9 緑の嫉妬 ブリーゼ2
テーブルの上に置かれていた刺繍入りのハンカチを手に取って、薔薇園に向った。
薔薇の小道に、色なしの女がいた。
薔薇の蕾に顔を近づけて、匂いを嗅いでいる。
銀色の髪が、ドレスに反射して、一瞬青く見えた。
ギルベルト様の色。
色なしのくせに、ギルベルト様の髪と同じ青色のドレスを着ている。
まるで、彼は自分のものだとでもいうように。
咲き誇る薔薇の花のような顔で、ギルベルト様を誘惑する女。
許せない!
気が付いた時には、ハンカチを投げつけて怒鳴っていた。
我慢できない!
私のギルベルト様の前から消えてちょうだい!
相手を貶める言葉が、次から次へとあふれてくる。
色なしの魔力なしなんて、生きている意味あるの?
貴族なのに、魔力で国を守る義務も果たせない能なし。
魔力のある子供を生むこともできない役立たず。
ただ、お情けで生きているだけなんだから、家にこもっていればいいのよ。
私の邪魔をしないで。さっさと消えてよ。
ギルベルト様に近づかないで。
声が枯れるまで罵ってやったら、ほんの少しだけ、すっきりした。
◇◇◇◇◇
「ブリーゼ様。婚約発表式はどうでしたの?」
「皆が心配してましたわ。ほら、例の条件があるでしょう? 色なしの子には会ったんですの?」
「ギルベルト様があんなに大切にしているんですものね。噂通りの美少女でした?」
翌日、教室に入ると、友人たちが私を囲んだ。
子爵家や男爵家の令嬢たちは、公爵家のパーティには参加できないものね。
「とっても素敵なパーティでしたわ。皆さんも来られたらよかったのに。ギルベルト様は、私と婚約できて嬉しいって、何度も言ってくださったわ。ずっと私の側にいて、私のことをきれいだって褒めてくれたのよ」
ちょっとだけ嘘をつく。だって、私はみんながうらやむような公爵夫人になるんだから。
「ほら、私の髪色は、まるで緑の公爵家の方たちのように濃い緑色でしょう? だから私が婚約者に選ばれたのよ。でも、それだけじゃなくてね、ギルベルト様は、私に一目ぼれしたんですって。私みたいに美しい女性に会ったことはない、なんて言ってくださるの。ずっと手を握って、放してくれないんだから。もう、恥ずかしいわ」
すらすらと嘘が口から出てくる。
今はまだ、ギルベルト様の心は私にはない。でも、きっと、すぐに私に夢中になるはずよ。
だって、私は魔力が多いもの。
「まあ、そうなの? そうよね。ブリーゼさんは伯爵令嬢なのに魔力が多いですものね。きっと、魔力の多い子どもをたくさん産めるわよね」
「やっぱり、女性は魔力量よね。魔力の種類は父親から遺伝するけれど、魔力量は母親次第ですものね。さすがですわ。三大公爵と結婚できるほどの魔力量を持ってるなんて」
「そうですわよね。私達貴族の女性は、魔力の多い子を産むことが一番に求められますものね」
友人たちは私の魔力を褒めてくれる。
そうよ。いくらあの色なしの顔が整っていても、魔力がないなんて、貴族として何の価値もないわ。
ギルベルト様もすぐにそれに気が付くはずよ。
今は、同情から色なしに優しくしているとしても。そんなのは無駄だってことを分かってくれるわ。
彼を色なしと会わせないようにしないといけないわね。
少しずつ、二人を引き離すのよ。
ちょうど今は、生徒会は学園祭の準備で忙しいわ。
私がギルベルト様の代わりに、色なしの世話をするって言えばどうかしら? もちろん、本当に世話なんてしてやらないけれど。
◇◇◇◇◇◇
「お嬢様。お手をどうかされましたか?」
色なしの住む家に、学園祭の招待状を届けに行った帰りの馬車で、私は手の平をかきむしっていた。
「かゆいのよ。かゆくてたまらないわ」
「まあ、大変! もしかして、毒紫蝶に触りましたか?」
「毒紫?」
「ええ、今、あちこちで大量発生してるみたいですわ。さっきのお宅の庭は荒れ放題でしたものね。どこかで触ったのかも」
「蝶なんて見なかったわよ。……紫色?」
色なしの女の家は、ボロボロでみすぼらかしかった。
汚い部屋の机の上で、紫色に光る綺麗なレースのリボンが目についた。きっと、ギルベルト様からの贈り物ね。
私には何もくれないのに。
そう思うと、どうしても許せなくて、そっと手の中に隠して、バッグに入れた。
「ああもう、どうしてこんなにかゆいのよ」
右手のひらに左手の爪を立てて、かきむしる。
「お嬢様、いけません。掻きすぎて血が出てます。すぐにポーションを用意させますから。お嬢様」
「ああああ! かゆいったら! もう! なんでこんなにかゆいのよ!!きいー」
手のひらのかゆみは、ポーションを飲んでも一晩中続いた。