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4 黒い商品

 私が泣きやむまで、お兄様は優しく抱きしめてくれた。

 でも、マーサが入れてくれた紅茶は飲まずに、あわただしく帰って行った。

 この後、学園祭の打ち合わせがあるそうだ。生徒会に入ったばかりのお兄様は、忙しすぎてしばらくお茶会ができないと残念そうに言った。


 そんなに忙しい時に、私に会いに来てくれたのね。

 お兄様は私のことを一番に思ってくれている。

 ブリーゼさんよりも私を……。


 ああ、もう!

 いやだ。だめ!


 こんなことを考える自分は大嫌い……。


 ぬるくなった紅茶を一息に飲み干した。色が付いただけで、香りのしない庶民の味。公爵家で出されるお茶とはまるで違う。


「えらく綺麗なお貴族様ですねぇ。あんなに美しい男の人を初めて見ましたよ。目の保養になりました。あはははは」


 紅茶のカップを片付けにマーサが入ってきた。公爵家のメイドとは違って、平民のマーサは不躾で品がない笑い声を響かせる。

 でも、その明るい笑い声は、私のほの暗い感情をぱっと振り払ってくれた。

 

「ねえ、マーサ。今から魔物蟹を売りに行くの?」


 気持ちを切り替えた私は、あることを思いついて、マーサに尋ねた。


「ええ、行ってきますね。代わりにリボンを買うんでしたっけ? 他に必要なものはありますか?」


「私も、一緒に行きたいわ」


 いつもは、家から出ないようにしている。色なしは病弱だからと乳母に外出を禁じられていた。行っていいのは公爵家だけだった。だから、私は近所にあるお店にさえ、自分で行くことはなかった。

 でも、このままじゃだめだ。


「ええっ? お嬢様も一緒に?」


 快諾してもらえると思ったのに、マーサは困ったような顔をした。


「うーん、大丈夫かねぇ。うん、それならフードを深くかぶってください。絶っ対に、顔を見せちゃいけませんよ」


 クローゼットから、冬用のフード付きのマントを取り出して渡される。もう春なのに、マントが必要? 

 ああ、……やっぱり、私の髪色のせい?


「お嬢様みたいに綺麗な人は、外に出たら誘拐されます。絶対に、顔を出さないでくださいね」


 マーサは厳しい顔をした。綺麗だなんてお世辞まで言って。そんなに色なしの髪が見苦しいの?


 少し悲しくなりながらも、言われた通りに青色のマントのフードを深くかぶる。これぐらいで傷ついていてはだめよね。

 私は、成人したら行く場所がないんだから。お兄様とブリーゼさんと一緒に住むなんてできない。絶対にそんなのいや。だったら、平民になって一人で生きていくしかない。



 マーサの後について、王都の商店に行った。

 彼女の親戚が経営する店だそうだ。


「いつもありがとうございます。伯母がお世話になっております」


 応接室まで案内してくれたのは、片眼鏡をかけたひょろリとした青年だった。マーサの甥だそうだ。


「お嬢様。ここでならマントを脱いでも大丈夫ですよ。暑かったでしょう?」


 マーサの手を借りて、大きなフードを取ってマントをぬぐ。

 青年が息をのむ音が聞こえた。


「これは……」


 平民にも銀髪は珍しいのかしら。

 少し不愉快な気持ちになる。マーサの親戚だから、色なしを見ても大丈夫だろうと思ったのに。


「はぁ。なんと美しい。こんなに美しい女性がいるなんて……」


 彼は息を吐いて、そうつぶやいた。


 ? 私を褒めてるの? こんな気持ち悪い銀の髪をしてるのに?


「こら、アンドリュー、そんなにじろじろ見るんじゃないよ。まあ、気持ちは分かるけどね。国一番の美少女だよね。うんうん」


「あ、ああ、大変失礼いたしました。伯母から聞いてた以上に、美しい方だったので。本当に、お会いできて光栄です」


 顔を赤くした彼の様子から、お世辞じゃないのはなんとなく分かった。公爵邸でも、メイドは私の容姿を褒めてくれることがある。でも、その後で、必ず「色なしじゃなかったら」という言葉が続く。

 だから、私は顔立ちは美しくても、貴族としては醜いのだと思っていたのだけど。


 平民には色なしの嫌悪感がないから、称賛は素直に受け取っていいの?


「ほらほら、いつまでも見つめてないで、商売しなさいよ。今日は、とっておきの商品を持ち込んだんだよ」


 ぼうっと私を見つめる青年の前に、マーサはドンッと箱を置いた。ガサゴソガサゴソ。衝撃で驚いた魔物蟹が暴れている。


「ああ、失礼」


 アンドリューさんは箱の蓋を持ち上げて、中をのぞき込んだ。


「巨大な魔物蟹ですね。いつも卸していただいている糸の太さから、もしやと思っていましたが……。これほどの大きさまで育てることができるとは、すばらしい!」


 彼は片眼鏡を指で持ち上げながら、興奮したように続けた。


「これは良いハサミが取れるぞ。この大きさなら、他の素材も高価格になるな。いや、それよりもこのまま飼育して、上質の糸を作らせた方が良いのか? うーん、お嬢様、餌は何をやって育てましたか?」


 餌? そんなこと聞かれても困る。

 この黒い蟹はいつの間にか、勝手に我が家に住み着いていたのだから。手入れが行き届かず、雑草が生い茂るうちの庭は、虫の繁殖場になっている。でも、部屋の中では一匹も姿を見せない。多分、この魔物蟹がそれらを捕まえて食べているのだろう。


 最近、魔物蟹も増えすぎて、巣があちこちに張られるようになった。昨夜、食堂で巣作りをしていた大きな魔物蟹を見つけて、とっさに箱をかぶせて捕まえたのだ。

 だから、私が育てたわけじゃない。

 そう伝えると、彼は少し驚いた顔をした。


「金貨一枚で買い取りましょう。また捕まえたら、持ってきてください。糸も引き続きお持ちくださいね」


 金貨一枚? 平民の給料の一か月分だ。子爵家からマーサに支払っている料金がそれくらい。

 でも、ただの魔物蟹にそんなにお金を出してもらってもいいの?


「魔物の素材は、大きさが大切なのですよ。普通よりも大きい素材は、その分だけ魔力を多く含みますからね。薬や錬金術の素材としても上質になりますよ」


 そうなんだ。この黒い魔物蟹にそんな価値があるのね。


「まあ、あのあちこちに巣を作る迷惑な蟹が、そんな大金になるなんて。お嬢様、どんどん捕まえて売りましょうよ。そしたら、ドレスも買えますよ」


 マーサも嬉しそうだ。


 私も、少し前向きになれた。

 もしかして、これがあれば、私は平民になっても一人で生活できるんじゃない? お兄様とブリーゼさんの結婚生活を見ないで生きていけるかも。



 その後、浮かれた気分で、黄色のリボンをいくつも買って帰った。いつもだったら青いリボンを選ぶのに、今日は黄色の気持ちだったから。 

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