13 君が見せた光
シューゼは、咳で目を覚ます。――――あれから、どのくらい時間が過ぎただろう。
身体が変に熱かった。外は熱くて、でも体の芯は冷え切っていて。節々は軋み、喉が乾燥して時々張り付く。状態は、最悪だった。
ただし、ガラクタ置き場の凹凸入り混じった固いベッドではなく、もっと柔らかな感覚に身を包まれていることが肌の感覚を通じて分かる。誰かが、自分を拾ってくれたのだろうか。
すると、その誰かがシューゼの咳を合図に部屋に入ってきた。
「おい、大丈夫か」
その正体は、おかゆを持ったポッポだった。
「起き上がれるか?」
その言葉を、ぼーっと蒸気エンジンのように茹で上がっている脳を使って、シューゼはなんとか理解する。と、ポッポの介助を受けながら、何とか上体を起こした。
「……ごめん。家にお邪魔してしまって」
「お邪魔するって……。雨の中ガラクタ置き場で倒れていたお前を、勝手に俺が運んだだけだ」
そう言って、ポッポは半ば無理やりシューゼの口にお粥を運び入れた。そして、ポッポは尋ねた。
「何があったんだ?」
「……エリオが、連れて行かれたんだ」
それから、シューゼはこれまであったことを洗いざらいポッポに話した。もちろん、ダントンが通報したということまで。
ポッポは、それを黙って聞く。語るうちに何か込み上げてくるものでもあったかと思ったけど、涙は昨日の大雨と共に流されてしまっていてシューゼは泣かずにいられた。
「……そうか。やっぱり、ダントンが。昨日、雨の中に慌てて走るダントンを見たんだ。普段は、こっち側に来やしないのに。それで、すぐに噂が回ってきたんだ。お前の家が、貴族騎士に襲われたって」
「うん……」
ポッポの言葉を、シューゼは語った内容とは裏腹にやけに冷静な態度で聞いて頷く。そして、少し考え、それから、
「――――それで、問題はどうやって連れ帰るかなんだ」
と、尋ねた。
「……え?」
「助けに行かなきゃ。エリオを。僕らの、夢のために」
ポッポは、その青痣だらけの身体とは裏腹に前向きでやる気に溢れた態度を見ると、目を丸くした。
――――だけど、もっと欲張りになっても良いのかな。
そして、それから「にはははははっ!」と笑い出すと、
「さすがだよ、シューゼ。やっぱお前はすごいやつだ」
と、ポッポは自身の目からこぼれた笑い涙を拭った。
「……なあ、俺たち友達だよな」
「う、うん」
シューゼがそう答えると、ポッポはズイッとシューゼに迫る。そして、
「ならさ、手伝わせろよ。友達の夢くらい。3人で出るんだろ。この町から」
と、シューゼの胸をポンと叩いた。
「ポッポ……」
すると、その勢いに押されるかのようにシューゼは背中からドサッとベッドに倒れ込み、そのまま右腕で目を覆った。
「ありがとう。……さすが僕の友達だ」
と、口元を緩ませた。
▼ ▼ ▼ ▼
月光が差し込む、とても広くて、とても静かな部屋。
月に照らされた、とても綺麗な格好だけど、とても空しい心。いつもつまらないここは――――エリオことリリエ・エンドの寝室だった。
窓を開いてみても、外はガス灯のおかげで明るいのに、夜遅くまで騒ぐ人はいない。そもそも夜に行き交うのはほとんどが馬車で、人を見かけること自体が少ない。
「……」
自分の足先を眺めながら、ベッドの上でため息をつく。そのベッドの横の小さな台の上には、手のつけられていない豪華な料理が置かれていた。
しばらくして、ドアの向こうからコツコツコツと廊下を歩く音が聞こえてくる。
そして、その音は部屋の前で聞こえなくなったかと思うと、今度はコンコンコンと扉を叩く音がした。
「失礼します、リリエ様」
すらっとした容姿の凛々しいメイドが、エリオの寝室に入ってくる。
「ガッシュ様がお見えです」
メイドが頭を上げた先から現れたのは、エリオと同じ金色の髪をなびかせた冷たい表情の男だった。
「やあ、息災か。リリエ、わが娘よ」
「……はい、お父様」
「一時は脱走をしたと聞いて肝を冷やしたが、あの貧民どもから何の病気ももらっていないようで安心したぞ」
その言葉を聞いて、エリオは思わず奥歯を噛み締める。しかし、反論はできない。そんなエリオを、ガッシュは1周見回す。
「しかし、髪を切るとは……」
そして、愚痴をこぼすと、メイドを「おい」と呼びつけ、
「ウィッグの用意をしておけ。腰元まである金髪をな」
と、命令した。
エリオの状態を確かめ終えると、ガッシュは興味がなくなったかのように部屋から立ち去ろうとする。その背中に向かって、エリオは勇気を出して聞いた。
「……お、お父様。結婚式は、いつに、なるのでしょうか……」
「知ったところで、何になる」
ガッシュは足を止める。
「こ、心の準備とか……。身を清めたり……」
「――――7日後」
「……!」
「7日後。ラル男爵、およびその関係者があの白い塔に集合する。そこで君は、エンド家の人間でなくなる」
そして、冷たい目を自分の娘に向けた。
「他に準備に必要なことは?」
「……い、いえ」
「なら、もう逃げ出さないように。君はまだ、エンド家の人間なのだから」
体裁、それだけが本音に見えた。
結局、エリオはそれ以上何も言えず、ただ父であるガッシュの足音が去るのを待った。
遅れて、メイドが一礼して部屋を出ようとする。それを、エリオは「ねえ」と呼び止める。
「……お香はある? いつも寝る時につけていた」
「ご用意いたします」
「出来れば、強めで」
「……かしこまりました」
「それともう1つ」
「なんでしょうか」
「あなた、幸せ?」
メイドは少し黙り込む。
「……幸せとは、願いをかなえることですか?」
「違うの?」
「では、願いを叶えられなかった者は、須く不幸ですか?」
「それは……」
「私には、家族がいます。ガッシュ様に拾っていただくまでは、その家族は学校に通えず、さらには働いても親に搾取され、その親は村に搾取され、村は国に搾取され。うだつの上がらぬ生活を送っていました。しかし、今は学校に通うことはできずとも、安心して生活を送れる程度にはガッシュ様の元で正当な賃金をいただけています。でも――――」
「……でも?」
「――――私個人としては、のんびりと暮らし、普通に恋をして家族を作って、そうして死んでいきたいと思うこともあります。その願いは今もなお叶っていませんが、しかし、私は私を不幸だと思ったことはありません」
「なら、幸せとは願いを叶えることではない、と」
「結局のところ、幸せとは主観なのです。誰に見られるでもなく、自分の中にあるものです。そして、当人の納得できるものなのだと思います」
すると、メイドは最後に柔らかく微笑んでみせた。
「私は現状に納得しています。だから、幸せなのだと思います」
「……そう。ありがとう」
「失礼致します」
パタンと扉が閉まり、部屋は再び無機質な静けさを取り戻す。
「納得か。なら、私は……」
▼ ▼ ▼ ▼
「――――日取りが決まったぞ! 6日後だ!!」
夕方。
ポッポが、新聞を掲げながら荒々しく扉を開く。
部屋の中には、ガッガッガッガッと音を立てて、シューゼがお粥を一気に掻き込んでいた。
ポッポが机に新聞を叩きつける。と、そこには、“リリエ・エンド”と“結婚”の文字がデカデカと書かれていた。
「んでよ、結局どうするかだよな」
すると、ポッポが悩むように腕を組んだ。シューゼはリスのように食べ物を口に含み、ポッポを見る。
「僕たちには、エリオを奪還するにはあの貴族街の外壁を登らなきゃならない」
「それだけじゃねえぞ。エリオを奪還できたとして、そうそうこの町には潜伏できない。貴族騎士は血眼になって追いかけてくるだろうし、住民は俺たちを通報して金を貰おうとするだろから。つまり、奪還と同時に脱出できなくちゃならない」
「課題は山積み、ってわけだね……」
すると、右上を見上げるシューゼの顔を見て、ポッポが尋ねた。
「……ってか、お前さっきからなんで変な顔してるんだ?」
「いや、昨日ダントンさんと揉めた時からかな。ずっと、右の奥歯がグラグラしてるんだよね」
「おいおい。何を呑気に……。さらに悪い知らせだってあるんだぞ」
「悪い知らせ?」
「ああ。決行日は――――結婚式当日だ。というか、そうじゃなきゃいけない」
そう語るポッポの目は、真剣だった。だから、シューゼも姿勢を正して聞き返す。
「なんで?」
「さっきも言ったけど、俺たちは奪還と同時に脱出できなくちゃならない。――――つまり、エリオを取り戻した日に俺たちはガレージの飛行機で外に出るってことだ。そのために、俺はギリギリまで整備しなくちゃならねえ」
「うん」
「……だから、お前には――――1人でエリオを助けに行ってもらう必要がある」
「そっか……」
「飛行機のほうは、俺が何とかする。だから、そっちは……。つっても、本当は警備が厳しくなる当日は避けたかったんだけどな」
苦しそうな表情をポッポが見せる。しかし、一方でシューゼは窓の外の白い塔を見上げると、
「でもさ、あの壁を出入りするのは、貴族か商品を乗せた馬車だけ。当日は警備が厳しくなるかもしれないけど、その分、業者や貴族の出入りも増える」
と、言った。
「……ガードが固くなるのは、隙が多くなるからってわけか」
「うん」
2人はそう結論付けると、ポッポはパンッと拳と手のひらをぶつけ合わせて、
「よし! そうと決まれば、まずはお前を全快させるところからだな!」
と、気合を露わにした。
▼ ▼ ▼ ▼
「ジーク様、お時間です」
窓の外を白い鳩が飛ぶ。
控室から出てきた新郎――――ジークは、ギルに名前を呼ばれて赤い絨毯の敷かれた廊下に出る。
「おお、ギル。すっかり盗人だった頃の毒気は抜けて貴族騎士らしくなったね。妹は元気?」
今日のギルは以前と違い、正装に刀を携えるだけのフォーマルだが簡単な服装だった。一方で、ジークもオレンジの髪を後ろに流してかっちりと決めていた。
「……ええ。“ホールデム“の名をいただけてからは、外出もできるくらいに回復して」
「いただけてなんて、心にもないことを」
クスッと笑う、ジーク。ギルに対してジークは、他の貴族と騎士の関係よりも幾分か親しそうだった。
「そういえば、お手柄だったね。リリエ嬢を探し出したんだって?」
「ええ。ジーク様の狙い通り、向こうの家に借りも作れました」
「到着して次の日に式だなんて。労う時間もなくて、すまないね」
「いえ」
「……ギル、君の目にはどう映った。ガッシュ様は」
「想像通りの貴族といった感じです。……初めてお会いした時に、出自を訪ねてくる程度には」
「まあ、この町は差別主義者が多いから」
ジークは呆れたようにため息を吐く。が、それから冷たい表情を覗かせた。
「しかし、同時に――――世襲制が多いこの町の貴族の中で、それに甘んじず内外にいくつも商館を持つやり手でもある。家の格はこちらが上とはいえ、彼らを掌握できればこれほどやりやすいことはない」
「……それで3番目の妻とはいえ、20も年下と結婚ですか」
「そうなんだよねぇ……。35と15って……。まあ、ここまで来てしまっては仕方ない。リリエ嬢には申し訳ないが、礎になってもらおう」
ギルは、窓の外を見上げて立ち止まる。
「……俺も彼女も所詮は道具で、あんたもガッシュも所詮は貴族か」
そう呟くギルの名を、少し離れたところからジークが心配そうに呼んだ。
結婚式は――――もうすぐそこまで迫っていた。
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