16 君の翼
エリオが銀時計に最後の魔力を送り込む。
と、あたりには土煙が巻き上がり、さっきと同じように2人を隠した。――――かに、思われた。
しかし、逃さんと言わんばかりに、爆煙の中からギルの左手が現れる。と、それはシューゼの胸ぐらを掴んで煙の中から引っ張り上げ、街道に叩きつけた。
「シューゼ!」
霧が晴れると、エリオの目には煤のついた剣が映し出される。それを見て、エリオは察した。
「わざと魔石を使わせたの……!? 剣を振り下ろすフリをして……。そして、爆発の直前で剣を盾代わりにして、魔石から自分を守った……!」
「……魔石の爆発は、すでに式場で見てますからね」
ギルは地面に投げ捨てたシューゼの胸ぐらを改めて掴み、持ち上げる。その時、シューゼの口から血が垂れた。
「もっと自分の心配をしとくんだったなぁ、貧民。俺の狙いはハナからお前だよ。お前が倒れれば、リリエ様もお前を置いては逃げらんねえだろ」
しかし、そんな絶望的な状況でもシューゼは足をバタバタとさせ、ギルの腕を両手を使ってなんとか引き剥がそうとする。と、そんなシューゼを見て、ギルは不快そうに、
「なぜ、抗う? 絶望的な状況だってのに……」
と、言った。
「どうせここを抜けても、橋は塞がれていて、壁には竜騎士がいて、町を出ても貴族の使いがお前たちを追い回す」
「……ぅる、さい」
「この町の何が不満だ。外を望まなきゃ、娯楽も飯もここにはある。貴族でいれば、地位も名誉も富も手に入る。これ以上を望むのは、やめろ」
「……違う。そうじゃない。そんなもの、求めちゃない。僕はただ、ただエリオを見て。どんなに苦しくたって――――」
すると、シューゼはその琥珀色の瞳をキラッと輝かせて、
「――――死にたくないのに、生きている理由もない。そんな人間でいたくないって、そう思っただけだッ!」
と、言い切った。その時、シューゼの背負った太陽が視界に飛び込んできて、ギルは思わず顔を顰めた。
「……そうか。なら、その大義のためにここで死ね」
ギルはそう言い捨てると、シューゼを真上に向かって投げる。と、それから野球選手のように剣を後ろに構えた。
やがて頂点に達するとギルへ向かって落ち始める、シューゼ。そして、ギルがシューゼに狙いを定め剣を振るおうとした。――――その時だった。
プッ――――シューゼが、ギルに向かって何かを吐き出した。
それが眉間にコツンと当たると、ギルの剣の動きが鈍る。と、シューゼは剣と自分の間にカバンを挟んでそれをなんとか受け止めた。
地面に転がり落ちる、シューゼ。すると、シューゼは素早く立ち上がってそのままカバンでギルの頭を殴った。
ゴッ――――鈍い衝撃によろけて、ギルは街道に膝をつく。と、目の前には、
「……歯?」
そう、シューゼの乳歯が転がっていた。さっきシューゼが吐き出したのは、これだったのだ。
状況を理解できていないまま、目の前にあるそれをギルが口にする。と、その時、
「――――お嬢様はどこだ!」
と、騎士たちが馬に乗って遅れてやって来た。
「でかした! こっちだ。お嬢様は――――」
ギルは仲間たちにエリオの存在を知らせようと声を張り上げる。しかし、その時、その視界に金の雨が降った。
「ほら、金貨よ! みんな、拾いなさい!!」
ギルが振り返る。と、その視線の先では、ドレスから小袋を取り出したエリオが、あたりに小銭をばら巻きながら逃げていた。
「何をして……」
しかし、ギルはすぐにエリオの狙いに気づくことになる。
地面に弾む、金貨。その音を聞くと、シューゼたちのやりとりを見ていた群衆が我先にその金貨を拾おうと街道に殺到する。
次いで、貧民街のそこかしこから住民が溢れ出て来て、街道はあっという間に人で溢れかえってしまった。
「チッ、馬を拾いに行こうにも人が……!」
もう、シューゼは群衆の向こうに消えかけていた。
「クズどもは踏んでも構わん! 追え!!」
それに焦ってギルは騎士たちに指示を出すが、
「しかし、馬が嫌がるのです!!」
と、騎士たちは躊躇いを見せる。
「なら、降りて走れ!! 絶対に逃すな!!」
そんな騎士たちに、ギルは檄を飛ばす。と、自分も剣を拾って、
「どけ! クズども!! 退かねば、叩き切るぞ!!」
と、群衆の中をかき分けていった。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――ポッポ!」
「おわーっ!! ……って、シューゼ!! 成功したのか!!」
シューゼたちがポッポの家の開かれたガレージにやって来ると、エリオの姿を見てポッポが安心したように言った。
「ああ! 今し方、大人を殴ってきたところだ!」
シューゼが欠けた歯を見せて笑う。と、笑顔を返すようにポッポも笑った。
「よおし、それじゃあ後ろに乗れ!」
そう言うと、ポッポはガレージに設置されたレバーを下げた。すでに準備は終わっているようで、ポッポも運転席に素早く飛び乗る。
「ところでシューゼ、さっきの剣の傷は……」
「ああ。大丈夫、こいつがあったから」
エリオの疑問に、シューゼはカバンの中を見せて答える。その正体は――――いつの日か市場で買ったラッキーストーンだった。
「でも、こんなもの。もういらないよね」
「え?」
「だって、もっと大きな夢が見つかったんだから」
そう言って、シューゼはガレージにラッキーストーンを投げ捨てる。と、ギルの剣技を受けていたラッキーストーンは、真っ二つにひび割れて、中に入っていた小さな小さな青い宝石が転がり落ちた。
その直後――――ガレージがゴウンッと音を立てて動き出す。
すると、ポッポの家の天井が割れ、飛行機の置かれていた台は先端が持ち上がり、飛行船を青空に向けた。シューゼたちは、まるで大砲に込められた砲弾のようだった。
「よっしゃ行くぜ!!」
ポッポが意気込むと、ガクンッと飛行機が後ろに下がる。そして、ポッポがスイッチを押した次の瞬間――――まさに砲弾のように、落花生のような見た目をした飛行機は空に向かって投げ出された。
「……ッ、うぅううううううううッ、いやっほぉおおおおおおおッ!!」
ポッポが声を張り上げる。3人は、不思議な浮遊感に包まれていた。
「……こんなふうにして、町を見下す日が来るなんて」
テンションの上がっているポッポの一方で、シューゼはその世界に感動していた。溝の向こうの世界はどこまでも広大で、輪郭は少し丸かった。地面よりも雲の方が近いような気がして、空お見上げながら風に身を任せる。
「綺麗……」
すると、エリオが隣で呟いた。どうやら、エリオも同じ気持ちだったようだ。――――が、その時。
「止まれ、リリエッ!!」
そんな怒号に、大きな羽ばたきが聞こえてくる。と、直後、下から突如として3人の目の前に竜に乗ったエリオの父ガッシュが姿を現した。
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