5 白い石
お母様のお古のクリーム色のドレスに、黄色のリボンを縫い付けた。襟元にはリボンで作った花を飾ってある。がんばって着飾った姿で、迎えに来た豪華な馬車から、王宮に初めて降り立つ。
貴族の子女は18歳の成人時に、王宮舞踏会で社交界に正式にデビューするとか。
色なしの私には縁のないことなのだけれど。
青を基調にした公爵家の装飾とは違って、王宮は全てが金色だ。いたるところに黄金が飾られている。
金の額縁の絵画に、金の花瓶に黄金の燭台。きらびやかな廊下を通って、案内された部屋の扉を侍女が叩いた。
「よく来てくれたね。さあ、中に入って」
ドアを開けて出て来たのは、リュカ王子だった。黒い騎士服の上で短い金髪が輝いている。まぶしい笑顔を見せる王子様は、私の手を握り、部屋の中へと案内した。
つながれた手から王子の熱が伝わって、緊張する。
お兄様以外の男の人と、こんな風に手をつないだことなんてないから。リュカ様の手は、お兄様よりも熱を持っていて、大きくて、硬い。
衝立の向こう側から声がかかった。
「誰を連れて来ても無駄よ。ちょっと変わった魔法が使えるぐらいじゃ、役に立たないんだから」
王子に繋がれた手を引っ張られて、衝立の奥の応接間に連れて行かれる。そこには、私と同じくらいの年の少女がソファーで横になっていた。
王子よりも淡い金髪は緩やかなカーブを描いて顔を縁どっている。意思の強そうな金色の瞳。整った顔をゆがめた美少女が、私を見あげて口を開いた。
「あなたまさか、色なしなの?」
王女様は、すくっと起き上がり、私を頭から足先までじろじろと観察した。
「あ、あの、わた、私は」
あわてて自己紹介しようとしたけれど、王女様の強い視線にさらされて、緊張して言葉が続かない。
「彼女がアリアだよ。綺麗な銀髪だろう?」
私が発した震える声は、途中でリュカ王子にさえぎられる。
彼は、私の髪を一房すくい取った。
「驚いたわ。でも、白じゃなくて、銀なのね。それに瞳も白くない。銀……、ううん、光の加減で」
「まばたきする瞬間、虹色に光って見えるだろう?」
王女はすぐ前に来て、私に顔を近づける。
いたたまれなくなって、うつむく。
「ちょっと、顔をあげなさい! 良く見えないでしょう」
頬に手を当てて、無理やりに上を向かせられた。
「!」
「ルルーシア、乱暴なことはやめろよ」
涙目になってしまった私に気が付いて、リュカ様が止めてくれる。
「ねえ、あなたは体が弱いの? その銀の目はちゃんと見えている? 色なしは視力が極端に弱いそうだけど、足はどう? 歩くのに支障はないの?」
「見えてます。その、私はとても健康です」
生まれてから一度も病気になったことがない。そう説明すると、王女は考え込むように唇に指をあてた。
「色なしは魔力が全然ないから、病弱で早死にするっていうけど。……ねえ、あなたの母親は生きてるの?」
「亡くなりました。私が4歳の時に」
「出産時じゃないのね。色なしは、母親の魔力を奪って生まれるって言われてるわ」
「そんなの、迷信です。母は馬車の事故で亡くなったんです」
でも、お母様の死は私のせい。私が色なしで生まれて来たから。
お母様は、私のために馬車に乗って出かけたんだから。
「魔力がない者は生き残れないはずよ。だとしたら、あなたには本当は魔力があるってことになるわね。白じゃなくて、銀色だし」
「そう思うだろう? 彼女は、糸に色を付けることができるんだ。魔力がないとできないよ。初めて聞く魔法だけど、すごいことだよ」
「三大魔法以外を使える人は、たくさんいるわよ。だいたいが、くだらない魔法だわ。でも、使うためには魔力が必要よね。検査してみましょう。魔力計測石を持って来させて」
「手配済みだよ。ほら」
リュカ様はにっこり笑って、ポケットから小さな白い石を取り出した。
「魔法塔から盗んできたのね? 今頃、大騒ぎになってるわよ」
リュカ様の手の中の白い石を見て、王女様はあきれたようにつぶやいた。そして、「早くやってみせて」とせかした。
「これを握ってくれる? 魔力があるなら色が変わるよ」
「え?」
リュカ様は私の手の平を開かせて、その上に冷たい石を置いた。
二人の金色の視線が、手の上の白い石に注がれる。
私も期待を込めて白い石を見つめた。
でも、
「白いな」
「無色ね」
ずきっと胸が痛んだ。無色だってことは知ってるのに。
でも、魔力もぜんぜんないの?
「うーん、どういうことなんだろう?」
「外に出るほどの魔力はないってことじゃない? 平民と同じよ。生きるのに支障はないけれど、魔法は使えない。ううん、違う。魔法は使えているのよね?」
「そうだ、アリアちゃん、例の糸は持ってきた?」
リュカ様は、治癒草の緑に染めた糸を出すように言った。
ポシェットから出した糸を、王女様は奪うように手に取った。そして、ためらうことなく、机の上にあった小さなナイフで自分の指を傷つけた。
ぽたり、と緑の糸に赤い血が落ちる。
でも、糸は緑色のままだ。赤い色は重ならない。糸にはじかれた血は、机の上にそのまま落ちる。
その様子をじっと観察した王女様は、今度は糸を傷口に近づけた。
「治らないわね」
王女様は首を振った。そして、興味をなくしたように、机の上にポイと糸を投げ捨てた。
「待ってください!」
急いで、ポシェットからハンカチを取り出した。
以前と同じように、治癒草の緑の糸で刺繍をしたハンカチだ。
糸自体には魔力はないけれど、刺繍になら……。
私からハンカチを受け取った王女様は、刺繍した部分を傷口に当てた。
「あら」
すっとハンカチをのけて、刺繍の部分をリュカ様に見せる。
「傷が治ったわ。それに、色が変わってる」
王女様の指の傷跡はなくなり、そして、ハンカチの刺繍部分の緑が真っ白になった。
「すごいじゃないか! 刺繍が治癒の魔法になるなんて」
リュカ様が笑顔になって、喜んでくれる。
うれしい!
私にも魔法が使える。役に立つ魔法が!
でも、王女様は、
「だけど、それって、初級ポーションと同じよね。むしろ、刺繍する手間を考えると、錬金術で増産できるポーションの方が効率が良いわ」
と、厳しくて的確な意見を言った。
ああ、そうか。
初級ポーション……。
確かに、そっちの方が使い勝手がいいかも。
刺繍は無駄に時間がかかるし、小さな傷を治すことができるだけだ。
初級ポーションの方がずっといい。
大喜びした自分が恥ずかしくなった。
やっぱり、私は無価値だった。
「いや、でもさ、アリアちゃんはすごいよ。独特な魔法だよ。糸を染めて、それで刺繍をしたら魔力を含むなんてさ。今までそんな魔法を使える人はいなかっただろう?」
リュカ様は私を慰めようと、気を使って励ましてくれる。
でも、私の気持ちはどんどん沈んでいく。
もうやだ。
帰りたい。
王女様はさらに追い打ちをかけた。
「役に立たない魔法よね。水の系統では、水鏡に景色を映す魔法が使える者がいたこともあるそうよ。あと、霧に人影を映す魔法もあったみたいね。それらは、なかなか有用だったのだけど。あなたの、魔物の糸を染色して、魔力を少し充填するってだけじゃね。意味ないわね」
ずきずき。胸が苦しくなる。
何の役にも立たなかった。
やっぱり、私は色なしの役立たず。
ここで泣いちゃいけないのは分かってるのに、視界が曇ってくる。私は唇をかんで、涙が零れ落ちないように、大きく瞳を見開いた。
「ああ、アリアちゃん、大丈夫? ルルーシア、すこしはアリアちゃんの気持ちも考えろよ」
リュカ様が胸ポケットからハンカチを取り出して、私の目に当ててくれた。
きっと高級なシルクのハンカチだ。ひんやりして、すべすべしている。私の端切れで作ったハンカチが恥ずかしい。
「別に、本当のことを言っただけでしょう? それに、魔力があったって、どうせ結界の維持にしか使わないんだから。魔力の種類にこだわることはないわよ。ねえ、ところで、この色を奪った草は、その後はどうなったの? 枯れた?」
緑色をもらった後の治癒草のことかな?
「いえ、枯れてません。色を奪うって言うよりも、写すって感じなので。だから、薔薇の色を写しても薔薇自体に影響はなかったし、リュカ様も」
「ああ、うん。僕の金色に染めても、魔力に変動はなかったよ。きっと、それはアリアちゃんの魔力を使っているんだよ」
リュカ様の金色の糸を作った話をしたら、ルルーシア様は分かりやすく顔をしかめた。金色の目がつりあがる。
「どうしてそんな危険なことを? 色なしが魔力を奪うって話を知らないの?」
『色なしが魔力を奪う』
子どもの頃に、乳母が読んでくれた物語。
生まれたばかりの色なしの赤子が、母親や侍女、執事の魔力を次々と奪って殺していくという恐怖小説だ。小説の最後では、館に住む人間を皆殺しにして、亡骸の血をすすって生き延びた赤子の髪が血のように赤く染まる。
でも、実際には、色なしにそんなことはできない。魔力なしは魔法が使えないから。というか、そもそも、他者から魔力を奪うことなんてできない。荒唐無稽な話。
偏見に満ちた創作小説は、今では販売禁止になっている。
「ルルーシア。そんな迷信を信じてるわけないだろう? 失礼だぞ」
リュカ様が厳しい顔で王女様を注意したので、少しだけ救われる。
「でも、……そうね、悪かったわ。お詫びに、あなたを私の侍女にしてあげるわ」
え?
王女様の言葉の意味が分からない。
侍女? 今、そう言った?
「それはいいね! じゃあ、ルルーシアは来年、学園に入学する覚悟が決まったってことだよね」
「だって、仕方ないでしょう? 義務だもの。ほんっと、学園なんて無駄なんだけど。ああ、アリア、あなたは私の侍女兼学友として入学するのよ。いいわね。ちゃんと準備するのよ」
「それなら、僕の方から学園長に申請しておくよ。あと、アリアちゃんの学力が心配だから、家庭教師も王宮で手配した方がいいかな?」
「マナーの教師もよ。本当に子爵令嬢なの? 礼の仕方も話し方も、全然なってないわ」
「厳しいことを言うなよ。彼女は、髪色のせいで、ろくな教育を受けられていないんだから。それに両親も他界してるんだし」
「でも、一応は子爵令嬢でしょう? 入学するまでに、侍女として恥ずかしくない程度の知識を身に着けるべきね」
私の意思などないかのように、勝手に決められていく。
侍女? 私が王女様の? 学園に入学? 色なしの私が?
「ああ本当に、助かったよ。ルルーシアは貴族の侍女をいらないってわがままを言うからさ、学園に入学できないかもしれなかったんだ。王族は安全のために、同学年の学友兼侍女を指名しないといけないんだ。平民は入学できないだろう? アリアちゃんは一応貴族だから、学園の規則も守れるし。ああ、よかった。妹をよろしくね」
彼の説明は、私をもっと混乱させた。
この国の貴族は14歳から18歳までの4年間、魔法学園に入学する。私は、魔力なしだから入れないはずだ。でも、王女は私を侍女として連れて行くと言った。侍女としてなら、魔力が足りなくても特別枠で入学できるから?
なんて、勝手なことを。
どうして、私を?
私の気持ちを無視して勝手に決められる。
学園なんて行きたくないのに。
色なしの私が行っても、何も得るものなんてないのに。
どうせ、みんなからバカにされて、笑われるだけなのに……。