1話 春の訪れは刺激的で
「は、春咲さん! 小学生の時からあなたのことが好きでした。付き合ってください!」
僕は高校二年生になったタイミングで一世一代の大勝負に出た。
彼女は顔を赤らめて少し下に俯く。
春風により絹のように綺麗な桜色の長髪が揺れる。
ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐり、吹き抜けていく。
「とっても嬉しいです……」
恥ずかしそうに更に顔を俯けながら彼女は呟く。
心の中でガッツポーズをしながら続きの言葉を待つ。
「私、実は好きな人がいるんです!」
「そ、それは誰なの?」
初耳の情報に僕はありえないほどに動揺していた。
この流れってもしかして振られたってこと?
いやいや、まだそうと決まったわけじゃない!
先ずは春咲さんの心に巣食う虫ケラの存在を知らなければならない……
「あ、藍崎君にはまだ教えられません!」
そう言いながら彼女は校舎の方へと走り去ってしまった。
僕は綺麗な桜の木の下に一人取り残される。
この想いは桜の花びらのように儚くも散ったのだ。
はたから見たこの姿はさぞかし痛々しいものだろう。
「龍斗、駄目だったみたいだな?」
豪快に笑いながらこちらに近づいてくるガタイのいい男が一人。
「柊一か…… 僕は傷ついているんだ、今はほっといてくれ……」
逆立った髪に鋭い眼光、いかにも柄の悪そうなこの男は矢桐柊一。
僕の悪友である。
「そこまで人を好きになれるなんて凄いと思うよ、胸を張って誇れるものだよ!」
「あまりにも恥ずかしすぎるだろ! 惨めだよ!」
慰さめようとしてくれているのは藤月杏
愛らしい顔つきにおっとりとした性格。
その風貌や振る舞いから姫若子と揶揄されるほどである。
「まぁまぁ、落ち着いて。女の子なんて星の数ほどいるんだから。きっと龍斗にあった子に出会えるよ!」
「それはそうかもしれない…… だけど僕にとっての星は一人しかいないんだ!」
杏が言ってることは理解はできる。
視野が狭くなっていることもわかる。
それでも諦めることなんてできない!
「安心しろ、龍斗」
今度は柊一がもったいぶって話しはじめた。
「星にはどれだけ手を伸ばしても届かないからな。要するに杏の理論でいくとお前は女性とは一生付き合えない」
「首を出せ、今すぐ刈り取ってやる!」
傷心の人間に対しての発言とは思えない!
こいつに人の心はあるのだろうか?
今日は始業式のため、授業がなかったので午前中に家路についた。
柊一と杏と駄弁りながら自転車を漕ぐ。
「そもそもだが、顔がダメなんじゃないか?」
唐突に柊一が呟いた。
なんて失礼なやつなんだ!
まだ、僕の心の傷を抉るつもりなのか?
「普通より上くらいの顔してるだろ!」
「なんというかB級のチャンピオンみたいな顔してるな」
普通より上。
やはり周囲の評価と自分の見解に乖離はないようだ。
「なんだかんだ、一番良いよね!」
杏も賛同して頷く。
「だよな、ブサイクの頂点って感じだよな」
「車道に蹴飛ばしてやる!」
僕はそう言いながら柊一の自転車へ思いっきり足を伸ばしたが届かなかった。
命拾いしてよかったな!
「よく見てよ! 365度どこからどう見ても美男子じゃないか!」
「実質5度だね」
杏からの指摘が入る。
あれ? 角度って365度じゃなかったっけ?
「そうだな。真後ろから見て、5度までならイケメンと呼べなくもない」
「真後ろから見ても顔は見えないじゃないか!」
僕の顔がどうのこうの言う前にイケメンの定義がおかしい!
柊一の発言もおかしいからな!
「そういえば、春咲さんの好きな人って誰だと思う? そんな噂は聞いたことないんだけど」
僕の疑問に二人も首を傾かしげた。
おそらく誰も知らない情報である。
告白する前にさりげなく色々な人と話をしたが浮いた話の一つもでてこなかった。
まぁ、年頃の女の子だから、思い人くらいいてもおかしな話ではないのだが……
「お前があまりにも気持ち悪いから嘘ついたのかもな」
柊一はニヤニヤとしながらこちらを振り向く。
殴りとばしたいくらいの満面の笑みだ。
人間どうすれば、ここまでの悪しき心を持てるのだろうか?
「僕は諦めない! 自分磨きをして振り向いてもらうんだ!」
「その意気だよ! 落ち込まずに精進していこう」
杏からの励ましが荒んだ心に染みる。
まぁ、何をしたらいいのかわからないけどね!
その後も当たり障りのない会話をしながらそれぞれの家に向かって分かれた。
だけど、僕の気持ちはモヤモヤとしたまま、晴れることはなかった。