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1 飛べないものたち

 


 数多ある銀河のどこか。


 ここではない世界のとある場所に《ヘリオス》という名の町はあった。


 その町は、周囲を幅600メートル、深さ1キロほどの輪状の巨大な溝で囲まれた地面の上に築かれており、まるで陸の孤島のようだった。


 レンガと木で造られたその町は、周囲の溝を炭鉱として利用しており、独特に発展した蒸気機関が住民たちの生活の根幹を担っていた。


 そんな閉鎖的で寂しく美しい町の中で、貧民の人々は今日もせっせと汗を流しながら、一日を生き延びるため働いていた。




   ▼ ▼ ▼ ▼




 ヘリオスの南西にあるガラクタ置き場のすぐそばの、ところどころ痛んでいるおんぼろ家。


 その2階のベッドで、14歳の青年シューゼは目を覚ました。


 シューゼは1度伸びをすると、ベッドから立ち上がり、窓の近くに置いてある日時計に向かってのろのろと歩きだす。カーテンを開けて、白く漏れていた光を当ててやると、影は真っ直ぐ、午前7時14分辺りを差した。


「まだ時間があるな」


 シューゼは自身の頬を2度ほど叩く。


 と、ぼろ布で作られた寝間着から着替えることなく、ぼさっとした黒髪もそのままにギシギシと軋む階段を下って、廊下の突き当りの扉を開いた。


 シューゼは部屋の中に入り、扉近くに置いてあるマッチで壁際にかけられた蝋燭に火をつけると、そのまま天井のランプにも明かりを灯す。


 すると、木の机の上に置かれた、整理された小さい道具入れや銀時計、分厚い本、ピンセット、大小さまざまな形をしたギアやドライバーが、暗闇の中から浮かび上がってきた。


 机の前の椅子に腰をかけると、シューゼは並べられたサイズの違う3つの砂時計の中から真ん中のものをひっくり返す。そして、麻で出来た作業用手袋を手にはめ、右目に拡大鏡を装着してから、ピンセットを握った。


 木の机の上に置いてある銀時計の蓋を開け、針がバラバラになくなってしまわないよう、慎重に取り出し始める。

どうして、この時計が動かないのか。シューゼは、今日もその原因を調べようと思っていた。


 1週間前の雨の日、家の近くのガラクタ置き場でこの銀時計を拾った。

 シューゼはその日から時間を見つけては解体をし、部品の錆を落とし続けた。そして、昨日やっとそれが終わったところだった。


 左目を閉じ、先の細いマイナスドライバーで、直径1ミリほどのネジを外していく。

 時々、頬を伝う汗が時計に落ちてしまわないよう服のそで口で額を拭い、手元にある分厚い時計の解説書と時計とを、琥珀色の瞳で見比べる。

 いくつかのギアを外し、いくつかの盤や枠も外したところで、時計の心臓部【テンプ】と呼ばれる部品が息をしていないことに気がついた。

 慎重にピンセットでそれを取り出し見てみると、先端の部分がすり減り、役目を果たしていないことが確認できた。


 シューゼは、【テンプ】をピンセットで他の部品と同じように麻布の上に置く。そして、ふぅという息とともに体を満たした緊張を外に吐き出した。


 すると、ちょうどその作業を終えたあたりで、シューゼの耳に聞こえ続けていた砂のこぼれる音が聞こえなくなった。


「……続きは帰ってきてからかな」


 机の前から立ち上がると、シューゼは机の上の物たちを落とさないよう箱に詰め、天井と入り口のランプに息を吹きかける。そして、薄暗い部屋を後にした。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 玄関の扉を開ける。

 外は、目の奥に針が刺さったのかと錯覚するほど明るかった。

 寝間着姿から一転、黒髪の上に帽子を被り、シャツとジーパンで身を包んだシューゼは、肩に荷物を下げ、レンガ造りの大通りに向かって歩き出した。


 道の上を行き交う人々は皆、色とりどりの、しかし、褪せた服を着ていた。

 それに、そのほとんどは、ワンピースを着ている女性か、シューゼと同じよう恰好をした男性ばかりだった。

 

 しかし、シューゼはそんなことは気にせず、ただ街の風景を楽しんだ。


 シューゼは、毎日変わらないようで毎日どこか違うこの町の風景を眺めるのが好きだった。

 かといって、ただ目的もなく気まぐれで家を出たのではない。

 シューゼの足は、自分の住んでいる地区の隣の地区のとある建物を目指していた。


 シューゼがそこへ向かう道をしばらく歩くと、南の橋の前の道をまたぐかという辺りで、ゴゴゴッ……、ゴゴゴッ……と、鉄と鉄とが絡み合っている音が聞こえてきた。


 そして、そこからまた少し歩くと――――シューゼの仕事場でもある炭鉱所の蒸気式エレベーターが見えてきた。


「おう、シューゼ」


 蒸気式エレベーターの前で、新聞を持ちながら咥えたばこをした男が、シューゼに声をかけてくる。


「おはよう、ダントンさん」


「なあ、シューゼ、知ってるか? 今日の大ニュース」


「大ニュース?」


 ダントンは毎朝、シューゼに新聞の中で一番の記事は何なのかを質問していた。そして、それはシューゼにとっての楽しみでもあった。


「そうだなあ、何かヒントが欲しい」


「貴族に関わることだぜ。き、ぞ、く」


「貴族かあ……。誰かが結婚するとか?」


「残念! 外れだな。正解は……」


 そう言ってダントンは間をたっぷりと取ると、マジシャンがトリックを成功させたときのように勢いよく細長い腕を振って、シューゼの前に新聞を広げた。


「エンド家……、捜索願い?」


「なんと、貴族のご令嬢が逃げ出したんだとよお! 特徴は金の長い髪に、青い瞳。背丈は……、お前と同じくらいだな」


 ダントンは嬉しそうに言い放つ。新聞の一面には誘拐や行方不明といった言葉が散りばめられていた。


「な、大事件だろ? 大ニュースだろ!? 見つけたら賞金が出るみたいでよ。家を買うどころか、しばらく遊んで暮らせるぜこれは……! 俺たち炭鉱夫にゃあ、夢のある話だよな! な!」


 段々と興奮して前のめりになる、ダントン。――――しかし、その時、カーンッ、カーンッ……と興奮するダントンの話を遮るようにして、この町の中央にそびえる白い塔から鐘の音が鳴り響いた。


 シューゼはそれを聞くと、ダントンの肩をポンと叩いて


「とりあえず、その話はあとでしようよ。早く行かないと親方に怒られちゃうよ」


 と、子供をあやすような口調で言った。

 先にエレベーターに乗り込み、ニコッとはにかんでダントンを見つめるシューゼ。


「なんだよシューゼ、つれないやつだなあ」


 ダントンは、そう残念そうに言って少し頬のこけた顔を歪ませると煙草を踏み消し、シューゼの後に続いてエレベーターに乗り込んだ。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 エレベーターは、どこまでも深く降りて行く。この町を囲う、大きな大きな穴だ。


 町は、周りを炭鉱の大きな大きな穴で囲まれ、その中心にろうそくを立てたようにぽつんと建っていた。


 シューゼが空を見上げると、町の四方に向かって橋が延びているのが見えた。この町を出るには、その長く伸びた4つの橋のどれかを通過する必要があった。


「この町を出るにゃあ、女は結婚。男は魔石を掘り当てて一攫千金。金で地位や特権を買うしかねえ。そんなに見上げたって外には出れねえぞ、シューゼ」


 横で、呆れたようにダントンが言った。そして、


「……さ、今日も労働だ。死ぬなよ、シューゼ」

 

 と続けると、ガシャンッとエレベーターが地面につく音がして、扉が開かれた。


 炭鉱での仕事は辛かった。


 入ってから2ヶ月の間は毎日、手のマメが潰れ、腕や腰は筋肉痛を超えて痛んだ。

 それでも10歳の時から4年もの間、炭鉱夫を続けているのは、それしか仕事がないからだ。


 土を掘る手を止め、天を見上げる。


 炭鉱中に張り巡らされた橋代わりの足場と、それを支えている柱の隙間から見える空はどこまでも青く、遠かった。


「魔石で、一攫千金か……」


 空を、白い鳩が町の外に向けて横切った。すると、太陽の向こう側から、カーン、カーン、と、朝と同じような鐘の音が聞こえてくる。


「きゅうけーい、きゅうけーい」


 親方が叫ぶ。朝8時から昼12時までの午前の部の労働が終了した。


 シューゼは地面にスコップを刺すと、放した手をそのまま自身の頭の上に持っていって伸びをする。


「さて、どうしようか」


 そんなことを声に出しながら考えていると、シューゼの上のほうの足場から、リン、リン、という鈴の音が聞こえてきた。


「おーい、シューゼ―!」


 てっぺんに鈴のついたへんてこな兜を被った少年が、シューゼに向かって手を振る。


「なんだーい!」


「外で、一緒に飯でも食おうぜー!」


「分かったー!」


 シューゼは口の横に手を置き大きな声で返事をすると、木で出来た大きな柱を中心に渦巻く螺旋階段に向かって走り出した。



  ▼ ▼ ▼ ▼



 鼻をくすぐるタマゴの焦げる匂いとラメ色に焼かれた玉ねぎの香ばしい香り。

 そして、鉄板の上から聞こえてくる食材の踊る音。全てが疲れ切った身体と食欲を刺激する。


 ぐぅと腹が音をたて、シューゼが少し照れくさそうに頭をかいた。


「分かるぜ、シューゼ。腹減るよなあ、この匂い。俺も早く食いたくてたまらねえよ」


 目の前の少年ポッポは、頭の鈴をリンリンッと鳴らしながら身体を左右に揺らし、配給される温かい食事を今か今かと待っていた。


 ポッポはシューゼと同い年だが、その背丈はシューゼよりもはるかに小さかった。シューゼから見ると、その姿はまるで何かのマスコットのようだった。


「はい、おまちどうさん」


 少しして、ふくよかな見た目をした女性が、シューゼたちの目の前に皿いっぱいの卵焼きを差し出してくる。


「どーもね、おばちゃん!」


 すると、それを受け取ったポッポが元気よく言った。

 それから、ポッポとシューゼは配給の列を進み、パンの詰まったカゴからパンを1つ取って列を離れた。


「今日は、上で食おうぜ」


 というポッポの提案に乗って、2人はエレベーターに乗って地上に出た。


 2人は町と炭鉱の境にあるレンガ造りの落下防止の壁の上を、左右に持った卵焼きとパンで、バランスを取りながら歩いた。

 シューゼよりも小さいポッポは風の抵抗が少ないのか、すいすいと壁の上を進んでいく。そして、先に眺めのいい場所に座り込んだポッポが言った。


「今日はな、お前にニュースがあるんだ」

 

「ニュース?」


 シューゼも、その隣に座る。すると、ポッポは「驚いて落ちるなよ」と言いながらポケットを漁った。


「じゃん!」


 ポッポは、OKサインのように手を丸くしてシューゼに向ける。


「これは……!」


 初めは何もないと思った、ポッポの手の中。しかし、よく見てみると、その中心にきらりとこちらを見つめる光があった。


 それは、赤色をした石だった。――――それも普通の宝石とは違い、石の中に模様のような藻が浮かび上がっている。


「……こ、これ! 魔石じゃないか!!」


「シーッ! シーッ! 声がでけえッ!! 何のために上に来たと思ってんだ!!」


「あ、ごめん! で、でも、これって……」


「実はな、出たんだよ。俺の掘ってた穴から、昼の作業中に」


「凄い……!! これで、何買うの!? 山盛りのケーキ!? 本!?」


「ふはははっ! そうはしゃぎなさんな。俺はなぁ、この魔石で――――」


「うんうん!」


「――――何も、買わん」


 肩透かし。

 魔石を出された時よりも、その言葉のほうが何倍もバランスを崩して壁から落ちそうになる。


「そんなスケールが小さいことには、使わねえっての! 忘れたか? 俺の夢を」


 すると、ポッポは町と世界とを区切る大きな溝の向こうに広がる、生き生きとした大地に目を向けた。


「まさか、ずっと言ってたあれって本当だったの……?」


 シューゼが尋ねる。と、ポッポは自信満々に言った。


「もちろん! 後は魔石を組み込むだけだ!」


「……そしたら、この町を出て行く(・・・・・・・・)?」


「ああ。てめえで、造った飛行機でな」


 ポッポは兜で顔が見えなくても分かるほど、眼前に広がる溝の向こうの草原に心躍らせていた。

 その顔を見ると、シューゼもゆっくりと大地のほうに目を向けた。


「……そしたら、寂しくなるね」


 自分は外に行けない。

 ハナからそう決めつけているシューゼの紡ぐ言葉に、ポッポは声のトーンを落とす。


「ああ」


「でも、ポッポなら大丈夫だよ。すぐに友達もできる」


「……ああ」


 すると、頭の鈴をリンッと鳴らしてポッポが聞いた。


「シューゼは、この町が好きか?」


「嫌いじゃないよ」


「なら、出て行きたくないか?」


「それは……」


「なんだよ。何だって、望むことぐらい自由だぜ?」


 シューゼは言い淀む。が、それから無理に声色を明るくすると、


「でも、ダントンさんもみんなもいるし。それに、僕はここで育ったから」


 と、答えた。


 シューゼとポッポの背中を、風が押す。

 さっきまで頭上にあった雲はあっという間に、大地の向こうの山の、そのまた向こうまで移動していた。


 この町で、4つの橋以外から外に出ることは難しかった。


 町の外側を囲う溝の上にはネズミ返しのような仕掛けがあり、溝の壁を上って脱出しようとしても最上部付近でどうしても落下してしまう。

 さらにその仕掛けの上では、貴族騎士と呼ばれる貴族の手のかかった者たちが、飛竜と呼ばれる小さな竜に乗って目を光らせていた。


 実際、この町ができたころには何度かそんな事件があったらしいが、全て失敗に終わったようだった。


「……でも、もし君が良いならさ」


 すると、しんみりとした空気になった中で、シューゼがぽつり呟く。そして、


「いつか迎えに来てよ。通行手形を持って、ここから連れ出してよ」


 と言って、ポッポに微笑んだ。

 その輪郭を太陽が照らすと、ポッポは口をキュッと縛ってから、


「……おう。任せろ。なんたって俺は、天才発明家“鈴鳴りのポッポ”様だからな――――」


 と、頭についた鈴をチリンッと鳴らして、胸を張ってそれに答えた。――――そんな時だった。


 耳を劈くような爆発音がして――――ポッポが宙に放り出された。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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