親友であり、最も信頼できる相手だ。女友達はマリクの顔がもう少し美しければ完璧なのにと言うが、パールにとって彼はすでに完璧であった。文武両道で、優しく楽しく、信頼の置ける相手……これ以上望むことがあるだろうか。


「うふふ、気になる?」

「あ、ああ……」


 パールが首を傾げると、マリクが恥ずかしそうに顔を赤らめた。彼が自分の挙動に対し、照れを見せるのはいつものことだ。親友がなぜそんな態度を取るのか、パールは理解できないまま答えを言った。


「あのね、お茶会にお招き頂いたのよ。とても楽しいお茶会にね」

「へえ、それは良かったな。しかし誰とお茶をして……」


 その時、教室の扉が乱暴に開かれた。


 入ってきたのは腕を絡め合った男女、第一王子カイルと妹コーラルであった。教室にいた者達はその光景に目を瞠る。この国の王位継承者であるカイル王子は公明正大で、礼儀を重んじる性格だ。だから婚約者でもない女性と腕を組むなどという愚行はしないはずである。


「ジュリアン様ぁ! メラーズ公爵家のジュリアン様はどこかしらぁ!?」


 コーラルはカイル王子の腕を引っ張り、教壇に立つ。そして目当ての女子生徒を見つけるなり、高らかに宣言した。


「ふふんっ! あなたがジュリアン様ですねぇ! 実はわたくし、今日よりカイル様の婚約者となりましたぁ! カイル様はあなたみたいに退屈な地味女は嫌いだそうですぅ! だからもうジュリアン様はお払い箱なんですよぉ! ぷぷっ!」


 その発言に、教室中が騒然となった。

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第六話 パールの親友


 “第一王子であるカイルの婚約者となった”


 コーラルは自信満々な態度で、教室中にそう告げた。その発言に対し、ジュリアンは憤然と椅子から立ち上がる。


「何を馬鹿なことを! あなたの発言は真っ赤な嘘ですわ! 私は幼少の頃より、カイル様の婚約者として育てられてきました! 私とカイル様の婚約は絶対です! そうですわよね、カイル様!」


 ジュリアンはカイル王子を睨み、肯定されるのを待った。もしここで否定されてしまったら、今までの厳しい王妃教育が水の泡になる。ジュリアンは息を飲んで答えを待っていた。しかしカイル王子は申し訳なさそうに顔を伏せて呟いた。


「すまない、ジュリアン……。僕は真の恋心を知ってしまったんだ……。コーラルは僕にとって天使であり、女神である……。だから君とは結婚できない……」

「そ、そんなの嘘よ! カイル様、嘘を吐かないで!」


 ジュリアンは髪の毛を振り乱して耳を塞ぐ。するとカイル王子は弱々しくも、きっぱりと告げた。


「嘘ではない……。全て本心だ……。僕はもう君に恋することはできない……」


 その答えを聞くなり、ジュリアンは顔面蒼白となって倒れた。そして背後の机に頭をぶつけ、そのまま失神してしまったのだ。


「きゃはははははははははぁッ! 無様ッ! 無様ですわあああぁッ!」


 コーラルのけたたましい笑い声が響き渡り、教室は混乱した。品行方正のカイル王子が、不良のコーラルと婚約を決めたことを誰も信じられない。しかし今後それが事実となるならば、天と地をひっくり返すほどの大問題となる。


 そんな騒ぎの中、パールは低く囁いた。


「……マリク、大急ぎで用事を頼みたいの」

「ど、どうしたんだ? パール?」


 パールは動揺するマリクに耳打ちをした。すると彼は頷いて、すぐに教室を出ていった。それを見届けたパールはなおも笑い続けるコーラルを睨みつける。


 この状況は妹が《恋人スキル》を使ったため起きたに違いない。恐らくコーラルはカイル王子に「恋人になってほしい」と言ったのだ。その所為で、カイル王子の感情は捻じ曲げられ、コーラルに恋してしまったのである。


 パールの頭の中に、友情の女神の言葉が浮かぶ。


 “あなたは成すべきことを成しなさい”


 今こそが、成すべき時である。




「――コーラル! ジュリアン様に対する発言を撤回しなさい!」


 パールの怒声に、教室が静まり返った。

 コーラルは笑いを止め、姉をじろりと睨んだ。


「お姉様ったら、何をおっしゃるのかしら! わたくしが発言を撤回しなければならない理由はありませんわぁ! それが分からないなんて、おつむが弱いのかしらぁ? あ、そうそう、お姉様は恋ができない欠陥品でしたわねぇ? 分からなくて当り前ですわぁ! おっほほほほほほ!」


 コーラルは馬鹿にするかのように上から目線で語る。パールはそんな妹を見詰めながら口を開いた。


「いいえ、あなたが言いたいことは私でも分かるわ。カイル様と自分は恋仲だから、婚約は当たり前だと言いたいのね? でもあなたは第一王子に相応しいかしら?」

「はぁ? 何をおっしゃりたいんですのぉ?」


 その時、教室の扉が開いた。

 マリクが戻ってきたのである。


「パール! 三人を連れて来たぞ!」


 そして教室の扉から、男子生徒が現れた。あらゆる武術に長けたオスカー・ロイ、頭脳派として有名なアイザック・レヴィン、魔術の使い手であるデニス・キャラハンという王子の側近達である。やがて彼らは教壇の前に並ぶと、厳しい表情でコーラルとカイル王子を見詰めた。


「お、お前達……どうしてここに……」


 茫然とするカイル王子に、オスカーが答えた。


「危機を知ったパールが使いをよこしてくれたのです。性悪な妹であるコーラルが、ついにカイル様を毒牙にかけた、と」

「なっ、何ですってぇ……!? このわたくしが性悪ぅ……!?」


 その途端、コーラルはパールへ掴みかかろうとした。しかしアイザックがすぐに反応して姉妹の間に割り入った。


「……パールには触らせない」

「はんッ! あなた、邪魔ですわぁッ!」


 コーラルはアイザックを押し退け、姉へ向かおうとする。だが、武術の手練れであるオスカーが彼女の両腕を掴み、忌々し気に吐き捨てた。


「卑しい雌猫が。パールに近づくな」

「うるさいですわぁッ! 筋肉ダルマがぁッ!」


 そんな悪態を吐くと、コーラルは腕を掴まれた状態のままパールを蹴ろうとする。するとデニスが呪文を詠唱し、コーラルの手足へ魔法を放った。途端、彼女の動作が鈍くなる。


「うっ……ぐぐぐっ……! 動けないっ……!?」

「最低レベルの時間魔法をかけた。俺が解除するまで、その手足はゆっくりとしか動かせない。パールを傷つけるなんて、絶対に許せないからな」


 動きを封じられたコーラルは恨めし気に三人の側近を睨む。


「クソクソクソッ……! アンタ達、カイル様の側近ですわよねぇ……!? どうしてお姉様みたいな小者を守ろうとするんですのぉ……!?」


 するとオスカー、アイザック、デニスは声を揃えて言った。


「それはパールが大切な親友だからだ!」

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第七話 コーラルの悪事の暴露


「きいぃぃぃぃぃぃ! 親友!? 親友ですってぇ!?」


 コーラルが納得いかない様子で喚き散らす。

 パールはそんな妹へ歩み寄り、説明を始めた。


「そうよ。昨日、私達は王宮のお茶会で意気投合したの。そしてオスカー様、アイザック様、デニス様……そしてカイル様と親友になったのよ」

「なぜぇ!? なぜお姉様だけが王宮のお茶会へ行ったんですのぉ!?」

「それはね、私がお父様と一番の仲良しだからよ」

「はあああぁぁぁ!?」


 “宝珠の儀式”を受けた日、パールは行動を始めていた。姉からすれば、妹が第一王子に《恋人スキル》を使うことは分かり切ったことだった。だから真っ先に父親である公爵と親友になり、翌日のお茶会へ連れていってもらったのだ。 


 そこでパールはカイル王子、そしてその側近である三人へ《親友スキル》を使った。さらには四人全員も親友同士になるように“友”のスペルを書いて、相手の体に飛ばしておいた。これにより、パール、カイル王子、オスカー、アイザック、デニスの五人は固い絆で結ばれた親友同士になったのである。


 ここまですれば、きっと妹の《恋人スキル》に勝てるはずである。


「ああ、それと国王陛下と王妃様とも親友になったわね」

「なぁッ……!? 何ですってぇッ……!?」


 コーラルの悪事を阻止するため、パールは念を入れていた。


「コーラル。質問はそこまでだ」

「お前には会ってもらいたい奴等がいる」

「そいつ等はすでに集まっている。さあ、入ってこい!」


 側近三人がそう言った途端、教室の扉が開いた。そこに現れたのは美しい顔をした男子生徒達だった。


「コーラル! 俺というものがありながら、王子と結婚するのか!?」

「俺と君は結婚するはずだろう!? どうしてその約束を破るんだ!?」

「可愛い君と出会った途端、永遠の恋を感じた! 絶対に逃がさないぞ!」

「……い、いやあああぁぁぁ!? どうしてここにいるんですのおぉぉぉ!?」


 それはコーラルが《恋人スキル》で恋人にした男子生徒達だった。パールがマリクに頼み、妹が目をつけそうな美形達にも事態を知らせたのだ。


「嫌ぁッ……! 助けてぇッ……! 誰か助けてぇぇぇッ……!」


 コーラルは男子生徒達から逃げようとしたが、時間魔法によって手足がなかなか動かない。しかも彼らは嫉妬心を起こし、彼女を間に挟んで奪い合いを始める。コーラルは今や男子生徒達に揉みくちゃにされていた。


 一方、パールは自分の使った場合の《親友スキル》の強みと、コーラルが使った場合の《恋人スキル》の弱みを目の当たりにしていた。自分が《親友スキル》が複数に使っても全く問題が起きないのに対し、コーラルが《恋人スキル》を複数に使えば、大きな問題起きる。


「……どうせスキルを使うなら、全員が恋人になるようにすれば良かったんだわ」


 パールはそう呟いたが、あの妹には無理だと理解している。コラールは自分のことを好きな男達が愛し合うのを許さないだろう。ましてや地位の高い女性達を恋人にして、有益に使うことさえ嫌がるだろう。それなら、折角の《恋人スキル》は宝の持ち腐れとなる。いや、それどころか足枷になりかねない。


 もしかして恋の女神と友情の女神は仲間同士だったのではないか。そしてわざとコーラルが扱い切れないスキルを授けたのではないか。パールはそんな風に思い始めていた。


「そ、そんな……コーラル……!? 僕を裏切っていたのか……!?」


 その時、カイル王子がコーラルを中心にした愛憎劇に嘆いた。現実に引き戻されたパールはすぐさま追い打ちをかけるように告発する。


「カイル様、コーラルはあなた様に相応しい相手ではありません! あの子は悪い男とばかり交際して、中絶を繰り返しているのです!」

「な……何だって……!?」


 さらにオスカーとアイザックも声を上げる。


「その通りです、カイル様! 先週、学園内であった暴行未遂事件はコーラルが指示したものであると判明しました!」

「ええ、コーラルは悪質ないじめの主犯格です! ひとりの令嬢を虐め抜いて入院させた挙句、もうひとりの令嬢を自殺未遂まで追い込んだのです!」


 そしてデニスも忠告した。


「カイル様、真実を聞いて下さい! コーラルのオーラは透視する限り、途轍もなく邪悪です! 結婚なされば、きっと王家は滅亡するでしょう!」


 パールにとって、それらの報告は予想通りのものだった。あんなにも悪評高い妹なら、そうだったとしても不思議はないと思ってしまう。しかしカイル王子にとっては予想外であったらしく、その顔を真っ青にしていた。


「嘘だろう……? そんなの……嘘だろう……?」


 パールはそんな姿を痛々しく思い、同時に手ごたえを感じていた。このまま押せば、カイル王子は正しい判断をするはずである。だからパールはオスカー、アイザック、デニスに目配せをして声を揃えた。


「いいえ! 嘘ではありません! どうかコーラルとの結婚をお止め下さい!」


 それを聞くなり、カイル王子は崩れ落ちた。

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第八話 コーラルの敗北


「ちょっとぉ! カイル様に何を吹き込んでいるんですのぉ!?」


 不意にコーラルが声を上げた。パールが声の方向を見ると、妹がひとり立っており、美形の男子生徒達はいつの間にか消えている。きっとコーラルが恋人をやめると宣言して、恋人状態を解除したに違いない。


 時間魔法がかかったコーラルはゆっくりと歩きつつカイル王子へ迫る。


「カイル様ぁ? わたくしのこと、まだ好きですわよねぇ?」

「コ、コーラル……」

「わたくしがどんな女でも、好きですわねぇ?」

「う……うぅ……うううぅ……」


 カイル王子は呻き、苦悩の表情を浮かべる。一方、コーラルは満面の笑みを浮かべていた。恋人状態を解除しない限り、相手はずっと自分へ恋しているのである。コーラルの顔に浮かんでいるのは勝利を予感した表情……それはあまりに醜悪であった。


 パールはそんな光景を息を飲んで見守っていた。自分達は親友として、やれることをやった。後はカイル王子の決断に委ねられたのである。


 その時、カイル王子が小さく呻いた。


「む、無理だ……」

「えぇ? 何ですの、カイル様ぁ?」

「僕には無理だ……。君の罪を見過ごすことも、王家を潰すこともできない……」

「は? は? まさか、わたくしのことを否定するんですのぉ?」

「そんなことはしたくない……したくないが……僕は……僕は……――」


 そしてカイル王子は涙を零しながら叫んだ。


「コーラル・マーフィー……! 僕は君と絶対に結婚しないッ……! 親友四人が君との結婚を否定しているんだッ……! 僕はそれに従うッ……!」


 その宣言に、パールと側近三人は目を見開く。そして喜びの表情で、顔を見合わせた。カイル王子は恋心に苛まれつつも、正しい決断をしたのである。


「そんなぁッ……!? このわたくしを捨てるのぉッ……!?」


 コーラルは大口で絶叫し、小刻みに震える。


「そ、そこの馬鹿達が言ったことは全部普通のことでしょう……!? 大なり小なり、誰だって罪を犯していますわぁ……! だからカイル様はそんなこと、気にしませんわよねぇ……!? わたくしを娶って王家に迎えてくれますわよねぇ……!? そして事件を揉み消してくれますわよねぇ……!?」


 そんな情けない物言いをする妹を見て、パールは悲しくなった。


 幼い頃から困った子だったが、どうしてこんなモンスターに育ってしまったのか。いっそのこと、小悪魔がコーラルに“恋心を封じる呪い”をかけていたら、少しはましだったのかもしれないと思ってしまう。


「それはできない……できないんだ、コーラル……! 僕と君は結婚しないんだよ……! 好きなら、それを分かってくれ……!」

「嘘おおおおおおぉぉぉッ! 嘘ですわああああああぁぁぁッ!」


 そしてコーラルはその場にへたり込んだ。カイル王子はそんな相手へ必死に語りかける。


「よく聞いてくれ、コーラル……! 僕はカイルという人間であると同時に、この国の王子なんだ……! だから国民と王家を守らなくてはいけないんだよ……! でも僕の恋心は本物だ……! 結婚しなかったとしても、ずっと君のことを好きだからね……!」


 そんなカイル王子の言葉に、パールは胸を打たれていた。彼はコーラルの醜い本性を知ったにも関わらず、純粋な恋心を貫いている。恋とはそんなにも素晴らしいものなのか。恋とはそんなにも尊いものなのか。もしそうなら自分も味わってみたいと、パールは心から願っていた。


「う、うるさい……」

「コーラル……? どうしたんだい……?」 

「うるさいうるさいうるさいうるさあああぁぁぁいッ! カイル様ぁ! 価値のないアンタなんかとは、恋人をやめますわあああぁッ! 恋人解除よぉッ!」


 コーラルが絶叫した途端、カイル王子の両目が大きく開かれた。そして彼は頭を振り、不思議そうに辺りを見渡す。


「ぼ、僕は一体……? どうしてコーラルなんかに恋していたんだ……?」


 カイル王子が茫然とする中、コーラルはひとり泣き喚いていた。


「何なの!? 何なんですのぉ!? どうしてわたくしのスキルが通用しないんですのぉ!? あの恋の女神、雑魚だったのかしらぁ!? こうなったら、国王を恋人にして、ここにいる奴等をぶっ殺して……きゃああああああッ!?」


 その時、教室の窓が派手に割れた。

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第九話 悪魔の襲来


 突如粉々に割れて、風が吹き込む窓。そこから入ってきたのは一体の悪魔であった。しかしその数はあっという間に膨れ上がり、教室はたちまち阿鼻叫喚となった。


「これはどういうことだ……!? 何が起きた……!?」

「カイル様! きっとマーレ国の防衛力が低下した所為です! そのため、ゲヘナ国の悪魔が学園にまで侵入するようになったのです!」

「くそッ……! お前達、全力で戦って生徒達を守るぞッ! 僕に続けッ!」

「はっ!」


 そしてカイル王子、オスカー、アイザックは剣を抜いた。デニスも魔力を練って次々と放つ。騎士団長補佐役のマリクも剣を振って、悪魔と交戦を開始した。


 その中、パールは怯えていた。一瞬、悪魔と生徒を親友にするというアイディアが浮かぶ。しかし悪魔などという邪悪な存在と人間を仲良くさせてしまったら、何が起きるか分からないと考え直す。そして女神から授かったスキルは戦闘には向いていないと悲しんだ。これを好機と捉えたコーラルが自分を狙っているとも知らずに――


「あははははははぁッ! お姉様なんて、悪魔と恋したらいいんですわぁッ!」


 その時、時間魔法がかかったままのコーラルはようやく“恋”という文字を書き終えた。そしてそれをパールとそのすぐ近くにいた悪魔へ放ったのだった。


 パールは目の前の出来事がスローモーションに見えていた。“恋”のスペルは徐々に分裂し、自分とすぐ近くにいる悪魔へ向かって飛んでくる。つまりこれは妹の《恋人スキル》により、自分と悪魔が恋人同士になるということを意味している。どうにかして避けたいが、もう無理である。パールは目を瞑り、覚悟を決める。


「うおおおおおおぉッ! パールに触れるなあああぁッ!」


 しかしその時、マリクが剣を振り上げて悪魔へ襲いかかった。悪魔は頭から一刀両断されて、真っ二つに床へ崩れ落ちる。


 その直後、“恋”のスペルがパールとマリクの胴体に吸い込まれた。


「な、何ですってええええええぇぇぇッ!?」


 コーラルは絶叫を響かせる。一方、パールは自らの胸に手を当てて震えていた。彼女の脳裏には自分を救ってくれたマリクの雄姿がくっきりと焼きついている。


 胸が、燃え盛る炎のように熱い。

 心が、震えるほどに幸せである。


 強い幸福感が、全身を痺れさせていた。


「マリク……私を助けてくれたの……?」

「ああ、パール! 絶対にお前を守ってみせる!」


 パールとマリクは強く見詰め合い、心を震わせ合っていた。


「はあああぁぁぁ!? 解除解除解除ッ! こんなの解除ですわぁッ!」


 コーラルは慌てて“恋”のスペルを書こうとする。しかし時間魔法がかかった腕ではなかなか文字を書き切れない。


 その時、コーラルの左右に悪魔が舞い降りた。


「きゃっ……いぎゃあああああああああッ!? ああぁああぁぁあああぁッ!?」


 その悪魔達はコーラルの両腕を掴むと、天井まで飛び上がった。そうこうしているうちに他の悪魔も集まってきて、コーラルを嬲り者にする。やがて彼女は瀕死の状態となって床へ落ちた。


 それを目にしたカイル王子はすぐに指示を飛ばす。


「デニスッ……! コーラルを治癒してくれ……!」

「くそッ! 仕方ないッ! カイル様は優し過ぎですッ!」


 そして一時間後、悪魔との戦いは終りを迎えた。悪魔はカイル王子達の猛撃に敗北し、逃げ去ったのだ。被害は最小に抑えられ、死者はひとりも出なかった。しかし悪魔達から酷い責め苦を受けたコーラルは両手を損傷し、ショックで喋ることができなくなってしまった。


 そのため、彼女は《恋人スキル》を使えなくなったのである。

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第十話 パールの恋心


 悪魔の襲来から、一ヶ月後。


 コーラルの病室を訪ねたパールとマリクは看護師に追い返された。どうやら二人の気配を感じると、コーラルは声にならない悲鳴を上げて暴れるらしい。妹の身に起きた悲劇に責任を感じているパールはどうしても会って声をかけたいと願ったが、それは許可されなかった。


 帰り馬車の中、マリクは落ち込むパールに声をかけた。


「そう悲しむなよ。きっと元気を取り戻して、また憎まれ口を叩くだろう」

「ありがとう、マリク……。きっとコーラルは立ち直るわよね……」


 二人は頷き合い、じっと見詰め合う。


 パールの胸には悲しみがあったが、それ以上に熱い恋心が溢れていた。マリクと同じ空間にいるというだけで、幸せが込み上げてくる。妹の失敗によって得た恋ではあったが、パールはこれが当たり前であるような感覚を味わっていた。


 その時、マリクが言った。


「それで……コーラルの《恋人スキル》のことだが……」

「それは私達だけの秘密よ? カイル様へ言ってはいけないわ」

「ああ、分かっている。でも俺が言いたいのはそうじゃないんだ」


 マリクは悔し気な表情で、顔を伏せる。


「コーラルの《恋人スキル》の所為で、俺達は恋心を抱き合う関係になってしまった……。それをお前が嫌がっているんじゃないかと思うんだが、どうなんだ……?」


 その問いに、パールは微笑む。恋心を知った今、マリクが自分を一途に思っていてくれたことが理解できた。彼は恋ができない自分のことを、ただひたむきに好きでいてくれたのだ。そんな彼に対して、深い愛情を感じる。


「あのね、マリク。私はあなたの子供が欲しいわ」

「ななな何だって……!? 突然、何を言い出すんだ……!?」

「ちゃんと聞いてちょうだい。私、マーフィー家に伝わる“宝珠の儀式”で、女神様に言われたの。私が初めて産んだ子供は必ず聖女になるって。そして女神様はそれを手助けしてくれるって言ったのよ。つまり今の状況はその結果、得られたものなの」


 マリクは顔を赤らめつつ、愛しい人が語る言葉に耳を傾ける。


「女神様が、偽物の恋をくれると思う? 適当な相手をあてがうと思う? 私はそうは思わないわ。私とマリクが恋に落ちたのは運命だったのよ」

「本当か、パール……? 俺は信じてもいいのか……?」

「ええ、例え恋に落ちていなくても、私はあなたが良い」


 その言葉にマリクは涙を滲ませる。パールは相手の気持ちが痛いほど分かり、泣き出しそうだった。


「きっと私達の間に聖女が産まれれば、マーレ国も平和になり、コーラルも回復するに違いないわ。でもそのためだけに、子供が欲しいんじゃないの。私は大好きなあなたと……」


 そう言いかけたパールの唇を、マリクはそっと指で押さえる。そして真剣な目をすると、彼女に向かってはっきりと言った。


「それはこちらから言わせてくれ。どうか俺と結婚してほしい。そして愛するお前と一緒に子供を作りたいんだ。愛している、パール」

「ああ……! 嬉しいわ、マリク……!」


 そして二人は強く抱き合い、口づけを交わした。パールの心は信じられないほどの幸せに震えていた。ずっと傍にいてくれたマリクに、その彼と愛し合わせてくれた女神達に、深く感謝する。


「よく聞いて、マリク。私はね、小悪魔に呪われなければ、きっとあなたに恋をしていたはずよ。だってあなたは私にとって完璧な男性なんだもの」

「な、何を言っている……! まさか、それも《恋人スキル》の所為で……!」

「もう、馬鹿! 照れるとすぐそうなんだから!」


 二人は楽しげに笑い合って子供のようにじゃれる。馬車は軽く揺れながら、侯爵家へ向かって走っていった。




………………

…………

……




 そして一年半後、パールとマリクの間に愛娘マリンが産まれた。


 彼女は十歳の時に“宝珠の儀式”を受け、《至愛スキル》を手に入れる。それは女神達が未来の聖女に託した最高の財産であった。マリンはそのスキルを駆使して悪魔達に愛を根づかせると、人間国と悪魔国を友和で結んだ。


 永遠の伝説となった至上なる愛の聖女マリン。

 そんな彼女を影で支えたのは母パールと父マリクだった。




―END―

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