例の神話
旧石器時代。少なくとも日本ではそう呼ばれていた遠い昔。遥か彼方の果ての銀河。辺境の惑星にて1人の赤ん坊が生まれた。両親の愛情をいっぱいに受けて育った赤ん坊はすくすくと大きくなっていった。やがて17歳となった彼は両親を殺した。星の有力者を皆殺しにした後に彼はその星を征服した。彼の元には多くの信奉者が集まり、銀河を統べるのに時間はかからなかった。彼が20歳になる頃には銀河全域が手中にあった。彼は100年にも渡り銀河を統治した。アゼルバンヂャインは間違いなく史上最強の黒い魔法使いだったろう。人々は彼を“黒い嵐”と呼んだ。
しかし、対抗する勢力がなかったわけではない。たったひとつだけ帝王に抗うグループがあった。彼らは反帝国軍と呼ばれ、帝国末期には最後の希望と呼ばれ、全銀河の憧れの的だった。それでも全てがうまくいったわけではない。人の数こそ多かったものの個人の実力から見た戦力は目を向けられたものではなかった。敗戦に敗戦を重ね、ついに辺境の惑星に追い込まれた彼らは負けたものに思えた。
今思えば追いやられた惑星から脱出できたのも、初めて戦いで勝てたのも、100年という圧政に終止符を当てたのも、全て彼のおかげだったのだ。
イータ・チェキーオは間違いなく天才であった。彼が来ると戦場は息を吹き返し、敵は倒れていった。イータが反帝国軍に加わったことで仲間たちは士気が高まり、総力戦となった。両軍が銀河のあちこちで衝突を繰り返した。しかし、イータは1人。イータのいない戦場では敗戦が続いた。それでもイータは銀河中を飛び回り、敵と戦い続けた。
イータが反帝国軍に加わって10年が経った頃、反帝国軍は帝国の首都、惑星ドダリーに総攻撃を仕掛けた。小型の脱出ポッドで上陸し、旗艦は最高速度で帝国の最重要基地にぶつけた。作戦は成功した。基地は再起不能にまで破壊され、制御を失った艦は次々と撃ち堕とされた。ついに反帝国軍は完全に首都を潰した。この戦いを終えて生き残っていたのはイータを含め10人だった。しかし彼らは止まらない。戦いが終わり、すぐにその星を出た。逃げた帝王を追うために。
最終決戦の地は緑と青の美しい最果ての星だった。イータたちは小高い丘の上に艦を着陸させる。そして帝王が拵えた基地の中へ入っていく。もはやそこら辺にいる護衛は敵ではない。しばらく進むとひらけた場所に出た。奥の玉座には人がいる。帝王・アゼルバンヂャインのお出ましだ。
イータは間違いなく天才だった。しかし“黒い嵐”の前では落ちている枯葉に等しかった。イータの魔法が全く通用しない。それどころか10人が束になってやっと数秒打ち合える程度だった。アゼルバンヂャインはまだ玉座から立ってすらいない。ただ笑みを浮かべるのみ。
たった1分で全員が瀕死になる。アゼルバンヂャインは左手を伸ばしその手のひらを広げる。ートドメダー。漆黒の球がアゼルバンヂャインの手のひらで大きくなっていく。しかし次の瞬間、その球はまるで風船のようにパンッと破裂した。アゼルバンヂャインは目を見開く。その視線の先には、イータがいた。イータの体が色とりどりの光に包まれて眩く輝いている。アゼルバンヂャインはゆっくりと玉座から立ち上がる。次の瞬間、魔法の打ち合いが始まる。
魂と魂。意地と意地。志と執念。生と死。ひとつひとつがぶつかり合い、弾き合い、その音が調べを奏でている。一体何時間打ち合ったのだろう。いや、数分だったのかもしれない。しかし最後にはイータの右手から放たれた青い閃光が真っ直ぐにアゼルバンヂャインの胸を捉えた。アゼルバンヂャインは5メートルほど吹っ飛ばされた。イータはもう一度右手を突き出す。
ータイムリミットー。イータを包んでいた色とりどりの光は消えた。イータの体はバサリと地面に崩れる。互いに立ち上がる気力もない。地面を這って互いに殴り合う。イータは一瞬の隙をついて転がり、相手の手が届かない場所へ移動する。そしてポケットから碧く輝く石を取り出した。最後の力を振り絞り、イータは立ち上がる。碧い石をアゼルバンヂャインに投げつける。そして左手にはめていた指輪を外して手のひらで挟んで合掌する。すると再び色とりどりの光が手の中から溢れ出す。アゼルバンヂャインは地面を叩いて発狂する。次の瞬間にアゼルバンヂャインは黒い霧となり、石の中に吸い込まれた。先ほどまで碧く輝いていた石は突然に色をなくし、普通の石となった。
イータはヘナヘナと崩れ落ちた。その星の人々は歓喜に沸いて、駆け寄る。イータは一番乗りに来た少女に指輪を渡し、静かに息を引き取った。
銀河中が沸いた。圧政からの解放、帝王の死。人々はイータ・チェキーオこそが英雄だと信じていた。しかし彼の消息を知る者はいなかったし、ましてや彼が死んだとは夢にもおもわなかっただろう。