21 青の一族
「本当にどこにも怪我はない?」
リュカ様に連れられて、王宮に入った。
客室のベッドの上に座っていると、リュカ様はしゃがんで私の顔に手を当てた。
ゆっくりと頬をなでられて、緊張して体がかたくなる。
「リュカ様?」
「ああ、ごめんね。ほら、まだ俺と同じ髪色なのがうれしくてね」
私の髪をすくって、そこにキスを落とした。
「!」
「うん。アリアちゃんには金色が似合うね」
とっさに、立ち上がって距離をとったら、リュカ様は黄金の瞳を悲しそうに揺らがせた。
「まだギルベルトのことを想ってるの?」
「何を言ってるんですか? ギルお兄様は、お兄様です」
そう。ギルお兄様と私の関係は、結局は兄と妹でしかなかった。
ブリーゼさんの飾りひもをつけたお兄様を見た時には、少し寂しく感じたけれど、同時に、お兄様の幸せを願った。
大好きなお兄様。お兄様が側にいなくても大丈夫なくらい私は強くなるから。
「じゃあ、俺と結婚して」
あまりにも軽い口調のリュカ様の言葉は、とても本気には聞こえなかった。
「君は王族の金色をまとうことができる聖女だ。王は、君をほしがるだろう。このままだと、兄の妃にされるよ」
「そんな! 王太子様には、三人のお妃様がいらっしゃいます!」
「うん。でも、王が法律を変えたから、王太子は何人でも妃を持てるんだ。君は聖女だから、側妃がいやなら王太子妃になれるかもしれない。青の公爵家の養女になれば、今の王太子妃を側妃に降格させることが可能だろう」
「そんなの嫌です!」
険しい顔でルルーシア様をどなっていた王太子を思い出す。
金色の王族を産ませることが義務だって言っていた。
そのためだけに妃を三人も娶った。
王族のために、子供を産む道具になるの? そんなこと絶対に嫌だ。
「だったら、俺と結婚しよう。俺は、王位には興味はない。軍に入って辺境で魔物退治をしようと思っている。一緒に来てほしい。辺境の民は、気のいい連中だ。きっと、君は歓迎される」
王太子の妃になるより、リュカ様と結婚する方がいい。
でも、私はこれまで色なしとして貴族令嬢らしくない生活を送ってきたのに。王子と結婚する? そんなことできるの?
それに、私はリュカ様のことを……。
「アリアちゃんの気持ちが、俺にないことは分かってる。でも、俺を選んでほしい。俺のことを好きになってもらえるように何でもするから」
私の前にひざまずいて、彼は真剣な顔をした。
リュカ様は、私が聖女かもしれないから結婚を望んでるの?
私に価値があると思っているから?
今まで、色なしで無価値だから結婚はできないって思っていた。
でも、価値があるかもしれないから望まれると思ったら、なぜかそれも悲しい。
「初めて会った時、アリアちゃんは俺の世界に色を与えてくれたんだ。君が好きだよ。答えはいそがないから、よく考えて決めてほしい」
リュカ様と入れ替わるように、ルルーシア様が部屋に入ってきた。
良かった。元気そうだ。どこもケガをしていない?
「あなた、聖女だったんですってね」
「それは……、そう言われましたけど」
正直、聖女がどういう存在なのか、よくわからない。光の魔法と三大魔法を使えたってことぐらいしか。
「聖女の髪色は金であり、青で赤で緑。そう伝わっているわ。今のあなたはお兄様と同じ黄金だけれど、紫にもなったんでしょう?」
「あ、はい」
毒紫蝶の紫色に染めた。私に触った人は、毒紫蝶に触ったかのようにかゆくて苦しんだ。手を切り落としたバルザック家の使用人を見て、ちょっとやりすぎたかなって思ったけど。
「……やっぱり、色なしじゃなかったのね」
小さな声が聞こえた。
そこには悲しみが溢れていた。
ルルーシア様は私の肩を掴んだ。
「ルルーシア様?」
「ねえ、あなたの力で私に魔力を与えることはできないの? 聖女は魔力を奪うだけでなく、与えることもできたそうよ」
「それは……」
「王族の金色はあなたには必要ないでしょう? 渡しなさい」
肩にかかったルルーシア様の髪を手に取り、願う。
――ルルーシア様が魔法を使えるようになりますように
でも、何も起きない。
私には、ルルーシア様の悩みを解決することはできない。
「ふふ、やっぱり役立たずよね。あなたなんて侍女失格よ! いいわ、クビよ。色なしじゃない侍女なんて、いらないわ! あは、あはは」
ルルーシア様は、笑いながら部屋から出て行った。私は、その姿をただ黙って見ているしかできなかった。
まるで、以前の自分の姿を見ているみたいで、心がとても痛かった。無価値の色なしと言われていた時、どうしようもなくつらかった。ルルーシア様のために何かしたかったけど、私にはどうすることもできない。
侍女は降ろされたけれど、私は王宮に滞在して魔障の浄化をすることになった。
魔法の使えないルルーシア様の代わりに、聖女として浄化する。
そして、教育を受け、建国祭では聖女としてお披露目されることになった。
◇◇◇◇◇
「久しぶりだな」
来客は青い髪のブラウローゼ公爵だった。伯父様と話をするのは、お父様の葬式以来だ。
「おまえが聖女になったことで、おまえの母親の罪は許された。それで、私の娘として養子縁組が整った」
伯父様は養女になる書類にサインさせるために来たのだ。
「お母様の罪?」
「そうだ。国王の側妃になるのを断り、子爵と駆け落ち結婚した罪だ」
「でも、王様が初めにお母様との婚約を破棄したんでしょう? お母様を捨てて、王妃様を選んだくせに。それなのに、そんなのおかしい」
「それが王族だ。金の魔力を持つ王族は、どんなことをしても許される。おまえは今まで、平民同然の暮らしをしてきたから何も知らないのだ。今後、聖女として生きるなら、私が後ろ盾になろう」
書類の中に、子爵の叔父のサインがあった。私に対する一切の権利を放棄すると。
「聖女が身内になったら、利用価値があるから養女にするの?」
子爵は厄介者の私を喜んで手放したの? それとも、ようやく価値が出てきたけれど、公爵家に逆らえないから?
どうでもいいことが気になった。
「それだけではない。子爵はおまえの世話を全くしていなかったからな」
「でも、子爵の叔父様は、私の生活費を出してくれてたわ」
メイドのマーサを雇う費用。それに、食料品を買うお金も銀行に振り込まれていた。
「何を言っている? 知らないのか? それらは全てギルベルトの金だ」
お兄様が?
「ギルベルトは、おまえを『妹』として館に招いた日から、自分に割り当てられた予算をおまえに使っていた」
うそ。
お兄様は、いつだって優しくて、私のことを心配してくれて。それだけじゃなくて、私が今まで生きてこられたのは、全部お兄様のおかげなの?
「色なしでなく聖女ならば、結婚することも可能だ。しかし、リュカ王子の求婚の返事をしていないと聞いた」
お兄様のことで頭がいっぱいになる。目の前のお兄様と同じ青い髪を見つめた。
「王族との婚姻が嫌ならば、力になろう。妹の時は守れなかったからな。それに、今の王族は以前ほど権力を持っていない」
さらりと、髪に触れる。伯父様の目の前で、私の髪色は青く染まった。いつもあこがれていた、空よりも蒼い、お兄様と同じ色に。




