19 黄金の光
威勢よく走り出したのに、あっけなく捕まってしまった。
家で引きこもっていた私は、体力が全然ない。
男の人たちに囲まれて、逃げ場がなくなった。
もう少し、時間を稼げると思ったのに……。
どうしよう。
フードをとったら、王女じゃないことがすぐにばれてしまう。
「王女様。ご無礼を。申し訳ありません」
「お嬢様の病は一刻を争うのです。どうか一緒に来てください」
頼んでいるとは言えない高圧的な態度で、男たちは私の腕をつかんで引きずっていく。
まだ、バレてないの? さっき、目を見られなかった?
フードの下だから、金色じゃないことが分からなかったのかな?
いつ王女じゃないってバラしたらいい?
タイミングが分からない。
でも、裏口に止められた馬車に乗せられそうになった時、私は意を決して、フードを取った。
「王女様。おとなしくついてきてください」
「お嬢様の治療が終わればお返します。乱暴はしたくありません」
私の銀髪を見たはずなのに、男たちは腕を放さない。無理やり抱えられて、馬車に入れられそうになる。
「まって! わたし、王女じゃない! 王女の侍女なの!」
大声でそう叫んだ。
「暴れないでください。金の髪と目は王族の印。黄金の王女様以外は持ちえないでしょう」
「ちがう! 私は金の髪じゃない」
「うるさいな。薬でもかがせておけよ」
刺激臭のする布を顔に押し付けられる直前、目に入ったのは腕にかかる私の髪。ルルーシア様と同じ金色になっていた。
◇◇◇◇◇
目が覚めたのは、豪華なベッドの上だった。
部屋には大勢のメイドがいて、私を見張っていた。
「王女様、やっとお目覚めになった」
「お嬢様の症状は一刻を争うのです」
「さあ、早く浄化を!」
メイドたちは私を引っ張って、主人の娘の部屋に連れて行く。
「ああ、王女様。このような場所に来てくださり、ありがとうございます」
部屋の中にいた小太りの男が近づいて来た。この人が、国一番の豪商バルザック家の主人? 豊富な財力で、貴族に負けない権力を持つ平民。
王女を無理やり攫おうとしたくせに、何を言ってるんだろう。
「さあ、はやく娘の治療をお願いします。一刻を争うのです」
つかまれた腕を、振り払う。
今の私は、ルルーシア様だ。
私の髪色は、なぜか金色になっている。糸を染めるように自分の髪色を染めたのだろうか。
まさか、こんなことになるなんて。
王女としてふるまわないといけない。
ただの色なしの子爵令嬢だと知られたら、大変なことになる。
ベッドには10歳ぐらいの子供が寝ていた。
黒いうろこ状の物が顔を覆っている。
布団から出ている腕にも、黒いうろこがびっしりと並んでいた。
魔障。魔の障り。
魔物の出す魔力にあたってしまう病気。
主に魔力の弱い平民の子供がかかる病気だ。
治せるのは、王家に生まれた金髪の女性のみ。
以前は陛下の伯母が治療をしていた。
亡くなられてから、ルルーシア様が引き継いだ。
でも、魔法が使えないルルーシア様には、どうすることもできなかったのだ。
「さあ、早く治療してください。お願いします。金の髪の王女様にしかできないんです。私の娘を救ってください」
バルザックにせかされて、子供の前に立たされる。
「ごほ、ご、うっ」
黒いうろこで覆われた子供は、黒い血を吐いた。
内臓まで、魔障に侵されているんだ。
こんなにも症状が進んでいるなんて。
苦しそうに咳き込む姿が痛々しい。
でも、私にはどうすることもできない。
髪の色を変えただけの偽物の私には、そんな力はないのだから。
「早く! 早く助けてください!」
「王女様。どうかお嬢様をお助け下さい!」
「王女様しかいないんです!」
召使たちが私を囲んで急き立てる。
でも、だって、できない。
私は、本当は色なしなんだから!!
「できないのよ。そんなことはできない」
いくらそう言っても、聞いてもらえない。
私の腕をとり、子供の顔へ無理やり押し付けられた。
「ごほ、ごほっ」
子供は黒い鼻血を出していた。ぬるりと、私の手の下で、黒い血が動く。
──かわいそう。私に力があったら、治してあげるのに
パアーッとあたりが金色に光った。
まぶしくて目を瞑る。
「きゃー!」
「目が!」
「お嬢様!」
悲鳴を上げる召使たちの声を聞きながら、体から何かが抜け落ちた。私は意識を失った。
◇◇◇◇◇
声が聞こえる。
「銀色の髪だと? 王女じゃないのか?」
「王女が色なしだったのですか?」
「そういえば、連れてくる時に、自分は王女じゃなくて侍女だと言っていました」
「ふむ。もしも本物の王女でないとしたら、誘拐罪に問われることはなくなるな。色なしなど、どうにでもできる。お前たち、これの身元を調べて来い」
バルザック家の当主と召使たちの声だ。
目を開けるのをやめて、眠っているふりをする。
「それで、彼女をどうするのですか?」
「まずは、なぜ金髪になったのかを調べないとな。それから、娘を治した浄化の力は本物だった。これは、金になるぞ」
「しかし、相手は貴族令嬢ですよ」
「王族でないならば、我がバルザック家の財力があればどうとでもなる。上級貴族にはこんな髪色の娘はいなかっただろう? きっと下級貴族だ。金を積んで黙らせろ」
「でも、色なしにこんなことができるなんて。もしかして、小説のように、色なしが王女の魔力を奪ったのかも?」
「いや。それはないだろう。あれはただの創作小説だ。だが、面白いな。仕組みを知れば、我が商会で利用できる」
男たちの身勝手な会話を聞きながら、私はこの先どうなるのかと不安になる。
ルルーシア様のふりをして赤いマントを羽織った時は、人違いだと分かれば、すぐに解放されると思っていた。でも、この様子だと、私はこの人たちにつかまったままなの?
家に帰らせてもらえないの?
恐怖で、嗚咽がこみあげる。
震える声が聞こえたのか、バルザックが私に顔を近づけて来た。鼻息が耳にあたる。気持ち悪い。
我慢できなくて、目を開けて起き上がった。
「お目覚めかね、お嬢さん。王族のふりをするなんて悪い子だね」
「違う。私は、そんな、違う」
泣き出した私に、バルザックは首を振って笑いかけた。
「王族にだけ許される金色をまとうとは。一族もろとも絞首刑にされても仕方ないですな」
そんな。
「なるほど、あなたが王女の力を取り上げていたのですか? 色なしは魔力を盗む不吉な存在だというのは、ただの迷信ではなかったということか」
「そんなことしてません!」
「では、なぜ、金髪だったのです? これで、はっきりしましたね。王女様が魔障の浄化の要請を断り続けたのは、あなたが魔力を盗んでいたから。そうなのでしょう?」
「違いますっ!」
そんな、ひどい。
ルルーシア様は、私に会う前から魔法を使えなかった。
それなのに。そんなのひどい!
「魔力を盗む色なし。世間はあなたを責めるでしょうね」
うそよ。そんなのうそ。だって、私は盗んだわけじゃない。
魔物蟹の糸を染色した時だって、色を奪ったわけじゃない。
治癒草も薔薇も色を失ってはいなかった。
「なんとも罪深い色なしだ。でも、私が助けてあげましょう。我が娘を助けてくれた恩人でもありますからね。それに、まだまだ魔障で苦しむ人はたくさんいますよ。私達で治してあげましょう。それが、魔力を盗んだあなたの贖罪です」
「私は盗んでなんかないのに!」
私の言い分は、全く聞いてもらえない。
散々、私のことを脅してから、小太りの男は部屋に鍵をかけて出て行った。
窓には金属の格子がついている。ここから逃げることはできない。
どうしよう。どうしたらいいの?
魔障の浄化?
だって、私の髪はもう銀色に戻ってしまったもの。
王族の金色を目にしない限り、金髪に染めることはできないだろう。
それに浄化だって、どうやったのか覚えていない。ただ、目の前の苦しそうな子供をかわいそうって思っただけ。
いやだ。
こんなところに閉じ込められて、利用され続けるの?
ここから出して!
窓の格子を引っ張る。でも、どうやってもそれは外れることはない。
「あ」
目の前を一匹の蝶が飛んだ。
大きな紫色の羽根を広げて、ふうわりと舞っている。
毒紫蝶。
私は自分の髪に触れて念じる。
──お願い。力を分けて。ここから逃げる力が欲しい。助けて!
一瞬で、紫色に染まった。