4話 服も変われば雰囲気が変わる
始業式の翌日も三時間授業だったので、帰り支度をしていると急に声を掛けられた。
「藍崎ー。今日、暇？ まぁ暇だよねー」
失礼な発言が聞こえた方を振り向くとそこには、金髪ポニーテールの女の子がいた。
「えっと……チビな観月さんだっけ？」
「苗字はあってるけどチビは余計だぞ！ これからグラマラスに成長するんだからな！」
彼女の名前は観月陽葵。
胸は慎ましいが明朗快活な女の子だ。
最悪な話だが、今年も同級生になってしまった……
というか、別に僕は胸に言及したわけではないのだが……
普通に考えて、チビからその発想にはならないだろ？
「それで何か用があるの？ 僕は家に帰りたいんだけど？」
正直、今は相手をするのが面倒くさい……
彼女を保健室送りにしてでも走り出したいくらいだ。
「昨日、見ちゃったんだよねー。桜の木の下で美桜に告白してるところ」
観月さんは人の悪い笑みを浮かべてこちらを見てきた。
そりゃ、校門近くで春咲さんに告白したので目撃されていてもおかしくはないのだが……
なんで僕はあの場所を選んでしまったんだ……
桜のせいで頭がおかしくなっていたのかなぁ……
「まぁ、とにかくさ。私と付き合ってくんない？」
「は？」
彼女は今なんて言った？
聞き間違えでなければ、"私と"と言ったよね？
嬉しいけど、僕はそれを受け入れることができないんだ！
「ごめん、観月さん！ 君と付き合うことはできないんだ！」
この立場になって初めてわかった。
断ることも心苦しいという事を……
と思ったが、観月さん相手なら特に何も感じないな！ 気のせいだ！
この返事を聞いて、観月さんはあーごめん、ごめんと発した。
僕はなにか、誤解をしていたのだろうか？
「"私と"じゃなくて"私に"だったなー。些細なことは気にしないでくれ。マテ貝と羽アリくらいの違いだから」
「接続詞だけで意味はだいぶ変わるから！ 後、その二つは母音があってるだけで中身は全然違うから！」
彼女は国語が全くできないようだ。
例え方も下手すぎるだろ！
「そんな揚げ足とることないだろー？ そんなんだから振られたんだろ？」
「うるさい！ まだ振られたと決まった訳じゃない！」
なんて失礼な奴だ！
去年も散々振り回されたが今年も大変そうだな……
短時間しか話していないはずなのに、こんなに体力を消耗するのはこいつだけかもしれない……
「まぁまぁ、それは置いといて私に付き合ってくれるの？」
「そっちが振った話だからな！」
置いとくもなにも、僕はなにも言っていない！
しかし、断りたいのは山々だが埒があかないので観月さんに渋々ついていった。
僕は放課後、校内のグラウンドに立たされていた。
ここで何をやるっていうんだよ……
「ごめん、待たせたなー」
そう言いながら近寄ってくる彼女は体操服に着替えていた。
正直にいうと、容姿はとても可愛らしいんだよな……
まぁ中身が残念すぎるけどね！
だが、なぜか百メートルほど離れた場所に後輩？ らしき子もいる。
「藍崎……私に昨日の告白私にも言ってくれないか？」
「なんで、観月さんにそんなことしないといけないんだよ！」
はっきりと言って意味がわからない！
この状況で好きでもない子に告白するってどんな羞恥プレイだよ！
「昨日の美桜への告白を見て、ピンときたんだ……さぁ、早く！」
彼女の顔はいたって真剣だ。
この状況はジョーク以外の何物でもないが、この雰囲気が僕を解放してくれなかった。
「君のことが前から好きでした～。僕と付き合ってください～」
驚くほど気持ちのこもってない言葉が喉から先へ飛び出した。
この状況、すごくシュールだなー……
「昨日はそんなんじゃなかっただろー。さぁもっと気持ちを込めて！」
なんで、僕がこんなことを！
早く終わらせたい！ その気持ちが自然と言葉を外へと押し出す。
「あなたのことが好きです！ 僕と付き合ってください！」
その言葉とほぼ同時に彼女は僕に背を向け、走り出す。
「え？ すごく速い……」
その姿はこの世のものとは思えないほど美しく、見惚れるほどに綺麗だった。
こんなにもおかしな状況であるにも関わらず……
観月さんは後輩？ の元まで走り抜け、少し会話を交わしてからこちらへ戻ってきた。
「いやー、いけると思ったんだけどな…… お前、使えないな！」
「そっちがやらせたんだろうが！」
なんてやつなんだ！
人に恥ずかしい思いをさせておいて、この仕打ちはあんまりだろ！
「藍崎の昨日の表情をみたら今度の陸上の大会で利用できると思ったんだけどな」
これはどういう意味だ？
人の真剣なところに触れたら頑張れるとかそういうことかな？
「あの、気持ち悪いところを間近でみたら、嫌悪感で早く走れる気がしたんだけどなー」
「外道が！ 腹を切って僕に詫びろ！」
なんて失礼なやつなんだ！
これ以上付き合ってられるか！
僕は苛立ちを抑えられず駐輪場の方へと足を向けた。
「美桜は告白を受けて、どんな気持ちだったのかな……私は、とても……」
後ろから、なにやら呟く声が聞こえたが、気にせず歩を進めた。
帰り道は春の陽気のせいか、目から汗が止めどなく溢れ出るのだった。
