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2 持ちつ、持たれつ

 

 爆発音とともに――――ポッポが宙に放り出された。

 きっと昼休憩をしていないどこかの作業場で、爆破事故が起きたのだろう。


「ポッポ!」


 シューゼは必死に右腕を伸ばし、宙でポッポを掴む。そして、なんとか左手で壁を掴むことができた。


「シューゼ!」


 右手の先で、ポッポが叫ぶ。そのポッポの横を、シューゼたちの昼食が落ちていった。


「ポッポ、僕の背に掴まれるか?」


 シューゼが苦しそうにしながら、ポッポに尋ねる。ポッポはコクッと頷くと、シューゼの右腕をよじ登って、背中にリュックサックのようにしがみついた。


「いいぞ!」


 ポッポが合図を送ると、シューゼは壁を掴んでいる左手を軸に自身の右半身をぶらんぶらんと振り子のように振って、右手も壁に引っかける。そして、炭鉱で培った腕力を使って、両手の力で壁をよじ登った。


 溝を壁の上から覗き込む。

 落ちていった食器たちは、もうどこにあるのか分からない。どこかの炭鉱の地面に向かって落ち、消えてしまった。代わりに、とある穴から、黒い煙が空に向かって上ってきた。

 この町では、忘れた頃に僕らはいつだって死と隣り合わせであるということを実感させられる。シューゼは、肩で息をしながらそう思った。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「あー、終わった終わった。いろいろ終わった」


 ダントンの疲労で満ちた声と午後4時を告げる3度目の鐘の音が重なる。

 と、それに続いて炭鉱中からため息や愚痴が聞こえてきて、加えて空からゴロゴロ……という地響きに似た音も炭鉱に響いてきた。

 一行は、午後の配給を受けようと配給所へと向かう。と、その時、


「――――ん? なんか揉めてるぜ?」


 と、ダントンが言った。

 シューゼがダントンの後ろから覗いてみると、何やら夕方の配給でトラブルがあったようだった。


「だから、無くしたと言っている」


「あのなぁ、だから労働手形をなくしたら配給は貰えねえっつってんの! さっさとどけ!!」


「――――おうおうおう、どうしたんでい」


 揉めているところに、ダントンが割って入る。

 喧騒の中心には、どこかで見たことのある労働者と灰髪の少年がいた。


「おう、ダントン。どうしたもこうしたもねえよ。……こいつ、作業中に労働手形を失くしちまったんだってよ」


「あら、そりゃ悲惨なこった。俺もここに来たばっかの頃は、よく無くしたなぁ……。ま、だが手形が無きゃ配給は受けられねえ。それがここのルールだ。今日の夕方分の配給は、諦めるんだな」


「……でも!」


 食い下がる、少年。――――しかし、その瞬間、


「”でも”も”だって”も無え」


 と、ダントンは胸ぐらを掴んで酷く冷たい声で言った。


「お前、新入りか? なら、教えてやる。この町も炭鉱も、ルールが全てなんだよ。ルールに縛られてるから俺たちはここから出られねえ。だがな、ルールに守られてるから、俺たちは飯が食えて金がもらえるんだよ」


 それから、ダントンは少年を地面に投げ捨てて睨んだ。


「飯が食いたきゃ、朝配られる昼と夕の配給手形を持ってこい。てめえがダダこねたせいで時間が来て、他のやつが配給を受けられなくなったらどうする。ここで働きたきゃ、ルールを破ろうとするんじゃねえ」


 少年は苦虫を噛み潰したような顔でダントンを見るも何も言い返せずにいた。


「ったく、気持ちは分かるけどな。あーあ、嫌になるねぇ……。特に注意する側は」


 配給の列に並ぶなり、ダントンが愚痴った。

 それに続いて、炭鉱夫仲間も罵ったり同情したり共感したり、様々な反応を見せる。


 しかし、シューゼはそれを共感も否定もせず、ただ聞いてるだけだった。


「はいよ、シューゼ」


「ありがとう、お姉さん」


「う~ん、シューゼはずっと言いつけ守ってて偉いわねえ」


 シューゼが配給を受け取ると、配給係の女性がとろけたようにそう言う。すると、後ろからダントンが、


「お前、まだ言いつけ守って、こいつのことそんな呼び方してんのかよ……」


 と、若干引き気味に言った。


「はい、ダントン」


「ありがとよ、おばさん」


「……あんたの分、減らしてやっても良いんだよ」


「……どうもね、素敵なお姉さん」


 一行は軽いやり取りをして、無事に全員配給を受け取る。そして、どこに座ろうか誰か輪に加えようかと、あたりをきょろきょろと見回した時だった。


 シューゼが輪から飛び出して――――灰髪の少年に駆け寄った。


「あ、おい! シューゼ!」


 シューゼはダントンの制止を無視して、少年の前にしゃがみこむ。そして、


「……なに」


 と、少年がシューゼを睨むと、シューゼは持っている皿の半分を急いで自分の腹の中に掻き入れた。


「――――!?」


 困惑する、少年。すると、シューゼは喉を詰まらせ、ドンドンと胸を叩き、それから何とか流し込むと、


「ん!」


 と、少年に中身が半分残った皿を差し出した。


「な、何してんだ! シューゼ!」


 遅れて、ダントンたちがやって来る。と、シューゼは、


「君、あの爆発にいたんじゃない? 昼間の炭鉱で起きた」


 と、少年の目を見て言った。

 心当たりがあったのか、少年が目を逸らす。と、シューゼはダントンに、


「ほら、裾が黒ずんでる」


 と、説明して見せた。


「きっと、その時に無くしちゃったんだよ。労働手形」


「それで、半分やるってのか?」


「うん。だって、これならルールの範囲でしょ?」


 シューゼはそう言ってダントンに笑いかけた。

 すると、ダントンは「あー、もう! 嫌になるぜ」と髪を掻いてから、


「そんな解決の仕方しちゃ、さっきの俺がかっこ悪いじゃねえかよ!! ふん! どうせなら、ガキはもっと食え!!」


 と、少年とシューゼの皿に自分の食事を分け与えた。


 そんなダントンの行動に感化されてか、ダントンの後ろにいた炭鉱夫仲間も呼応して、少しずつ少年に食料を分け始める。そして、少年の皿はいつの間にか、腹が膨れるくらいにはいっぱいになった。


「何のつもりで……」


 少年が、困惑する気持ちをそのまま口にする。が、シューゼはそれに割り込むようにして、


「こういう時は、ありがとうでいいんだよ」


 と、教えた。


「……ありがとう」

 

「……ふん。次からは無くすんじゃねえぞ、生意気坊主」


 ダントンが鼻を鳴らすと、シューゼが少年に耳打ちする。


「早く食べちゃいな。ここね、どこからかやって来ては、配給所の食べ物を全部食べようとするネズミがいるんだ。あいつ、飯にだけは真っ直ぐ向かうんだ。だから、早く」


 すると、ちょうどその時、


「……って、あー!! 俺のパンがねえ!! あの糞ネズミ!!」


 と、ダントンが叫んで、集会所に笑いが生まれた。


「ほらね」


 シューゼが笑ってみせると、少年は分け与えられたものの中からスープを飲み、


「……美味しい」


 と、頬を緩めた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「ぼろっちい家」


 シューゼの家に入るなり、開口一番に灰髪の少年が口にした。


「でも、町の喧騒も雨の音も聞こえてきて、寂しくない良い家だよ」


「へえ……」


「ラッキーだね。この間、雨が降ってて」


「ラッキー……?」


 ろうそくに火をつけ、シューゼはどこか部屋へと入る。と、それから扉裏からひょこっと顔を出して、


「こっちこっち」


 と、手招いた。


「これは……」


 それは、屋根から大きく伸びた像の鼻のような管を通じて水が流れ込んでくる、いわゆる“シャワー”だった。さらにその奥には、浴槽もある。


 シューゼは、木くずに蝋燭の火を移す。と、それを薪の入った煙突付きの釜戸に投げ入れた。


 シューゼが釜戸の蓋を閉めると、しばらくして煙突から煙が上がっていった。釜戸からは、お風呂の中に向かって弧の字型のパイプが伸びていた。


「もしかして、お風呂……!?」


「そう。僕の友達が考えてくれてね。ほら、頭に鈴がついてるやつ。おかげで、共同浴場が混んでる日でも、こうしてお風呂に入れるんだ」


 やがて、湯気が上がり始める。どうやら、湯船側の空気が冷えることで釜戸側に、釜戸側の空気が火で温まることで湯船側に入れ替わり、水をお湯に変えているらしい。


「紐を引けばシャワーが出るから。終わったら呼びに来て。僕は奥の部屋にいるから」


「え、でも……。入っていいの?」


「うん。お客さんには、リラックスしてほしいし。それに、煤に汚れたままじゃ嫌だろう?」


 シューゼが「それじゃあ、どうぞ」と言って浴室から立ち去ろうとする。――――と、少年は自身の袖口をギュッと握って、尋ねた。


「どうして、事情を聞かないの? 家にまで上げて……」


「聞いてほしいの?」


「いや……」


「……この町にはね、家がない子供はわんさかいる。孤児院から抜け出した子も、自分がどこから来たのかも知らない子だって……」


「……そう」


「君を助けるのは、何も特別なことじゃない。君が誰であったって、助けない選択肢はない。僕も、いろんな人に助けられてきた。だから、それを今度は誰かに返したい。持ちつ持たれつ、ってのが炭鉱のルールだから」


「……ふーん、良い子(・・・)なんだね」


「もちろん」


 その最後にシューゼが当たり前と言うように笑ってみせると、少年の頭の中には夕方の炭鉱所での出来事が過った。

  

「……なら、せいぜい利用させてもらおうかな」


 その立ち去る背中を見て、少年は手をキュッと握った。




   ▼ ▼ ▼ ▼



 次の日。


 シューゼが目を覚ますと、そこは机の上だった。

 とりあえず体を起こして、頭を起こす。どうやら昨日は、時計をいじったまま寝てしまったようだ。


 シューゼは少しの間をおいてハッとすると、机の上を見回す。そして、その端に蓋の閉じられた銀時計を見つけた。


「……良かったぁ、いじったまま寝てなくて」


 安堵した。と、同時に、シューゼは昨日の成果を口にする。


「やっぱり、あの針だよなぁ……。ポッポのところに行かないとダメかなあ」


 銀時計を置いて、椅子に寄りかかり、息を吐く。

 一応、自分で直せないか調べてみたけれど、家の設備ではできない細かい作業が必要になることが分かっただけだった。


 部屋の外に出て、日時計へ足を進める。もう何年も続けている生活習慣は、一時の落胆で崩れることはないほど、シューゼの無意識に根づいていた。


 時計を見ると、今日も昨日の朝と似たような時間に目覚めたようだった。しかし、シューゼは昨日と違い、台所に向かう。


 そして、カッカッと石と石をぶつけ火花を散らすと、それを火種に繋げ、火と化した。


 火の上にフライパンを置いて、木の実から取られた油をひく。

 少しすると油は音をたてて、フライパンの中で踊り出した。そこに、包丁で3本筋を入れたソーセージを加える。皮がパリッと焼けたところでトマトソースと絡めて完成。


 それを目玉焼きやパンと一緒に食卓に2セット並べたところで、シューゼは少年のいる寝室へ足を運んだ。


「あの、ご飯ができたよ」


 ノックをして、そう声をかける。だが、返事はない。


「……まだ寝てるか。昨日の今日だし。だけど、起きないと炭鉱に行く時間が」


 シューゼは葛藤の末、部屋の扉を開ける。――――が、しかし、そこに少年の姿はなかった。



  ▼ ▼ ▼ ▼



「――――おっし、そろそろ出るかな」


 兜を被って、鈴をチリンと鳴らす。


 ポッポは自分の工場であり倉庫でありガレージである、雪だるまのような見た目をした家から外に出た。


 今日も炭鉱のヘリオスは、朝から白いため息を吐いていた。


 が、いつもとは違い、その倦怠感に満ちた町の中を慌ただしい足音が走り抜ける。――――と、次の瞬間。影が、家の前でのんびりとあくびをするポッポの目の前を慌ただしく駆け抜けていった。


「おわおわおわおわ……!!」


 ポッポは、その勢いと驚きでその場でコマのようにくるくる回される。と、その影がポッポの名を呼んだ。


「――――ポッポ!!」


 名前を呼ばれると、ポッポはぴたっと膝に手をついて止まり、


「シューゼ! 危ないだろ、前見ろ!」


 と、怒鳴った。


「ごめん、急いでて!」


「急ぎぃ~?」


「実はいなくなっちゃったんだよ! あの灰色の髪をした男の子が」


 シューゼはポッポにそう訴える。しかし、ポッポはいまいち緊張感なく、


「この町で人が消えるなんて、珍しいことじゃねえだろ。それより、労働の時間が……」


 と、言った。


「だけど……!」


 食い下がる、シューゼ。しかし、ポッポは「はぁ~」っと長くため息を吐くと、


「冷静になれよ、シューゼ!」


 と、一喝した。


「それで労働をサボろうってか? たかが1日一緒にいただけだろ。仕事とそいつどっちが大事なんだよ。そいつにはそこか行く当てがあったのかもしれないし、勝手に家に帰ったのかもしれない。それに一宿一飯の恩すら返さねえ奴に、そこまで付き合う義理もねえよ! それよりも、家賃は!? 飯は!? 労働日数が欠けるほうが、よっぽど今の生活に影響するぜ。そうやって、感情ばかりで動くのはいい加減止めろ。俺がこの町から出て戻ってきた時、迎えに来るやつがいなくなってたらどうするんだ! 少しは理性的になってくれ!」


「……!」


「とにかく、今は炭鉱へ行こう。夕方になりゃ、俺も一緒に探すから」


「……そう、だね」


 ポッポの説得にシューゼは返事したものの、それから炭鉱所ではどこか上の空。昼休憩の時も、ずっと町のほうを眺めていた。


「……ったく、壁の外は諦めてるくせに、変なところで感情的になるんだから」


 そんな姿を見て、ポッポが呆れたように呟いた。

 



   ▼ ▼ ▼ ▼




「――――シューゼ!! とっとと離れろ!!」


「へっ――――」


 首根っこを掴まれて、思い切り後ろに引きずられる。と、少し遅れて、目の前で岩が崩落した。


 次いで、岩盤が目の前でゴロゴロと崩れ落ちる中、シューゼは大柄な炭鉱夫に頭を殴られる。


「ぼーっとしてんじゃねえ! 死にてえのか!」


「……ごめんなさい」


 すると、そんなシューゼをフォローするように、別の気弱な炭鉱夫が言った。


「……シューゼ、今日はもう終わりだから飯を貰ってさっさと帰ったほうが良い」


 

「うん……」


 トボトボと炭鉱を去る、シューゼ。


「あれは、どうしたってんだ。一体」


 大柄の炭鉱夫が言う。と、気弱な炭鉱夫も首をかしげて、


「何でも、ペットが家出したんだと」


 と、答えた。


「なーんか、あいつが暗いと調子狂うなぁ……」


「な」


「……あ、ダントンだ。シューゼに話しかけてる」


「飲みの誘いか、ありゃ。……おお。断られてる。ダントンでも駄目か」


「時間かかるかもなぁ、あの調子じゃ」


 しかし、そんな問題が解決したのは――――シューゼが家に帰った時のことだった。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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