転機
地震発生からすでに3日が経過していた。その間に俺は仲間と共に、多数の破損個所を修理したり、いつも通りの仕事をすすめたりしていったのだが、いつも心には地上の被害についての思いがひっかかっていた。だがいつ確認しても、『被害の報告はありません』の字が変わることはなかった。
―――何か引っかかる……
あれだけの地震で被害がゼロ? 絶対におかしい。あの後いろいろと調べてはみたが、わかったことは不可思議な事実だけだ。「アジアのほとんどが震度7レベルの揺れに見舞われた」「地球上のほとんどの箇所で少なくとも震度3以上の揺れを観測した」「どの地域でも被害の報告はない」などなど……
端的に言えば、地球が揺れたのである。それで被害がない方がおかしい。世の科学者もこの不可解な事象に疑問を感じ調査を続けているらしいが、今のところ何もわかっていないそうだ。
「ああクソッ! わっかんねえ!」
3日前からずっとこの調子だった。うるさいぞ、と下のベッドから声が聞こえたが頭に入らなかった。
わからない……なんであの揺れで建物の倒壊や津波がなかったんだ? 一体なぜ? ずっと考えていても答えは出なかった。シーツに染み付いた柔軟剤の香りがやけに強く感じられた。
そんな思考の日々に大きな転機が訪れたのは、そのすぐ翌日の事だ。
研究員全員がミーティングルームに呼び出され、研究科長が話し始めた。
「えー……マリアナ海溝の最深部に大規模な亀裂が発見されたらしい。超音波センサーで遠くから調査した結果なので詳しくは分からないが、この中の数人に調査に行ってもらいたいと思っている。誰か志願者はいないか?」
それは、唐突な話だった。世界で最も深い深海の底にヒビがはいった……と。
今からすれば、この調査に俺が参加することになったのは偶然ではないんじゃないかと、俺は思うのだ。