10 アラン事故に遭遇する
読んでいただきありがとうございます
ある日アランはフランソワにサプライズのプレゼントをしようと貴族が買い物をするオッジ街に護衛を二人連れて来ていた。
伯爵家御用達の宝飾店で自分の髪色のエメラルドの指輪を注文し、深紅の薔薇の花束を買い王都で人気のケーキを買った。
満足のいく買い物をし馬車に乗り込もうとした時大きな音がし悲鳴が聞こえた。慌てて護衛と共に駆けつけると馬車の前で若い女性が倒れていた。
投げ出された馭者は全身を強く打っていた。
馬車に座っていただろう婦人と侍女が頭から血を流して倒れていた。
ドレスから見れば婦人のほうが身分が上のようだ。野次馬が呼んできた医者も咄嗟にそう判断をしたらしい。婦人の手当てを始めた。
頭の血は多く流れていたが、どれくらい中の方まで影響が出ているのか分からないので近くの病院へゆっくり運ぶことになった。後から侍女と馭者も同じ病院に運ばれた。
若い女性は侍女の姿も護衛の姿も見当たらなかった。どうやら足を怪我しているようだ。こちらも病院へ運ぶことになったが、話を聞かせて欲しいと駆けつけた騎士達に囲まれてしまった。最初から見ていた訳でもないのでわからないと言ったが、話を聞くだけだと押し切られてしまった。
野次馬が騎士達が来た途端蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったからだ。
平民は貴族と関わり合いになりたがらない者の方が多い。
仕方がないので、取り敢えず馬車を先に返して後で迎えに来てくれるように頼んだ。
「じゃあ、駆けつけた時にはもう事故が起きていたのですね。野次馬の情報だと娘さんが飛び出して馬車に当たったということで間違いがないと」
「ええ、行った時にはもう事故が起きていて四人が倒れていました。うちの護衛も見ていましたので聞いていただければ良い」
「侍女も付けずに歩いていたとなると平民のお嬢さんか、訳アリの令嬢でしょうか。意識が戻るのを待って聞くとしましょう」
「婦人はサウズ子爵家の方でしょう。馬車の家紋で分かった」
「ありがとうございます。おい直ぐに連絡を取ってくれ」
上官らしい男は部下にそう命令した。そこへ別の部下が入ってきて上官に耳打ちをした。
「ミルボ伯爵様、ご令嬢をご存知なのではありませんか?アラン様と呟いているそうですよ」
「見知らぬ人だった。知っていればさっきのように直ぐに教えた。一方的に知られていたとしても名前を呼ぶ許可を出した覚えはないのだが」
「もう一度顔を見てくださいませんか。どこの誰か分かれば我々も助かるのです」
むっとしたが人助けだと思って病室まで付いて行った。
あまり関わり合いになりたくないので二人の護衛も呼んで貰った。そちらにも聞き取りはあったようだ。
「どうでしょう?知り合いの方の中にいらっしゃるとかないですかね」
「知らない人だ。何処ぞのアラン様と間違えているのではないのか?よくある名前だ。これ以上侮辱すると伯爵家から抗議を入れる」
アランは怒りのあまり額に青筋が出来ていた。
「旦那様は奥様一筋なのだ。変な言いがかりを付けるのは止めていただこうか」
護衛の一人が抗議しもう一人も力強く頷いた。
「好意で一緒に来てみれば我が身を疑われる発言、看過できぬ。帰らせていただく」
いい買い物をして良い日になったと思っていたのに、恩を仇で返すとは許さないと腹立たしく苦々しい気持ちになったアランだった。
屋敷に帰ると可愛らしいフランソワが出迎えてくれ、アランは直ぐに機嫌が良くなった。フランソワの纏う清涼な空気はアランの怒りを鎮めた。
「事故に遭遇されたとか、大変でしたわね」
「貴女に花束とケーキを直接渡したかったのに駄目になった」
しょぼくれた大型犬が見えた気がした。
「まあ、まだ受け取っておりませんわ。それはどこにあるのでしょう」
「旦那様がそう言われると思って花束は水に漬けてあります。直ぐに綺麗に包装し直して持ってこさせます。ケーキは冷蔵室の中でございます」
「メイナードは気が利くね」
「伯爵家の執事ですから当たり前でございます」
騎士団の知り合いに手を回し担当だった騎士の名を手に入れた。サルーという低位貴族の五男だった。チームを纏める役をしているらしいが礼儀がなっていなかった。裏から手を回して地方に飛ばすことにした。
それを影から聞かされたフランソワはにっこり笑った。伯爵家をコケにしたも同然、消されなかっただけ有難いと思いなさいと黒い笑みを浮べたのだった。
馬車にぶつかった娘の情報も手に入れた。あの日アランを遠くで見かけて他のものが目に入らず、やって来た馬車に気が付かずぶつかったらしい。王宮の職員だったらしいが子爵家への損害賠償で屋敷は売りに出され本人も娼館に売られた。
人の旦那様に懸想をするからだと冷めた思いで報告を聞いた。
子爵家の馬車にぶつかった時点で切り捨てられても文句の言えない立場だったのだ。どちらが良かったのかは本人にしかわからない。
関係のないことだとフランソワは考えるのをやめた。




