9 フランソワ視察を兼ねた新婚旅行に行く
披露パーティーが終わり日々が落ち着いてきた頃、酪農の盛んなマサダ地方に視察を兼ねた新婚旅行に行く事になった。
エミリーにドレスや乗馬服を綺麗に詰め込んでもらった。今頃アランもお付きの侍従が荷作りをしているだろう。
エミリーとクリストフと護衛を数人連れて出かけることになった。
馬車の中で苦しくないように締め付けないワンピースとヒールの低い靴にした。アランもシャツとパンツの軽装だ。
一番前がフランソワ達夫婦、二番目がエミリーでドレスや雑貨が積んである。
豪華ではないがそれなりに貴族らしいドレスや貴金属が積んであるので、エミリーは見張りも兼ねている。
それに併走してクリストフや護衛が馬で周りを固めて走っていた。
王都から離れると木々の緑が増え空気も澄んでくるのが分かった。
途中高級宿で宿泊することが決まっている。名産を使った料理が有名な所だったので楽しみもひとしおだった。昼食は地元のレストランで摂ることになっていた。フランソワは以前両親と一緒に来て美味しかったのを覚えていた。
「お邪魔するよ」
アランが声をかけて入って行くと店主が愛想よく出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。お嬢様、今は伯爵様ですね。お綺麗になられましたね」
「ここには美味しい思い出が一杯だわ。シェフの作るチーズたっぷりのオムレツが食べたかったの」
「腕を振るわせていただきます。ささ皆様どうぞこちらへ」
「紹介するわ、結婚したばかりなの。アラン様よ」
「おめでとうございます。お初にお目にかかります。これからもご贔屓にしていただけるとありがたいです」
フランソワ一行は貸切りのレストランでオニオングラタンスープや新鮮な野菜サラダ、ステーキや牛肉の煮込み料理を堪能した。男性が多いのであっという間に沢山あった料理が無くなった。
フランソワとエミリーが食べ終わる頃には皆珈琲を飲んでいた。
「昔と変わらずとても美味しかったわ。お母様達と来た日のことが昨日のように思い出せたわ、ありがとう」
「伯爵様にそう言っていただけて幸せでございます」
「また来るわね、ご馳走様」
クリストフが料金の倍の金額を払ったので、店主は目を見開いて九十度のお辞儀をした。
「美味しい店だったね、オムレツの中の溢れるようなチーズが堪らなかった。それに柔らかいステーキ。思い出しただけでまた食べたくなるよ」
「ええ、美味しかったわね。又来ましょう」
馬車に戻ったフランソワは込み上げる涙を我慢することが出来なかった。父や母の嬉しそうな笑顔が蘇り漸く泣けたのだ。
「ご両親のことを思い出したんだね。やっと泣けて良かった」
隣に座ったアランは妻の華奢な肩を抱きながら、ハンカチで涙を拭いた。
嗚咽を漏らしたフランソワはアランの暑い胸に顔を押しつけた。
暫く泣いていたフランソワはアランに凭れながらいつの間にか眠っていた。
フランソワにブランケットを掛けながらアランは、これからももっとこの人を守れる男になりたいと心に誓った。
二日かけてたどり着いた本邸に荷物を降ろすと家令達の大歓迎を受けた。
「お帰りなさいませ、ご主人様と旦那様。度々気にかけて帰って来てくださるのは嬉しいものですね」
「この間は畜産の方まで行けなかったから気になっていたの。牛も豚も病気になっていないかしら」
「元気でございますよ。清潔第一で皆よく面倒を見てくれております」
「それは何よりだわ。途中で食べたチーズやお肉がとても美味しかったから安心はしていたけど。明日は視察にまわるから馬を二頭お願いね」
「お部屋で少しお休みになられますか、それともサンルームにお茶をご用意いたしましょうか」
「お部屋で汗と埃を落としたいわ。お茶は後で部屋にお願いね。行きましょうか旦那様」
フランソワにはエミリーがアランにはクリストフが付き添った。
ゆったりとしたバスタブで固まった身体をほぐすと疲れが取れる気がした。
「エミリーもシャワーで汗を流すと良いわ。護衛達にも伝えて頂戴」
「伯爵様は本当にお優しいです。そこまで気にかけてくださる方はおられませんよ」
「クリストフ達は外を走っていたから埃が凄いと思ったの、屋敷が汚れるのは良くないでしょう?」
「そうでございますね、今日は風が強かったですし。彼らに申し伝えてから私もシャワーをお借りします」
夕食はシェフが腕によりをかけた透き通ったコンソメのスープ、蒸し野菜のチーズがけや、口に入れただけで蕩けるようなローストビーフ、トロトロに煮込まれた牛肉の煮込み料理が芸術的に盛られて出てきた。締めは濃厚なアイスクリームだった。牛乳の味が濃くて舌触りが良く口に入れるとすぐになくなった。甘さもしつこくなくて美味しい。
「シェフを呼んでちょうだい。とても美味しかったから褒めてあげないと」
言った途端にアランが羨ましそうな顔をしたが見なかったことにした。
「あなたが今日のディナーを作ってくれたのね。とても美味しかったわ。アイスクリームは領地でも売りたいわ。どうやって溶けずに保存しておくかがポイントになるけど」
「店の中に大きくて頑丈な木の箱を置き、水が漏れない薬を塗ると良いと思う。硝子の蓋を付けて中が見えるようにすると開けなくても中の様子が見えて良いと思うんだ。その箱に塩と沢山の氷を入れて溶け出さないようにしてから本体のアイスクリームを容器に入れておき、その都度取り出すようにすれば大丈夫だと思う。予想だけどね」
「あら素敵な考えだわ、旦那さまってそんなことも考えつくのね。早速空き店舗を探して頑丈な箱を作ってやってみたいわ。領地が潤えば嬉しいもの。でもアイスクリームを専門で作る料理人っているのかしら」
「若いですが腕のいい奴がいます。菓子作りに向いていると思っているので話をしてみます」
「それが上手く行けばお客様に渡すコップを考えないといけないわね。割れなくて軽いものってあるかしら。スプーンも欲しいわね。両方薄い木で作れたら問題ないわね」
「アイデアがいくらでも湧いてくるんだね、フランソワって凄いな」
「アランがアイスクリームの溶けない方法を考えてくれたからよ、取り敢えず氷に塩を入れて容器に入れたアイスクリームがどのくらい溶けないかやってみましょう」
氷の中のアイスクリームは半日は溶けないことが分かった。氷の大きさや入れる塩の具合で時間を延ばせる事も判明し、アイスクリームの販売を始めることが決まった。
新しく出来た橋を渡ってみたり、葡萄の木の生育具合を観察したり豚や牛の飼育の様子を見たりして視察は終わった。
視察件新婚旅行は慌ただしく過ぎて行ってしまった。
充分にフランソワと甘い時間を過ごせていないアランは半分諦めながら、今度こそ甘い旅行をと考えていた。
しかし、そうして出来たアイスクリーム屋はミルボ地方の名物になり、氷の箱に入れ鮮度を保ったままのチーズや生肉とともによく売れるようになった。
上がって来た利益で道路の整備を進める事になった。
交通がスムーズになれば事故も減り名産の往来が盛んになるだろうと考えた為だ。