2話 ステゴ
「ただいまー」
言葉は誰もいない空間に虚むなしく響くだけだった。
僕はこの四月から二階建ての一軒家に一人で暮らしている。
なぜなら、姉は既に就職して一人暮らしをしているし、両親は……
思い出すだけでも腹が立ってきたぞ!
あれは先月のことだ!
「龍斗、よく聞け。お前に話さなければならないことがある。」
珍しく父さんが真剣な顔をして話しかけてきた。
だけど、僕は知っている。
こういう時の父さんの話は九割がろくでもないものだという事を。
いや、訂正しよう。いつ何時でもろくな話をしたためしがない。
「父さんと母さんはな、来月から…… 落ち着け、落ち着け! まだ取り乱すところじゃない!」
「取り乱してんのはそっちだよ! いいから続けて!」
父親に言っていい言葉ではないが、こいつは一体なんなんだ?
少し泣けてくる……
「気を取り直して…… 父さんと母さんは来月で離婚するんだ……」
「嘘…… あなた、私達あんなにも愛し合っていたじゃない!」
なぜか、隣にいた母さんが取り乱し、父さんを袋叩きにしはじめた。
僕はいったい何を見せられているんだ?
「い、痛い、じょ、冗談だよ! そんなわけないじゃないか!」
体を丸めて必死に叫ぶ父さん。
よかったとホッとする母さん。
それを蔑む目で眺める僕。
僕はこの二人と血が繋がっているだなんて信じたくなかった。
「本題に入る。父さんが海外出張に行くことになって、母さんも一緒についてきてくれることになった」
「え? いつから?」
あまりにも急すぎる。
そんな素振り全くなかったけど!
「……今からだ」
「おかしいだろ!」
僕は叫んでしまっていた。
それならもっと早くから決まってただろ!
「僕のことはどうするつもりなの?」
「大丈夫だ。二年間ほど留守番してくれればいいから」
「留守番にしては長すぎるだろ!」
何が大丈夫なのかもわからない。
どういう神経してるんだこの人は……
「まるで捨て子じゃないか」
「そうだな。二年間も一人暮らしをすればお前も立派な恐竜だ!」
「ステゴザウルスじゃないからな!」
この人は本当に頭がおかしいのか?
そもそも話も繋がってないから!
「あなた、違いますよ。私たちがいないと病気になった蚕になってしまうのよ!」
「捨蚕にもならないから!」
どうやら、母さんも話が通じないようだ!
大喜利大会でも始まっているのか?
家出しようかな……
そう思ったが、どのみち今日いなくなるしな……
「それは置いといて、なんで僕は連れて行ってくれないの?」
当たり前の疑問だ。
環境がが変わるのは不安だ。
海外ときたら尚更だが、一緒に連れて行くという選択肢はなかったのだろうか?
「いいか?父さんは母さんとイチャイチャ……家は死ぬのが早いからお前に守ってほしいんだ」
「まともなこと言おうとしても本音は漏れてるから……」
隠す気はさらさらないらしい。
要するに息子がいては邪魔なのだろう。
「龍斗、誤解だわ! お母さんはお父さんとイチャイチャしたいだけ! 今から高校変わるのも嫌でしょう?」
「本音ダダ漏れだよ! 気持ちを全く隠せてないから!」
ここまで言われたらどうしようもない。
僕がいうのもなんだが、親が多少煩わしいと思う歳頃でもある。
仕方がないから、快く送り出してやろう。
「父さんと母さんの気持ちはよくわかったよ……」
「わかってくれたか。さすが父さんの息子だ!」
正直、この人と血が繋がっていることは認めたくないが……。
ただ、譲歩したからには条件は出させてもらう!
「仕送りはしっかりとしてもらうからね!」
そういうと対面の二人は驚いたかのように目を見合わせた。
「龍斗……お前に金が必要なのか?」
「当たり前に決まってるだろうが!」
食費も必要なのでいるに決まっている。
バイトもしていないのに両親の都合で見放されてはたまったものではない!
「お父さん、時間ですよ?」
「仕方ないな、仕送りは後で考えるから取り敢えずこれを置いておく」
そう言いながら父さんは茶封筒を机の上に置いた。
「長期休みには帰ってくるからな」
そう言って両親は家を後にした。
「嵐のようだったな……」
僕はその場で一人立ち尽くしていた。
行ってしまった以上、どうしようもないので渡された茶封筒の中身を取り出す。
中には一枚の紙切れが入っており、父さんの字でこう書かれていた。
追伸 決して息子のことが煩わしいわけではないから安心してくれ! 父さんは母さんとイチャイチャしたいわけでは断じてない!
「あの野郎! ふざけんな!」
頭が真っ白になり拳を机に叩きつけていた。
普通そこは多少なりとも生活費を入れておくものだろ?
追伸って書いてるけど本文がそもそも存在しない!
はぁ……なんか疲れたからもういいや……
あの日の事を思い出して、気分が悪くなってきた……
二度と帰ってくるなと悪態の一つもつきたくなる。
今日のことも含めて疲労が出たのか、誘われるままに布団に潜り目を閉じたのだった。