1 フランソワ伯爵になる
よろしくお願いします。
フランソワが部屋で刺繍をしていると、玄関周りが騒がしくなったのが聞こえた。お父様たちがお帰りになったのかしら、お迎えに出なくてはと立ち上がろうとした時執事のメイナードが慌ただしく部屋に入ってきた。
「メイナード、ノックはどうしたの」
「お嬢様大変でございます。旦那様達の乗られた馬車が事故に遭われてお二人共亡くなられたそうでございます」
それを聞いたフランソワは目の前が暗くなったが、遺体を見るまでは信じられず急ぎ教会の霊安室に行くことにした。
お父様達は一週間程前から領地の視察に行って今日タウンハウスに帰ってくる予定だった。王都では雨は降っていなかったが帰る途中で雨でも降って地盤が緩かったのだろうか。否、馬車に不具合があったのだろうかとフランソワの頭の中は色々な想像が駆け巡っていた。
両親は途中豪雨が降りぬかるんだ道で馬車が道を踏み外したせいで脱輪し、崖から転落し首の骨や肋骨が折れていて即死だったそうだ。父が母を抱きしめていたらしい。最後まで母を守ろうとした父のことを誇りに思った。
血を拭かれ衣装を整えられて花に埋もれ棺の中に眠っている二人はまるで眠っているようだった。
どうか神の国でも幸せになってくださいとフランソワは祈りを捧げた。
それからはやることが多すぎて泣く暇もなかった。フランソワは十六歳になっていたので爵位は譲り受けることが出来たが、後見は必要だったので母方の祖父にお願いした。
領地は畜産が盛んで乳製品や肉等の加工品やお菓子の生産に力を入れていて、財産はたっぷりあった。しかし今まで本格的に領地経営を学んでいたわけではなかった。執務の手伝いはしていたとはいえ経営の何たるかも知らなかったのだ。
このままでは良からぬことを考える親戚や他人にまで騙されて、身ぐるみ剥がされて最悪娼館に売られることになるかもしれないとフランソワは強い危機感を抱いた。
取り敢えず昔から仕えてくれているメイナードと
古くから家の弁護士をしているカーティス、
幼少の頃からフランソワの専属メイドのエミリーを味方にして執務を回していくことにした。
祖父に頼んで優秀な文官を紹介してもらった。祖父が目をかけていた若手らしく名をクリストフと言った。男爵家の三男で幼い頃から家を出るつもりで勉強を頑張っていたようだ。
次々と書類を片付けていく様は素晴しくフランソワのやる気に拍車をかけた。
気づけば両親の喪が明けて一年が過ぎていた。どうにか執務をこなし領地にも顔を出せるようになった。
伯爵でありふわっとした金髪で空のような瞳の儚げな見た目のフランソワは御しやすい相手として見られているのだろう。釣り書が山のように執務室に積み上げられていた。
メイナードとエミリーが振り分けをしていた。
「こっちは女好き、こっちは賭け事や贅沢で借金があります。これは頭が悪く使い物になりません。爵位は格下が多く次男や三男です。要らない者を押しつけようと考えているのかと思われます」
「そうなのね、結婚なんて面倒だわ。養子でも貰おうかしら」
「お嬢様、まだ十七歳ではありませんか。諦めるのは早いです」
「エミリー、クズと結婚して家を乗っ取られるという危機もあるのよ。もう少しゆっくり探したいわ」
「そうでございますね、喪も開けたことですしお嬢様の爵位認定式とデビュタントが御座いますね。そこで良い方が見つかるかもしれません。早速ドレスをと言いたいところですが、奥様がデビュタントの為に用意されていた物がございます。サイズが合わなくなっているかもしれませんので一度ご試着なさってくださいませ。これからのこともありますのでドレスメーカーには手配が済んでおります」
「お母様が・・・私は愛されていたのね」
「勿論でございます。奥様は厳しい方ではありましたが全てお嬢様のためを思い行動されておられました。お嬢様を支えられるような婿様も考えておいでだったでしょうに、伝えられないまま・・・」
「お二人はとても仲が良かったから私のことなどどうでも良いのかと思っていたわ」
「そんなことはございませんよ。失礼ながら愛情表現が下手だと思っていましたが、お嬢様がそこまで拗らせておいでだとは思いませんでした。申し訳ありません、私がもう少し早く奥様にご忠告できていれば」
「良いのよ、使用人の立場で主に言えるはずもないんだから」
「お嬢様、何と申し上げれば良いのか」
「両親のことはずいぶん昔に諦めていたわ。あの人たちは自分たちだけの世界にいて私は必要無かったもの。
けれどもう何も知らないお嬢様では居られない。早く立派な伯爵にならなくてはいけないのだから頑張るわ」
エミリーはまだ守られる立場のお嬢様の強がりが痛々しくて、自分が出来ることは何でもして差し上げようと決意した。
ドレスの手直しと新作の注文は高級メゾンカミーチェに頼む事になり、お針子が屋敷にやって来た。母が作っていたドレスは同じブランドのもので胸と身長が大きくなっていて少し手直しすることになった。生地はシルクとシフォンを何重にも重ねてあり小さな真珠が散りばめられていた。
アクセサリーも真珠で揃えられていて、靴も柔らかな革の真っ白なパンプスが用意されていた。
パートナーは婚約者がいない場合親族に頼むのが普通だが、フランソワは相手がいなかったのでクリストフに頼むことにした。
文官だが今夜は男爵家の三男として宮殿に入れる。普段は髪を下ろし目立たなくしている彼だが正装させると顔立ちの良さが際立った。銀色の髪を後ろに流して藍色の瞳に鼻筋の通ったイケメンに変わり、フランソワ始め屋敷の者は皆驚いてしまった。
「お嬢様、とてもお綺麗です。女神降臨ですね」
「貴方もとても素敵な貴公子よ。頑張るから側にいてちょうだいね」
「はい、必ずやお側から離れずお守りすると誓います」
こうしてフランソワは初めての社交界という戦いに挑むことになった。
早速読んでいただきありがとうございます。脱字報告ありがとうございます。助かりました。