11 アラン女性達を躱す
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「旦那様は成長なさいましたね」
「そうね、貴方達の教育の賜物だわ」
「もったいないお言葉でございます。伯爵様を想われているのが原動力になっているのですよ」
あの日アランが注文していたエメラルドの指輪が宝飾店から届けられた。アランからプレゼントを渡されたフランソワは思いがけないサプライズに熱いものが込み上げて来た。
「良く頑張っている貴女にあげたかったんだ、受け取ってくれる?」
「もちろんよ、こんなに嬉しいことってないわ。着けてくれる?」
箱から取り出した指輪を白魚のような中指に通した。ぴったりとはまった指輪は
元からそこにあったようにキラキラと輝いていた。
「いつもアランと一緒にいるみたいで嬉しいわ。一生大切にするわね」
「そう言ってもらえると贈った甲斐があるよ」
アランは指輪にキスを落としフランソワを熱い目で見つめた。そこから寝室に連れて行かれたのは自然な流れだった。
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アランの実家はこれといって名産が無かった。小麦は作っていたが豊作の年と不況の年があった。同じ畑に同じ物を作るのは良くないと知ってはいたが、代わりになるものがなかなか用意できなかった。
アランの予算を使って蕎麦を植えてみてはどうかと王都のタウンハウスにやって来た長兄に言ってみた。
「それはありがたいが伯爵様は良いのか?」
「提携できる産業があれば考えてほしいと言ってもらっているから大丈夫だよ」
「助かるよ、今年は豊作だが来年はどうか分からない。困っていたんだ。挨拶をさせて欲しい」
「もうすぐお茶会から帰って来るはずだから待っていて」
「そうさせて貰うよ」
久しぶりの兄弟は両親のことや長兄の妻や息子の話題で時間を気にすることなく話が弾んだ。
玄関に馬車の音が聞こえた。
「帰って来たよ。兄上はこのまま待っていて。連れて来るから」
玄関に迎えに出たアランは兄が来ていることを話した。
「まあ、それはお待たせしてしまったかしら。でも水入らずの話が出来て楽しかったのではなくて?」
「そうなんだけど、話たいことがあるとフランソワに会いたがっているんだ」
『私も義兄様にご挨拶が出来て嬉しいわ亅
メイドにお茶を淹れ直させたアランは
「前にフランソワが言ってくれた件なんだけどスターリング領に小麦と蕎麦を植えたらどうかと兄に提案したんだ。僕の私費から出すつもりなんだけど、貴女にも知っといて貰いたいからね」
「ご無沙汰しております、お義兄様。お元気そうで何よりです。早速ですが蕎麦はいいと思いますわ。アランの私財を使わなくても良いです。家から投資という形で参加させていただきますわ。成功して蕎麦が採れるようになれば主食になるような物が出来ると思うのです。その時はこちらにも売ってくださいませ。
クレープみたいなガレットはおやつが有名ですけど、食事になるようにすれば小麦が出来ない時に領民が助かりますもの。質の良いものが出来ればアイスクリームのように、特産として売り出してもいいですしね」
「相変わらず聡明な方ですね。二人が幸せそうで何よりです。ミルボ伯爵家が蕎麦の栽培に提携してくださればこんなに心強いことはない、宜しくお願いします」
「頭を上げてくださいませ、アランの幸せは私も嬉しいのです。何より領民が飢えることなど考えたくもありませんもの」
「ただ蕎麦のアレルギーが酷い人は死に至る場合があるから注意してね、兄上」
「分かっているよ。安全に留意しよう」
「仕事のことはそれくらいにして、今夜はお泊りになってくださるのでしょう?客室に案内させますわね。お風呂を浴びられてからお夕食をご一緒いたしましょう」
「三人で食事をしてお酒が飲めるなんて嬉しいよ」
アランは末っ子らしい表情になっていた。大型犬はここから生まれたのねと思ったフランソワだった。
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アランは乳製品の商談のためある子爵家を訪れた。そこは海の近くに領地があるそうで是非アイスクリームを扱わせて欲しいと持ちかけられたのだ。海辺のリゾート地でアイスクリームを売るのは、ミルボ家としても嬉しいことだった。
是非にと話は纏まり特産のチーズやバターも一緒にという契約になった。企業秘密のレシピは肝心な所を秘されたまま後は子爵家のシェフの腕に託された。
ミルボ領に来たことのある領主が味に惚れ込んだらしい。牛乳が違うのでなるべく同じ様な味を出して欲しいと念を入れておいた。ミルボ領の牛乳は味が濃い。
傷みやすいので売るわけにもいかず、どんな味になるのか不安なところはあるが何度も試作をすれば良いだろう、頑張りを期待したいところだ。
弁護士のカーティスに立ち会いを頼み商談が成立し契約書を交わした。
次の仕事があるカーティスとアランは直ぐに帰ることにした。
途中で花屋に寄って花束を買おうと馬車を降りた時から令嬢達から声をかけられた。
「あの、もし良ろしければお茶でもいかがでしょうか」
「結婚しておりますので他を当たってください」
数回声をかけられるとうんざりして来た。文官の時は私服にお金をかけていなかったのでこんなことは無かった。上辺だけで判断する女性達が嫌になった。
頭に浮かぶのは愛しい妻だけである。漸く花束が買え馬車に乗り込もうとした時目の前で転んだ女性がいた。古典的な手だと思ったアランは護衛に手助けを頼んだ。だが女性は真っ青な顔をして蹲ったままだ。仕方がないので近くの町医者に運ぶことにした。
診察をしてもらうと極度の過労だろうと診断された。三日程入院が必要だと言われたが見もしらぬ他人だ。自分のことはくれぐれも漏らさぬように言いお金を置いて帰ることにした。
ところが一週間を過ぎた頃屋敷の裏口に旦那様にお礼を言いたいというあの時の女性が訪ねて来た。
あの医者口が軽いなと苦々しく思ったアランは使用人に人違いだと追い返すよう言った。後で密かに地方に飛ばしてやろうと思った。
「旦那様は覚えが無いと仰っておられる。ここはお前が来るようなお屋敷ではない。帰れ」
「あの時見ていた人が伯爵家の馬車だったと教えてくれたんです。せめてお礼を言っていたとお伝え下さい」
「旦那様の言っておられることが全てだ。これ以上騒ぐと警邏に突き出すぞ」
「申し訳ありませんでした。ご恩返しがしたいと思っただけなのです」
「そういう女が良く訪ねて来るが取り次ぐことはない。帰れ」
アランが婿に来てから愛人目当ての令嬢から平民の女性までが引きも切らなかった。
夜会で粉をかける者やさっきのようにお礼と称して屋敷の中に入り込もうとする者がいたのだ。
使用人達は伯爵様(お嬢様)を守るためには何でもしようと団結していた。




