23 青い鳥〜ギルベルト〜
僕の名前はギルベルト。ブラウローゼ公爵家の嫡男として生まれた。
父と母は僕を生むために、契約結婚をしたそうだ。
二人は別々の館で暮らしている。それぞれの大切な人といっしょに。
両親の大切な人は、僕ではなかった。
僕は一人で残された。育ててくれたのは、一流の家庭教師たち。そして、大勢の召使い。
「妹が、めちゃくちゃかわいいんだ」
「おまえんちは継母じゃなかったのか? あまり家族仲が良くなかったんだろう?」
「いや、でもさ。妹が生まれてからは、家の空気が変わってさ」
見習い騎士たちが無駄話をするのを聞きながら、僕は一人で剣を練習する。青の公爵家の跡継ぎとして、全てを完ぺきにこなさなければならない。それが僕の役割だから。
「なんかさ、こう、妹っていいよな。家族みんなが笑顔になれるっていうか」
「まあ、そうだな。貴族にとっては、子供が増えるのは良いことだからな」
「そうじゃなくて、妹がかわいいって話だよ。家の中が明るくなっていく感じでさ」
そう言って笑った騎士のことが頭に残っていた。
家庭教師に聞いてみる。
「妹とは良いものなの?」
「ええ、もちろん。私にも妹がいますが、仲は良いですよ。私が言うのもなんですが、器量よしで、かしこくて、今は結婚して家を出ましたが、何かあったら、絶対に私が守ると決めています」
剣術の教師は、強面の顔をくしゃっとゆがめて、笑顔になった。
彼には大切に思っている人がいるんだ。
僕にはその気持ちは分からない。
大切に思う気持ち、愛情って言うのが、僕には全然分からない。
でも、守ってあげたいって気持ちは少しわかる。
鳥かごの中で、青い鳥がピイピイと鳴いた。
六歳の誕生日の贈り物だった。
動物を世話するなんて、面倒だ。
学ばないといけないことがたくさんあるから、動物に関わる時間なんてもったいない。
そう思っていたけれど、手ずから餌を食べる様子に、何となく部屋に置いておくことに決めた。
「鳥。おまえはいつも鳴いてばかりだな」
話しかけると、こっちを見て首をかしげる。
そして、ピイピイと鳴く。
「僕が守ってやりたいと思うのは、おまえだけだよ」
鳥かごに手を入れて、鳥の体温を感じようと手の中に握りしめた。
きつく握りすぎたのか、鳥はピイーと苦しそうに鳴いた。
「!」
とっさに手を放したら、青い翼をバタバタ羽ばたかせ、僕の頭の上を超えて飛んだ。
そして、開いていた窓から出て行った。
「鳥が! 僕の鳥!」
部屋から駆け出して、家来たちに命令する。
「僕の鳥が逃げた! 捕まえろ! 鳥が逃げたんだ!」
庭に出て探したけれど、もうどこにも鳥の姿はなかった。
ああ、どうしよう。
僕から逃げて、どこに行くんだよ。
僕を一人にするなよ。
その日の勉強は身が入らなくて、家庭教師に叱られた。
「鳥が帰ってくるかもしれないから」
そういって、部屋に戻ろうとしたら、恐ろしいことを言われた。
「飼われていた小鳥は、外では生きられません。もうすでに肉食の鳥や獣の餌になっているでしょうね」
鳥はもう死んでしまったの?
僕は、守ることができなかった。
僕のたった一人の友達だったのに。
手の中にあった鳥のぬくもりを思い出す。
もう一度チャンスがあれば。
次は絶対に守ってみせるから。
執事から書くように言われた七歳の誕生日プレゼントの要望書に、僕は「青い鳥」と書いた。
でも、思い直して、破って捨てる。
新しい紙には「妹」と書いた。
人間なら、鳥みたいにすぐ死なないだろう。翼を持たないから、僕から逃げて空に羽ばたくこともない。
騎士が話していたような、みんなを笑顔にする妹が、どうしても欲しくなった。
ドキドキして迎えた七歳の誕生日。
僕はすばらしい贈り物をもらった。
綺麗な銀色の髪の「妹」は一人ぼっちの色なしの従妹だった。
僕しか頼れる人はいない。
色なしは病弱で、すぐに死んでしまうそうだ。
そんなことは、させない。
今度は絶対に守るって決めたから。
大切に大切に育てよう。
僕だけの、愛する妹。
「妹」に会って、僕は生まれて初めて笑顔を浮かべた。




