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8 緑の嫉妬 ブリーゼ1

 私はブリーゼ。ヴィント伯爵家の三番目の子供よ。小さいころは体が弱かったから、領地で育てられたの。魔力が多かったせいよ。体になじむのに時間がかかったの。

 でも、やっと健康になった時、髪色が一族の中でも、ひときわ濃い緑色になったの。


 学園入学のために王都に来た時、私の婚約者はまだ決まってなかったわ。

 お姉さまよりもずっと格上の相手と結婚してやるんだから。

 高位貴族以外はお断りよ。

 だって、私はヴィント伯爵家で一番の魔力持ちだもの。



 入学式の時、運命の人を見かけたの。一目惚れよ。


「青い髪ならギルベルト様ね。ブラウローゼ公爵家の跡継ぎで、とても優秀な方よ」


 同じクラスの友人が教えてくれる。


 三大公爵家の跡継ぎなら、きっともう婚約者がいるわよね。

 相手は、他の公爵家の娘? もしかして王女とか?


 くやしい。私がもっと上の身分に生まれていたら。

 お父様の爵位が、私に見合わないことを残念に思っていると、


「え? 婚約者はいないの?」


「ええ、だって、ねえ。あの条件がね」


「そうよね、色なしと一緒に暮らすなんてね」


 友人たちは首をふる。色なし? あの方の兄弟に無色で生まれた恥知らずがいるの?


「まあ、あまり悪く言うのもかわいそうだけど、でも、色なしはねえ、不吉だもの」


「魔力がぜんぜんないんでしょう? 色なしが魔力を奪うって物語を読んだことがあるわ。ちょっと怖いわ」


 ギルベルト様は色なしの従妹を、結婚後に引き取って一緒に住むそうだ。それが婚約相手に望む条件だとか。

 たしかに、色なしなんて不吉で気持ち悪いわ。でも、それを我慢するだけで、あの方が手に入るのなら。


「色なしが魔力を奪うなんて、ただの迷信よ。色なしは魔法が使えないから、そんなことできるわけないじゃない。ギルベルト様は本当に優しい方ね。かわいそうな子供の世話をするなんて、崇高な方」


 父に頼んで婚約を申し込みましょう。

 だって、色なしってどうせ早死にするんだから。7歳まで生きられた子はいないって聞いたわ。だったら、数年だけの我慢よ。一緒に暮らすのはものすごく嫌だけど、寝たきりの子供よ。部屋に閉じ込めて、メイドに世話させればいいのよ。それだけで、あの方が私のモノになるのなら。私が公爵夫人になれるのなら。


「ええ、まあ、そうよね。ブリーゼさんがそれでいいのならね。だって、ギルベルト様は、とっても、とっても、優しい方だものね」


「そうそう。かわいそうな、ただの従妹に優しくしているだけよね」


 ギルベルト様との結婚を夢見る私は、友人が意味ありげに目くばせしている理由に気が付かなかった。


 すぐにまとまった婚約に浮かれて、契約書も読まずにサインした。難しい文章って大嫌い。だって頭が痛くなるんだもの。

 お父様とお母様が、「本当にいいのか」って何度も聞いてきたけど、ギルベルト様と結婚できるのよ。なんだってするわ。





 生徒会に入って忙しくなったギルベルト様は、婚約後も私とデートする時間を取ってくれなかった。


「ギルベルト様、ドレス選びに付き合ってくださいませ。公爵家の嫁として、ふさわしいドレスを仕立てたいわ。ギルベルト様に選んでほしいの」


「ああ、ごめん。その日は従妹とお茶会なんだ。君は何を着ても似合うから、任せるよ」


「でしたら、今日の帰りに髪飾りを選びに行くのに付き合ってください。婚約者の務めでしてよ」


「うん、そうだね。それくらいだったら。生徒会の後なら少し時間は取れるかな」


 いつも従妹を最優先する婚約者に、イライラする。


 我慢しなきゃ。相手は病弱な子供よ。すぐに死んでしまうんだから、優しいギルベルト様が放っておけないだけよ。こんなのは今だけ。私は、婚約者として、おおらかな心を示さないとね。そうよ。新居が完成する頃にはきっと、寝たきりの子供はこの世にはいないわ。


 そうやって、自分を慰めているのに、優しいギルベルト様は放課後の買い物でも、


「このレモン飴を包んでくれ」


 店員に命じているのを聞いて、てっきり私へのプレゼントだって思ったの。


「わたくしは、レモンよりもイチゴ味の方が好きですわ」


 さりげなくギルベルト様の間違いを正したのに、


「ああ、そうなんだね。うちのアリアはレモン味が好きなんだ。口の中がさっぱりして、涼しくなった気がするって言ってたよ。かわいいだろう?」


「……ええ。そう、従妹のアリアちゃんのためなのね」


 落ち着くのよ。そうよ、家から出ることのできない病弱な子供への贈り物よ。嫉妬することないわよね。


「そこの青いリボンも包んでくれ。アリアの髪には青色が一番似合うから。ああ、でもそれだと全身青色になってしまうかな。その紫色のレースのリボンにしようか。あの子には何色でも似合うから」


「ねえ、ギルベルト様。私、この青い髪留めが欲しいわ」


「ああ、そう? いいのでは?」


 ギルベルト様は、子供へのプレゼントを選ぶのに夢中で、私の方を向いてもくれない。どうしたらこの方を振り向かせることができるの? 色なしの子供なんて、はやく死んでくれたらいいのに。そうしたら、私は悲しむ彼を慰めて、私のことだけを考えるようにしてあげられるのに。

 きっともう少しの我慢よ。色なしには生きる力はないもの。


 でも、それなのに……。 


待ちに待った婚約発表パーティの日、両親とともに公爵夫妻に挨拶していると、ギルベルト様の姿が見えなくなった。

 どこにいるの?


 使用人に問いただしても、意味ありげに目くばせをしあうだけ。

 いいわよ。自分で探すわ。


 広い公爵家の庭で、薔薇園を見つけたわ。本当はこの場所でパーティを開きたかったのに。そこは亡き妹のための庭だったからと公爵に断られたのよね。公爵の妹って、身分違いの恋愛をして勘当されたって聞いたわ。貧乏な子爵なんかと結婚したから、色なしの子供を生むのよ。まったく、迷惑だわ。厄介者の色なしなんて……。


 イライラしながら、薔薇の匂いをたどっていくと、そこには、青い髪のギルベルト様が見えた。


「ギルベルト様! こちらにいらしたのですね!」


 駆け寄って声を掛けるまで、彼は私に気づかずに隣の女と話をしていた。親密そうに。まぶしい光が反射して虹色に見える髪色の女。

 どこの女よ! 人の婚約者と何をしてるのよ!


 ! ギルベルト様の手が、女の手にくっついているわ!

 許せない!


「何をしているんですの!」


 かっとなって、私はその女の腕を引っ張って、離れさせた。


「ブリーゼ嬢! 何をするんだ」


 ギルベルト様は女をかばうように立ちあがって、私をにらみつけた。

 どうして?! 信じられないわ!


「私という婚約者がいながら、目の前で浮気なんてあんまりですわ!」


 でも、私の訴えを、ギルベルト様は否定した。


「浮気だなんて、彼女は僕の従妹だ! 妹のような子だ」


「従妹?! この子が? うそ! うそよ。だって、それって、色なしの子どもだって……。」


 そんな、まさか。

 色なしは子供の時に死ぬんでしょう? この女は、そんな年齢じゃないじゃないわ。それに、髪の色もなんだか光っているし。でも、そうね、よく見ると、


「白髪なの? でも、だって、とても健康に見えるわ」


 色なしの子供は病弱で起き上がることもできないんじゃなかったの? ベッドで一生を過ごすはずでしょう? 7歳まで生きられないって言われてるのに。


「彼女は奇跡なんだよ。この年まで、元気に生きてくれている。髪と目も、白ではなく美しい銀色だ。僕のとても大切な従妹だ」


「そんな……。色なしだっていうから、てっきり、寝たきりでベッドから出てこれないと思ってたのに……。」


「アリアは、健康だけど、かわいそうな子なんだ。色なしで、魔力なしだから苦しんでいる。両親を亡くして寂しい思いをしているんだ。アリアを守れるのは僕だけだ。僕と結婚したいのなら、契約通りアリアに優しくしてほしい」


 そんなの、ありえない! 


 だって、それじゃあ、私はこの女と一緒に住まないといけないの? そんな、まさか。


「だって、色なしの子は、病弱ですぐに死ぬって聞いたから……だから私、契約を」


「なんてひどいことを言うんだ!」


 私の正直な言葉に、ギルベルト様は眉を寄せて声を荒げた。


「ち、違うわ! ギルベルト様がいけないのよ。婚約発表の時間なのに、私のことを放っておいて、こんな子と二人きりでいるなんて! みんな探してたのに!」


「ああ……婚約発表か」


 ギルベルト様は、やっと自分の失敗を分かってくれた。そうよ。今日は婚約発表よ。私を放って、こんな女と一緒にいるなんて許されないのよ。


「ごめん、アリア。もう行かないと。メイドにケーキを持ってこさせるから、ここでゆっくりして行くといいよ。また、来るからね」


 彼は、私には向けたこともないような優しい笑顔を色なしの女に向ける。

 女も、彼をすがるような目で見つめる。


 なによ、これ。まるで、二人がとても親密な間柄みたいに見えるじゃない。

 ひどいわ。ギルベルト様の婚約者は、私よ。


 許せない。この女。色なしのくせに!!


 あんたなんて、早く死ねばいいのよ!

 ギルベルト様は私のものよ。絶対に渡さないんだから!




 その後、ギルベルト様との婚約発表はあっさりと終わった。

 招待客から祝いの言葉をもらって、ギルベルト様は私の側を離れて友人たちと談笑している。

 私はまた、放っておかれた。


 テーブルの上を見ると、さっきギルベルト様が公爵に自慢していた刺繍入りのハンカチが置いてあった。


「アリアが僕のために縫ってくれたんだ」


 そう言った時のギルベルト様の甘い声が、自分以外の女に向けられていることに激しい怒りを感じた。


 あの女に思い知らせてやらなきゃ。

 私は、ハンカチをつかんで立ち上がった。

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