5 フランソワのお祖父様
あっという間に夜会の日が来た。フランソワは朝からエミリー達に磨き抜かれていた。ドレスはアランの髪の色の深紅の色のプリンセスラインのドレスでフランソワの可愛らしさを余すこと無く表すものだった。これにアランにプレゼントされたダイヤモンドのネックレスと母の形見のイヤリングと指輪を着け、ドレスと合わせた靴を履いた。
エミリーが
「お嬢様とてもお綺麗です。アラン様も惚れ直されますよ」
と言って褒めてくれた。メイド達も口々に褒めてくれるので
「貴女達の腕がいいからよ、ありがとう」
と言えば
「元が宜しいのです、腕の振るいがいがあって嬉しいです。少し化粧をされただけでどなたにも負けないお美しさです」
メイドと賑やかに話していると支度が終わったアランが入って来た。
フランソワの瞳の色の青い空のような色の正装に身を包んで、前髪を後ろに流していた。整った顔が愛しげにフランソワを捕らえた。
「なんて美しいんだ。女神が舞い降りたようだ。僕の色がこんなに似合うなんて光栄だ」
「アランも素敵よ。今日は傍を離れないでね」
「当然だよ、君から離れる気は毛頭ないよ。僕の家族も来るはずだから紹介したいと思っているんだ」
「私もお祖父様を紹介したいわ」
アランにエスコートされて馬車に乗り込み宮殿に向った。エミリーも一緒だ。
クリストフは馬で来てくれている。
宮殿に着きアランのエスコートで馬車から降りた。
ここからは伯爵として振る舞わなくてはいけない。
デビュタント以来の宮殿はあいかわらず神々しい程雅やかで色とりどりのドレスの花が咲き、光の洪水で溢れかえっていた。
今までアランに注目していなかった令嬢や夫人がミルボ伯爵の隣にいるだけで
「あの素敵な方はどなたかしら」「社交界にあんな貴公子いたのかしら」
と言っているのが聞こえフランソワは胸を張りたい気持ちになった。
私が育てたのだと。
王族が登場されると今年結婚する貴族を紹介された。数組ありその中の一組がミルボ伯爵家だった。かつて社交界の華と呼ばれた母親にそっくりな伯爵と多分今まで気にも留めていなかった美貌の貴公子のカップルは人々の関心を引いた。
「令嬢しか残らなかったのに伯爵家を立派に存続されて素晴らしいですわね」
「やはり後ろ盾が違いますもの」
ひそひそと話す声が聞こえてきてアランは隣にそっと目をやった。フランソワは凛として前を向いていた。
これから王族からお祝いの言葉をいただくために順に並ぶのだ。
最高のカーテーシーと礼をして待っていると
「ミルボ伯爵婚約おめでとう。当主の仕事も頑張っているようではないか。そなたが伴侶になるスターリング子爵令息か。文官としても優秀だと聞く。伯爵を頼んだぞ」
「ありがたきお言葉、心して精進して参ります」
「ありがたきお言葉にございます。伯爵と共に国に尽くす所存でございます」
一通り挨拶が終わり陛下と王妃様のダンスが披露され、王太子夫妻のダンスが終わって婚約者達のダンスとなった。
フランソワ達もダンスを踊った。アランはリードが巧みでとても踊りやすかった。
「これで晴れて婚約者だと知らしめることが出来たわ。ダンスが上手なのね、踊りやすいわ」
「貴女に恥はかかせられないので頑張ったんだ。後で褒めて」
褒めては膝枕をして頭を撫でることだ。本当に大型犬の様だとフランソワは可笑しくなった。
ダンスの後は挨拶まわりが残っていた。まずはアランの家族からだ。義父になる人には一度会ったが他の家族には会っていなかった。
人の良さそうな義父と優しそうで可愛らしい義母に穏やかそうな長兄と活発そうな次兄が揃って待っていた。
「ミルボ伯爵といいます。この度は令息との婚姻を許可していただきありがとうございます。私のことはフランソワとお呼びください」
「アランにこんな素敵なお嫁さんが出来るなんて思っていなくて、家族でお祝いしましたのよ」
「光栄です。忙しくしておりましてご挨拶に行けなくて申し訳ないと思っております」
「大変だった事情は存じていますのでお気になさらないで。またゆとりが出来たら遊びに来てくださると嬉しいわ。でも何もない所なのでがっかりされるかもしれないわ」
「母上、ご自分ばかり話さないでください。私は上の兄のサーマスと申します。よろしく」
「フランソワです。よろしくお願いします」
「私が次兄のヨハネスです。騎士をしています。よろしく」
「フランソワです。よろしくお願いします」
「今日はまだ挨拶回りがありそうだから私達はこれくらいにしようじゃないか」
と父の子爵が締めて解散となった。
「一言も入り込む余地が無かった」
しゅんと下がった耳が見えたような気がした。
「良いご家族だわ。これからお祖父様に会って貰いたいの。部屋を用意させているのでそちらに行きましょう」
案内された部屋は宮殿の奥にあった。
ここって王族の居住区じゃないかとアランが訝しんだその時に豪華な扉の前に着いた。扉の前には近衛騎士が立っていた。扉が開けられるとよく知っているご尊顔が見えた。
前国王陛下だった。
「お祖父様、お会いしたかったですわ」
「フランソワ、儂も会いたかった。見張りにはよく連絡を貰っていたが実物はやはり可愛いものだ。そなたが婿になる男か」
「我が国の美しい夕日であらせられます前陛下にご挨拶を申しあげます。アラン・スターリングと申します」
「ごめんなさいね、驚かせて。私の母は側室の産んだ第五王女だったの。伯爵だった父に一目惚れして押しかけたので一応秘密になっているのよ。もう公然だと思うのだけど。お祖父様はとても母を可愛がっていらっしゃったから、そっくりな私も可愛がっていただいているの」
「驚きましたが妖精姫と言われている所以が分かりました。そういえば昔の王女様の肖像画とそっくりです。早く気が付かなくて申し訳ありませんでした」
「アランとやら、萎縮するのは良くないぞ。そなたには大事な孫を守ってもらわねば困るのだからな」
「はい、命に代えましてもお守りします」
「ゆっくりお茶を飲もうではないか」
「お祖父様とお茶を飲むのは久しぶりですわね」
アランはこの時に飲んだお茶が美味しいのかどうか味が全くわからなかった。