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6 暗闇の光

 顔色の悪い私を心配したのか、帰りの馬車までリュカ様がエスコートしてくれた。

 腕を組んで、私の手をおいてくれる。正式なレディに対するエスコートだそうだ。


 こんなこと、お兄様にもしてもらったことはない。

 お兄様と一緒に歩く時は、いつも私の手をぎゅっと握ってくれる。抱き上げて運んでくれることもある。


 だって、お兄様は私をレディじゃなくて、病弱な妹だと思ってるから。



「今日は本当にありがとう」


 本物の王子様にエスコートしてもらって、お礼まで言われるようなこと、私は何もしていない。


「ルルーシアは頑固だからね。本当に困っていたんだ。侍女を引き受けてくれて助かるよ」


 リュカ様は立ち止まり、私を金色の瞳で見つめた。あたりはすっかり暗くなり、ランプの炎が揺れている。


 侍女を引き受けるなんて、一言も言っていない。

 でも、王族に逆らえる人なんていないから、私が喜んで了承したと思ってるの?


「ごめんね。勝手に決めて」


 でも、リュカ様は私に謝った。


「妹は、気難しいし、口も悪いけど、でも、俺の妹だからね。ただ、ちょっと、いろいろあってね」


「ルルーシア様は、もしかして、私が色なしだから侍女にしたいんですか?」


 私を侍女にしたい理由なんて、それしか思いつかない。

 みんなから嫌われる色なしを側に置くなんて、変わり者でひねくれてるとしか思えないけれど。


「それもあるのかもね。ルルーシアは、普通の貴族令嬢を嫌っているから。でも、君にとっても学園に通うのは悪いことばかりではないよ」


 悪いことじゃない? 

 色なしで、三大魔法が使えないから、きっといじめられるのに? 私なんかが侍女になったら、他の令嬢にやっかまれるって分かってるのに?


「だって、そうじゃなきゃ、アリアちゃんは、このままギルベルトの愛人になるしかないだろう?」


 !今、なんて?!

 ! 愛人?! 

 ギルお兄様の?


「ギルベルトが、アリアちゃんとの同居を条件に婚約したっていうのは有名な話だよ。みんな、君が愛人になるって思ってる」


「違います! ひどいっ! お兄様はそんなことしません! 私達はただの従妹です!! お兄様は、私に同情してるだけ! そんなの、あんまりです!」


「ちょ、ちょっと落ち着いて」


 私が大声で叫んだので、リュカ様はあわてて止めようとする。


「なんで?! なんで、そんなひどいこと、言うんですか!!」


 相手が王子様だって分かってても、止められない。


「ギルお兄様は、ただの従兄よ! そんな、そんなこと考えるような人じゃありません! ひどいです! なんてことを言うんですか! あんまりよ!」


「ごめん、ごめんって。ああ、おまえたち、大丈夫だから離れてろ」


 リュカ様は私に謝った後、近づいて来た近衛騎士を手を振って追い払う。


「本当に悪かったって。こんな言い方するんじゃなかったね。冗談だったとしても」


「冗談、ですか?」


 私を警戒するように取り囲む近衛騎士に気が付いて、声を落とす。


「うん、冗談だよ。ギルベルトは、そういうつもりで一緒に住もうとはしてないと思うよ。……少なくとも、今はね」


 ほっとしたのに、後で付け加えられた言葉に王子をにらんでしまう。


「いや、だってさ。ただの従妹に対する態度じゃないから。学園でも有名だよ。君への溺愛ぶり」


 学園で私のことが噂になってるの? 

 いやだ。そんな学園に行きたくない。


「だからさ、ルルーシアの侍女になったら、三大魔力がなくても学園に入れるし、卒業したら貴族として認められるんだよ。そのまま、卒業後も妹の侍女になったら、ギルベルトに頼る必要がなくなるよ。……まあ、君が新婚夫婦の邪魔をしたいのなら、別にいいけど」


 最後に付け加えられた言葉に、また目をとがらせる私を見て、リュカ様は面白そうに笑った。


 でも、リュカ様の言葉に心が揺れる。

 侍女になったら王宮に住める。お給料ももらえる。いじめられるかもしれないけど、でも、一人でちゃんと生きていける。

 お兄様に迷惑をかけなくていい。


「俺も、力を貸すからさ。ルルーシアを頼むよ。あの子が生まれた時に王妃が亡くなったから、それをずっとこじらせてるんだ。世間では、城に引きこもってるって噂になっているけど、実際は、魔法塔に入り浸って魔力の研究をしているんだ」


 リュカ様は、ルルーシア様について教えてくれた。

 彼女が生まれた時に、王妃様が亡くなった。国王陛下は最愛の妃を亡くして、しばらく心を病んだそうだ。

 それを知ってから、ルルーシア様は、ずっと城に引きこもって、貴族たちと交流を持たず、表舞台には出てこない。


 でも、その間に、魔法塔で魔力についての研究していたんだって。

 魔力なしについても研究しているそうだ。なぜ、色なしが生まれるのか。なぜ魔力がなければ死んでしまうのか。色なしの子を産んだら、死んでしまう母親についても。

 だから、私を侍女にしたいんだろうって。


「ルルーシアはさ、魔法のことになると夢中になりすぎるから、いろいろ人とは違うことをするだけなんだ。でも、俺の大切な妹なんだ」


 王女様の話をするリュカ様は、優しい目をした。妹想いの兄。その様子は、まるで私に優しくしてくれる時のお兄様のようで、リュカ様を少し身近に感じられた。


 すっかり日が暮れた王宮の庭園で、ランプの炎に照らされて、短い金髪が輝いている。まるで星の光ように。


「綺麗だね」


 金の光に見とれていたら、リュカ様がそう口にした。


「アリアちゃんの髪。銀色に光ってる」


 手が伸びてきて、私の肩にかかった髪をすくう。


「ねえ、色なしの子の髪は真っ白なんだって。こんな風に輝くことはないんだよ」


 リュカ様の黄金の瞳が、きらきらと光っている。

 私は、普通の色なしとは違うの?


「それに、ほら」


 髪から手を放したリュカ様は、私の頬に手を触れた。


「君の目は、今、虹色に光っている。無色じゃなくて、何万もの色があふれている」


◇◇◇◇◇


 馬車から降りて家に入ると緊張が解けて、涙がぶわっとあふれ出した。


「わたし、侍女になんてなりたくない! すごくこわい! 学園になんて、行きたくない!」


 誰もいない廊下に向って大声で叫んだ。持っていたポシェットが床に落ちる。

 ゆるんだ開閉口から、小枝に巻き付けた糸が散らばり落ちた。

 たくさんの金色の糸。

 実験だと言われて、何度も染色させられた。リュカ様の黄金色の糸がほんのりと光って見える。


「これ、全部売ってやるんだから。金色の糸なんて珍しいから、高値で売れるんだから」


 涙をぬぐって、こぼれた糸をひらう。


 廊下の向こうまで転がった糸を拾いに行く途中で、暗闇で白く光る巨大な塊が見えた。

 魔物蟹の巣だ。


 朝にはなかったのに……。


 私の背の半分ぐらいの大きさの巣の前には、脱皮したのか大きな黒いハサミが落ちていた。

 黒光りする鋭い刃を拾って、柱と巣の間の糸を断ち切る。パチン、パチンと大きな音を立てて切り放すと、床に白い塊がゴトンと落ちた。

 中に何も入っていないことにほっとする。

 この大きさの巣の持ち主には、出会いたくない。

 きっと、恐怖で叫んでしまうだろう。



 水を張ったバスタブに、ねばねばした巣の塊を入れる。そして腕を入れて、ぐるぐるかき混ぜる。少しずつ、粘りが取り除かれて、巣が糸に変わっていく。

 ぐるぐるぐるぐる。

 腕が痛くなるくらい混ぜ続ける。水と一緒に、白く光る糸も回る。


 今までで一番太い糸。乾いたら少し縮むかもしれないけれど、この太さならレース編みができるかも。綺麗な色に染めて、細かいレースを編んで、ハンカチの縁飾りにする? そのままリボンにしてもいいかもしれない。たくさん作って、ドレスを飾るのも悪くないかも。


 この糸を干して乾かして、たくさんレース編みをしよう。きっと、今日のことをうんざりするほど考えて、不安になるから。気を紛らわすための手作業が必要になるはず。


 自由奔放で好き勝手なことをする王族。


 でも、……王女様は、引きこもりだと言われていたけれど、そうじゃなかったのね。


 魔法塔で魔力と血筋の研究をしているんだって。その実力は次期魔法当主と言われるほど、頭がいいと評判だって。


 それに、リュカ様は、まだ学生なのに騎士団と一緒に辺境まで出向いて、魔物を討伐しているって言ってた。


 辺境には、黒い髪に黒い目の一族が住んでいるとか。

 魔物と同じ黒色の人間がいるなんて、恐ろしい……。

 きっと、色なしの私と同じくらい気味悪がられているのだろう。


 王族の二人は、しっかりと自分の考えを持っていて活躍している。私とは全然違う。

 だって、私は色なしだから、何もできなくても仕方ないから……。


 ううん、違う。色なしを理由に、何もしようとしなかったんだ。


 リュカ様は、私が侍女になるのが良いことだって言ってた。

 これは、私が代わるチャンスなのかもしれない。

 でも、本当に、侍女なんて私にできるの?

 みんなに嫌がられるって分かってるのに。


 でも……。


 王族の二人は、私を混乱させたけれど、強い影響を与えた。


 きっと、色なしの私はひどいことを言われて、いじめられるだろう。でも、もしも学園で学ぶことができたのなら……。


 私にも少しは価値が出てくるのだろうか。


 打ち消しても打ち消しても、そんな夢のような希望を抱かずにはいられなくなった。

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