街はずれの電話ボックス
「もしもし…」
僕が受話器をとると、囁くような声が聞こえてきた。
街のはずれにある、電話ボックスを夕日が照らしている。今はすっかり、見なくなってしまった公衆電話のボックスだが、ここには、ひっそりと佇んでいる。
「もしもし、こんばんは。」
そう答えると、一瞬、無の時間が流れた。
「このボックスはよく使うんですか?」
そう尋ねてみると、また囁くような声で「初めて使うんです。」と返ってきた。
そこから僕は趣味の絵描きがきっかけで、街はずれのこの電話ボックスを見つけたことを話し、初めて受話器を取ったときのことを話した。
相手の警戒心が和らいだのか、
「わたし、孤独なんです。母は私が小さい時に亡くなり、父親は夜遅くまで働いていて、朝早くには出ていってしまう。この数ヶ月ろくに顔も見れていないんです。」「寂しさで暗くなってるのか、学校でも一人ぼっちで…」
と、悲しそうな声が受話器の向こうから聞こえた。
「だけど、そんなとき、学校で噂を聞いたんです。街のはずれにどこか遠い場所の人と繋がれる不思議な電話ボックスがあるって…」
「知らない人に電話をかけるの、怖くなかったの?」と聞くと
「誰にも自分のことなんて見えてない。幽霊みたいな気分でいるより、誰かに気づいて欲しかったのかも。自分って必要な人間なのかなとか、そういうことじゃなくて、わたしは確かにここにいるのに、無のように感じちゃってるんだ。」と相手は悲しさをこらえるように、話した。
似たような境遇で生きているから、気持ちは痛いほど分かる。
僕の父親と母親は、物心ついた時にはもういなかった。人里はなれた児童養護施設にあずけられ、今日まで生きている。
「あなたは、、、あなたは幽霊じゃない。」
強い口調で発した言葉に1番驚いていたのは、僕自身だった。そのままの勢いで続けた
「まだ、あなたには、ここまであなたを育てたお父さんがいる。味方がいる。」
「それで、あなたをしっかりと見ている、本質を、性格を、実態としてちゃんと見てくれている同級生がきっといる。1人じゃない。」
高ぶる気持ちに言葉を乗せて話すと、啜り泣くような音が受話器から聞こえた。
「あなたは、幸せになれる。頑張りま」と言いかけた瞬間、
ガチャ、プープーと電話が切れる音がした。
ハッと辺りを見回すと、日が落ちていた。
このボックスで電話出来るのが、夕日が沈むまでのわずかな時間であったことを思い出した。
(思いは伝わっただろうか。)そんな気持ちを胸にしまいこみ、僕はボックスの扉を開けて、その場を後にした。