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【1000PV 感謝】シューゼと水蒸気の姫君【完結済み】  作者: 誰時 じゃむ


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14/18

14 ネズミ小僧

「――――ッ! はぁ……ッ! はぁ……ッ!!」


 悪夢から飛び起きる。

 この7日間、顔も知らぬ澱んだ影に体を弄られる夢を何度も見た。


「……これがないと眠れないのに、これがあってもうなされるんだな。あたしは」


 エリオはお香の入った器具を見つめてため息を吐くと、それから汗を拭って、女性らしい普段着に着替える。その姿は、どこか気怠げだった。


 やがて時間になると、メイドが部屋をノックする。


「リリエ様、結婚式のご用意ができました。よろしければ、控え室の方までお願いいたします」


 エリオは、ついにやって来たかと腹を括る。あの夜から逃げ出せる選択肢など、どこにもなかった。家を出て、馬車に乗り、貴族外の中央に鎮座する白い巨塔へと足を踏み入れる。


 そうして新婦控室に入り、1時間が経つ頃。


 馬子にも衣装とは言ったもので、ウィッグをつけ、メイクアップし、豪華絢爛な青のウェディングドレスに身を包んだエリオは、もう立派な淑女だった。さらに染みついた所作や立ち姿を見れば、もう文句のつけようがないだろう。


 控室を出ると、そこでは父が待ち構えていた。


「似合っているよ、リリエ」


「……ありがとうございます」


 父の後ろを歩いているとどこかで鐘が鳴って、父が「始まったな」と呟いた。


 1歩。また1歩と歩いていく。その自然と足音の合っていく感覚や緊張して体が硬直していく様が、なんだか人間から道具に成り下がるみたいだった。


「ここでお待ちください」


 そう言って立たされた、廊下の曲がり角。もう、父と交わす言葉はなかった。


「リリエ、手を」


 父の右手に左手を添える。その後は、ただ手の震えが父に伝わらないようにじっと時が過ぎるのを耐えた。


 廊下の向こうから1度目の扉を開く音がして、演奏がワッと聞こえてくると、それから扉の閉じる音がして、促されるまま今度は自分が扉の前に立つ。おそらく、顔も見たことない新郎がこの先で待ち構えているのだろう。


 緊張で、思わず父の手をぎゅっと握ってしまう。


 すると、ポンッと頭に何かが乗った感覚がして、それからお手本のように姿勢を正してじっと扉を見つめたままの父が「前を向きなさい」と言った。


 言葉は冷たくても、頭を撫でる親らしさを最後には見せてくれたのか。そう思って顔を上げる、エリオ。――――しかし、ここで1つの疑問が浮かんできた。


 父の左手は自分の右手と握られている。それは、結婚式の入場でリードをするために必要な準備だ。

 ならば、自分の頭に添えられたポンッとした感覚は、なんだったのだろうか。

 父は、ずっと体を前に向けていたはずだ。――――その時。


「チュウッ――――」


 と、頭の上から声がして、


「――――エリオ!」


 と、自身の右側から聞きなじみのある声が聞こえてくる。


「え……?」


 振り返ってみると、そこにはこっちに向かって走ってきているシューゼの姿と――――宙を飛ぶ銀時計の姿があった。

  


   ▼ ▼ ▼ ▼



 エリオ、もといリリエ・エンドの結婚式当日。


 町は賑わっていた。貴族街と貧民街を区切る高い壁の前では、各国の貴族たちが街の外から集まって列を作り、検問を受けており、それを守るように貴族騎士がずらっと並んでいた。まさに大名行列ならぬ、貴族行列だった。


 貴族の結婚式の日、ヘリオスはほとんどの仕事が休みになるから貧民は皆、暇つぶしがてら貴族を一目見ようと、貴族行列の周りに集まっていた。


 そして、そんな状況だからこそ、騎士たちはいつもより目を光らせていた。


 この検問の間、貧民街の区画間は列によって区切られ移動ができなかったから、貧民は文句の1つでも言ってやりたいところだったが、騎士の態度を見るとその恐ろしさと圧から皆一様に口を閉ざしていた。


 そんな緊張感の中、


「――――あ」


 と、貧民のから間抜けな声が漏れ聞こえてくる。些細なことに敏感になっている騎士たちは、一斉に声の出所を睨んだ。


 そこには、帽子を被った1人の子供がいた。子供は、一心に空を見上げていた。


 釣られて、騎士たちも群衆たちも子供の視線を追って空を見上げる。と、そこには風雨線をてっぺんにつけ、フラフラと宙を漂う傘があった。

 さらには、持ち手部分からは鎖が垂れており、その先端では拳型のグリップがステッキのような筒のようなものを握っていた。


 風船は、微風に導かれるようにして貴族行列の真ん中にやってくる。と、


「あ、あれは……?」


 そう、騎士が声を漏らした次の瞬間――――傘の羽がくるくると周り出し、筒の中に入った粉状の何かをあたりに撒き散らした。


「――――ぶえっくしょんッ!!」


 大きなくしゃみが聞こえると、堰を切ったように各所でくしゃみ大会が始まる。

 空中に撒き散らされてそれは――――胡椒だった。


「あ、あれを止めろ!」


 騎士の1人が叫ぶ。しかし、傘の回転は徐々に速度を上げ、括り付けられた鎖も筒もより振り回されてさらに広範囲に胡椒を撒き散らし続けた。


「は、早く中に入れろ! ……っ、くしょんッ! ボサっとする、っくしょんッ! な!」


 すると、貴族行列の先頭。窓を開けていた馬車の中から、貴族が叫ぶ。

 その馬車の後ろには、祝いの品を載せた荷馬車も並んでいた。


「に、荷だけ検めさせてください!」


 騎士が食い下がる。が、貴族はもう1秒も我慢ならないと言った態度で、


「構わん! わしを信用できないのか!! 通せ!!」


 と、声を荒げた。


「なりません!」


「なんじゃと! 殺されたいのか!!」


「これは、ガッシュ様の命令です!!」


「――――ッ!!」


 貴族は一瞬、怖気付いたような表情を見せると、


「……ッ! 早くしろ!! ぶえっくしょんッ!!」


 と言って、窓を閉めた。


 群衆も騎士も貴族も関係なくくしゃみの止まらぬ中、命令を受けた騎士は素早くしかし1つひとつ何か怪しいものが潜り込んだり隠されたりしていないか検めていく。

 そして、それが完了すると、門番の方に合図を出して門を開け、馬車と荷馬車を通過させた。


「ほら、何もないではないか! 全く!! ……っ、ぶえっくしょんッ!!」


 再び閉まっていく門の向こうを見つめながら、貴族は不満そうに呟く。――――が、その馬車の屋根の上、


(本当? もっと、ちゃんと調べさせた方が良かったんじゃない?)


 と、ご機嫌そうに寝そべる子どもの姿があった。


 ――――最後の最後まで隠れきった仲間を。『屋根の上に隠れてるやつがいるぞ』って、売ってまでな。


 それは、いつの日かダントンが語った話。



「つまり、基本は天井までチャックしないってことだよね」


 子供はマスクを外すと、続けて帽子も外し、ニヤッと笑う。その正体は、何を隠そう――――シューゼだった。


(しかし、ステッキ型のマジックハンドを分解して入っていた筒に胡椒を入れて握らせ、それを風船のついた傘にぶら下げる。そして、それを扇風機の微風で誘導して、しばらくして回転を始める傘の力であたりに撒き散らすなんて作戦が成功するとは……)


 シューゼは青空を見上げながら、自分の作戦の無謀さを振り返る。と、やがて馬車は貴族外の中央にある白い塔、その足元で停止した。


「……あれ、また検問?」


 シューゼが、屋根の上から地上の様子を覗き見る。その時、騎士が馬車の窓をノックして、


「ご案内いたします」


 と、中の貴族に伝えた。どうやら会場に着いて、ここからは徒歩らしかった。


 貴族が降りると、騎士は続けて馬車の運転手に、


「駐車場は3ブロック先にございます。係の者が先導しますので、今しばらくお待ちください」


 と、告げ、貴族を白い塔の中に連れて行ってしまった。


 シューゼはこの時、ここで降りてやろうかと考えたりもしたのだけれど、馬車の運転手はいるし、騎士も何人かあたりを警戒しているし、何より正面の扉以外には窓が一切なく侵入するヴィジョンが見えなかったのでやり過ごすことにした。


 それから馬車が動き出して少ししたところで、シューゼは街路樹の茂みに転げ落ちる。そして、茂みから顔を出すと、改めて辺りを見回した。


 そこは、まるで別世界だった。


 白を基調とした街並み。整頓された区画。もちろん街路樹など貧民街にはないし、その木1本を見てみても、どの貧民の髪型よりも丁寧に整えられていた。

 その人工美に見惚れていると、目の前を貴族が通りかかって慌ててシューゼは茂みに隠れる。そして、シューゼは思い出した。ここが貴族街であることを。


(油断しちゃだめだ。同じヘリオスの町でも、ここじゃ僕は部外者なんだ……!)


 頬叩いて気合いを入れ直し、シューゼは辺りを警戒しながら警備の薄い白い塔の壁に移動する。と、肩から下げたカバンの中から小さな箱を取り出し、さらにその中にはネズミが入っていた。


 尻尾を摘み、ネズミを持ち上げる。と、シューゼは、


「窓はなくとも、風の通り道がない建物なんてありえないはずだ」


 と言って、それから、


「……いつも食べてばかりなんだから、少しは働けよ」


 と、ネズミを白い塔に向かって放った。


 ――――ここね、どこからかやって来ては、配給所の食べ物を全部食べようとするネズミがいるんだ。あいつ、飯にだけは真っ直ぐ向かうんだ。


 そう、これは炭鉱に住み着いたネズミだった。


 ネズミはクンクンと鼻を鳴らすと、壁伝いに進んでいく。そうして、時々走ったり歩いたり止まったりしながら、たどり着いたのは――――いい匂いの流れでる四角い穴だった。


 ただし、その入り口は格子で閉ざされており、シューゼどころかネズミが何度か挑戦してみても通り抜けられそうにない。


 すると、ネズミは今度は地面の切れ込みに向かって鼻を鳴らす。シューゼはその中を覗いてみてようやく分かったのだが、それはあまりに綺麗な排水溝だった。


 蓋を開き、ほふく状態になり、小さな案内人に続いて排水溝を進んでいく。その時、シューゼは手にあるものを握っていた。


 そのうち、ネズミが立ち止まって排水口に差し込む光を見上げた。


 そして、シューゼが排水溝の蓋を少し開けてやると、ネズミは元気よく地上へ飛び出していった。


「――――きゃぁああああああッ!! ネズッ! ネズミッ!!」


 皿の割れる音がして、地上は一瞬で騒ぎになる。どうやらネズミが上手くやってくれたようだ。


 すると、シューゼはあらかじめ手に持っていた魔石探知機――――もとい生物探知機(・・・・・)を壁に当て、排水溝の向こうに誰もいないことを確認してから地上に出る。そこは、台所だった。


「凄い……。こんなに新鮮なトマトに肉……。それにパンまで……」


 シューゼは手に取って、食材をマジマジと見つめる。しかし、外からバタバタと足音がしてシューゼは正気に戻ると、再び廊下に向かって生物探知機を使った。


 そこには、全く反応がなかった。ので、シューゼはひょっこり顔を出してみる。


 廊下は、右にも左にも広がっていた。


「……エリオがいそうなのは」


 その時、「こっちです」という声と共に何人かの足音が右側から聞こえてくる。おそらく、ネズミに驚いた使用人たちが騎士を連れて戻ってきたのだろう。


 シューゼは部屋を飛び出すと、左側の廊下の向こうに誰もいないことを生物探知機で確認してサッと隠れた。


「ふぅ……。さて、どうするかな」


 とにかく何か手がかりを手に入れるため、シューゼは生物探知機を使いながら廊下を進んでいく。――――と、1つの人影が浮かび上がってきた。


 息を殺してその人影を待ち構える、シューゼ。やがて現れたその正体は、何やら結婚式に必要な書類と物品を台に乗せて運ぶ侍女だった。


 そして、シューゼは直感する。侍女にしてはメイドの服も着ておらず、整えられた身なり。それに彼女が手に持っているものは、おそらく結婚式で使われるものだろう。と、するならば、あの物かあの侍女かを追っていけば、いずれ会場に辿り着けるはずだ。


 そう結論付けると、シューゼは侍女の備考を開始する。――――が、その直後、侍女が後ろを振り返った。


「……」


 侍女は(くう)を睨み、それから振り返って再び歩き出す。と、シューゼは廊下に置かれた小さな花瓶の置かれた台の裏から姿を現し、なんとかやり過ごした。――――しかし、それで終わりではなかった。


 それから侍女は数メートル進むごとに何度も振り返り、シューゼはその度に扉の前の細い窪みに隠れることになったり、手すりにぶら下がって隠れることになったり、天井に張り付いてみたりして、なんとか視線を躱し続けた。


 すると、ここで再びシューゼの足が止まる。


 それは、もう会場近くになった時のことだった。あたりには貴族と淑女、そしてそれを警備をする貴族騎士で溢れ、メイドも忙しなく行き交いしていた。


 近くで声がして、シューゼはとりあえず横にあったカーテンの中に身を隠す。


(どうする……? 貴族には紛れられないだろ……)


 シューゼは自分の身なりを確認する。それは、なるべく小綺麗なものを選んだものの、貴族たちどころか侍女たちものとさえ質は雲泥の差だった。


(……これじゃあ、カーテンの方がいい格好だ)


 と、その時――――結婚式を告げる鐘が鳴って、騎士が、


「それではこれよりジーク様並びにリリエ様の結婚式を行います。会場の外にいらっしゃる関係者の皆様は、中に入ってお待ちいただくようお願いいたします」


 と、あたりに声をかける。


 シューゼは、カーテンの中でキュッと手を握る。


 いよいよ、生死を決するエリオの奪還作戦が始まるのだった。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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