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8話 ピンチはチャンス


 お互い決め手を欠き、なかなか点が入らずに回だけが過ぎていく。

 相手の実力を考えると大健闘と言っても過言ではないだろう。

 と言ってもほとんど柊一の投球のおかげなのだが。


 「柚花、諦めたらどうだ? お前じゃ俺には勝てないぜ?」


 「柊一、次は逃がさない」


 打順も一周し、また彼女が打席にあがってきた。

 それにしても、いちいち発言が怖いんだよな……


 柊一は顔を横へクイッと左へ二度振った。

 これは牽制けんせいをするという合図である。

 一球目を確実にストライクゾーンから外して投げてきた。


 「柊一、格好悪い……」


 柊佳と呼ばれた少女は悲しそうな表情を浮かべる。

 軽蔑というよりも、真っ向から勝負を挑んでこないことに対して残念がっているように見えた。


 「悪いな、俺も負けるわけにはいかないんだよ」


 柊一は俯き加減に答えた。

 しかし、言葉には怒気がこもっているように感じられた。

 こいつ、さっきの言葉に焚き付けられて冷静さを失っているようだ。


 柊一が投げた二球目のボールは相変わらず鋭い。

 ただ、動揺しているのかコースが中途半端だ。


 「爪が甘い」


 彼女がバットを振り抜くとパンっと乾いた音がグラウンドに響き渡った。

 見送るボールは無慈悲にも外野に並ぶ七人の頭の上を超えていく。

 体育大会のルールで記されているホームランエリアにボールは落ちたのである。


 「これで終わり」


 彼女はホームベースへ帰ってきて、柊一の方を向き宣言する。

 この体育大会は5イニング制なので次の回が最後だ。

 僕たちは先攻だが、次の回で追いつけなければ終わりである。

 ここまでまともに打てていないので実質ゲームセットと言ってもおかしくはない。


 今からでもバッターを一人残らず葬るか?

 いや、無理かな……もう手の内がバレてるし、避けられて終わりだ……


 その後、なんとか抑えることはできたが、雰囲気は重苦しい。

 半ば諦めムードが流れていたが、空気を変えるように一人声を上げた。

 というよりも空気が読めていなかった。


 「なんだかやれそうな気がしてきたから、記念にバットを振ってきてもいいかー」


 この状況でこんな間の抜けたことを言えるのは一人しかいなかった。

 そう、観月さんである。


 「いやー、なんか謎の自信が湧いてきたんだよね。ほら、私は足が速いしな」


 「ボールを打てなければ、足の速さは関係ないと思うよ?」


 思わずツッコんでしまっていた。

 なるべく関わらないようにしようと決めていたのに……


 ただ、このやりとりに満足したのか満面の笑みを浮かべたあと、軽やかな足取りでバッターボックスへ向かった。

 本当に喋らなければ美少女といってもいいんだけどな……


 「これであってたっけ?」


 そう言いながら観月さんは左中間の方へ向けて左人差し指を掲げる。

 その一連の所作には様式美のようなものを感じる。

 ホームラン宣言である。


 「なんだこの女? 俺からホームランを打てるとでも思ってんのか?」


 ピッチャーの男は憤怒しているように見えた。

 人ってあんなに血管が浮き上がるんだな……

 舐められていると勘違いしたようだが、彼女にそんな気はさらさらないのである。

 ただのおバカな少女のお茶目な行動なのだ。


 ピッチャーが投げたボールは野球部らしく、なかなかに鋭いものであったが、観月さんは軽々と合わせる。

 運動神経がいい人間ってなんでもできるんだな……


 打球はホームランとはならなかったが、左中間を抜けていき二ベースヒットとなった。

 

 「ソフトボールって慣れれば簡単なんだなー」


 それは君だけだから……

 僕は一人心の中で呟いたが、今日の初ヒットによりベンチはお祭り騒ぎになった。

 まるで勝利の女神を崇め奉るようである。


 「つ、次は私の、ば、番ですね」


 春咲さんは緊張のせいかナンバ歩きをしていた。

 こんな状況ではあるのだが、球技大会というのは本来楽しむためのものである。

 彼女には嫌な思い出として残ってほしくなかった。


 「春咲さん、リラックス! リラックス! 深呼吸して」


 僕はそう言いながら、深呼吸の動作をとる。


 「こ、こうですか?」


 彼女は僕につられて同じ動作を行う。

 動きは小さいながらも真剣に深呼吸をする彼女を見て胸が熱くなる。

 こんな些細なことなのにいちいち可愛いんだよな……


 「藍崎君のおかげで少し落ち着きました! では、行ってきますね」


 春咲さんはそう言いながら、表情を緩める。

 まるで太陽のような微笑みだ……

 見惚れている間に気づけば、バットを構えていた。


 素人らしいバットの握り方であるが、その姿もとても愛らしい。

 なによりも絵になるな……


 ただ、なによりも魅力的なのはその真剣な姿勢にある。

 子を見守る親のような気持ちになりながら、彼女の姿を見守るのであった。


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